モーツァルト 交響曲 ニ長調 K.66c│出自と楽曲解析

はじめに — K.66c を巡る概観

「交響曲 ニ長調 K.66c」は、モーツァルトの伝記や一般的な交響曲全集ではあまり目立たない作品です。現代のモーツァルト研究では、K番号の末尾に文字が付く作品群には真作疑義のあるものや写しのみが伝わるものが多く含まれており、K.66cもその一例として扱われることがしばしばあります。本コラムでは、まず史料的背景と帰属問題を整理し、そのうえで楽曲の音楽的特徴、演奏上の注目点、聴きどころを詳しく掘り下げます。可能な限り一次史料や主要文献に基づいた記述を心がけますが、帰属に関しては諸説あるためその点は明確に区別して記します。

史料・編年と作曲年の問題

モーツァルトの作品目録(ケッヘル目録)では、再編・補訂の過程で番号に小文字が付与された例が多数あります。K.66c のような表記は、オリジナルのケッヘル目録やその後の補遺に由来するもので、作曲年代や自筆譜の有無が不確かな作品に付されることが多いのが実情です。現存する資料は手稿ではなく写譜や古い版であるケースが多く、これが帰属をめぐる議論の出発点となっています。 一般に、モーツァルトの「早期交響曲群」は1760年代前半から後半にかけて作られ、8歳から14歳頃の作品に当たります。ニ長調は当時、祝祭的で華やかな色彩を持つ調性と見なされ、野外演奏や祝典向けの曲に好んで用いられました。K.66c がこの時期の文脈にあるのか、それとも後年に誰かがモーツァルト風に書いたものかは、写譜の筆致・和声進行・主題処理などの比較研究によって議論されてきました。

編成と形式(一般的特徴)

現存する資料に基づく編成は、当時の標準的な編成に沿っていることが多く、弦五部(または弦四部)にオーボエ2、ホルン2、低音群(コントラバス/チェロ)という編成を想定できます。ニ長調の交響曲では、ティンパニが加えられることもあって、祝祭性を高める効果が得られますが、K.66c の写本にティンパニ指定があるか否かは資料によって異なります。 構成は典型的な「3楽章形式(速−緩−速)」が想定され、第一楽章はソナタ形式的な明快さを持ち、第二楽章は歌謡的な緩徐楽章、第三楽章は軽快なロンドやプレスト風の終楽章、という流れが多く見られます。初期のモーツァルト作品に共通するのは、主題の単純で明晰な提示、短い展開部、そして装飾的な例証です。

楽曲の音楽分析(聴きどころ)

  • 第1楽章(典型的な序奏なしのアレグロ):ニ長調の明るい主和音に始まり、主題は短く開放的。主部の対位法的処理は控えめで、動機の反復と短いシーケンスが中心になります。初期のモーツァルト風の特徴として、トニックとドミナントの往復が明瞭で、和声進行は分かりやすく、聞き手に親しみやすい構造です。
  • 第2楽章(緩徐楽章):短い歌謡的な旋律線が中心。下属調や平行短調を一瞬顔を出す場面で色彩が変化します。古典期の緩徐楽章に見られる通奏低音的な伴奏の取り扱いと、独立した木管による装飾的なカウンターメロディが聴きどころです。
  • 第3楽章(終楽章):リズムは活発で、跳躍を多用する主題と簡潔なコーダで終わります。早く進行するパッセージや反復が効果的に配置され、短時間で高揚感を作り上げる構成です。

作風から見る帰属の手がかり

K.66c のような疑義作を評価する際、音楽学者は次のような点を重視します:旋律の特徴、和声進行の独自性、対位法の使い方、楽器の扱い(特に木管やホルンの独立性)、そして筆致(自筆譜の存在ならば筆者の習癖)。モーツァルトの幼年期の作品はメロディ志向で、劇的な伴奏や複雑な和声展開は比較的少ないため、単純さだけでは真作を否定できません。 一方で、同時代の他作曲家――例えば父レオポルトやウィーン・イタリア派の作曲家たちの影響が濃い場合、リズムやフレージング、装飾の仕方に微妙な違いが現れます。こうした比較研究の結果、K.66c は「モーツァルト様式」を強く模倣している可能性があるとする見解もあります。結論として、現時点では完全な決着は出ておらず、写譜の出所や初演の記録が新たに発見されない限り、帰属は慎重に扱うべきです。

演奏上の実践と解釈のポイント

  • テンポ設定:初期交響曲らしい軽やかさを重視するか、古典派的な重みを出すかで印象が大きく変わります。快速すぎると主題の歌が損なわれるため、各楽章で歌わせる箇所と機敏さを出す箇所を明確に区別することが重要です。
  • 弦楽器の弓使い:初期の併用様式(軽いマルカートや短いスピカート)を適度に取り入れると、音楽の輪郭が明瞭になります。
  • 木管楽器の配置:当時の慣習では木管は装飾的役割が強く、ソロの場面では浮き立たせてやると効果的です。
  • ピリオド楽器 versus モダン楽器:ピリオド奏法で演奏すると音色の対比やリズムのキレが際立ちますが、モダン楽器の温かみや重厚感も別の魅力があります。どちらを選ぶかは録音の企画意図によります。

おすすめの聴き方と比較の視点

K.66c のような疑義作は、モーツァルトの確実な初期交響曲(例えばK.16〜K.50台)と聴き比べると興味深い発見が得られます。特に次の点に注目して聴いてください:
  • 主題の仕立て方:簡潔さや発展の仕方に、モーツァルト特有の“即時性”が感じられるか。
  • 和声の柔軟さ:短い導線で意外な転調や短調への転換があるか。
  • 管楽器の独立性:木管が単なる伴奏か、実際に対話しているか。

録音と実演の現状

K.66c は主要な全集録音に含まれないことが多く、早期交響曲集や「疑義作」「補遺」扱いのコンピレーションに収録される場合が一般的です。演奏機会も限られますが、早期モーツァルトや古典派の研究的プログラムで取り上げられることがあります。録音を探す際は、収録曲目の注釈(作曲者帰属に関する記述)を確認すると良いでしょう。

まとめ — K.66c をどう聴くか

K.66c は、モーツァルト研究の微妙な境界を示す好例です。真作であれば幼少期の瑞々しさを伝える重要な一曲になり得ますし、仮に偽作や模作であっても当時のスタイル理解に有益な教材となります。作曲者の帰属について決定的な証拠がまだ出ていないため、聴き手としては「モーツァルト風」を味わうと同時に、比較を通じて当時の様式や慣習に目を向けることが得策です。

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参考文献