序章 — K.97 の位置づけと魅力
『交響曲 ニ長調 K.97(K.73m)』は、モーツァルトの初期作品群に位置づけられる作品で、作風としてはイタリア滞在期の若き作曲家の感性が色濃く表れています。流麗な旋律、美しく整えられた楽器の対話、そして古典派の形式感が同居するこの作品は、専門家の間で作曲年代や帰属について議論が続くこともあります。ここでは、史料的背景、楽曲構造、楽器法や演奏・解釈上のポイント、代表的な録音や版の扱いまで、できる限りファクトに基づいて深掘りしていきます。
歴史的背景と成立事情
モーツァルトは1769年から1773年にかけて数度にわたりイタリアを訪れ、この時期に多くの管弦楽曲(交響曲やシンフォニア様式の作品、セレナータ、協奏曲など)を作曲しました。K.97 はこの早期イタリア滞在期に位置づけられることが多く、三楽章構成のイタリア風シンフォニア(速―緩―速)を踏襲している点が特徴です。 ただし、K.97 の帰属や成立年代については研究者の見解が一様ではありません。原典譜や写譜の散逸、当時の慣習である楽曲の流通(写譜による流布)、そして類似する作品群との比較などにより、真正性を慎重に検討する必要があります。現代の校訂版や主要な音楽データベースでは「モーツァルト作とされるが帰属に議論がある」と注記されることが多く、演奏・録音も『モーツァルト作品集』に含める形で紹介される一方、別作者の可能性を示唆する研究もあります。
楽曲の形式と楽章構成
K.97 は、当時のイタリア式シンフォニアの伝統に沿った三楽章編成が基本とされます。典型的には以下のような構成要素が見られます。
- 第1楽章:速いテンポのソナタ形式。明るいニ長調に基づく序奏的な要素と提示部の歌謡的主題が特徴。
- 第2楽章:緩徐楽章。調性的には属調や平行調を用いることが多く、歌心のある旋律と内声の対話で構成される。
- 第3楽章:速い終楽章(ロンドやソナタ=ロンドなど)。リズミカルで生気に満ちた性格を持ち、終結に向けて活気を帯びる。
この「速―緩―速」の三楽章形式は18世紀後半のイタリア系シンフォニアに典型的であり、若いモーツァルトはこの様式を吸収しつつ、ドイツ的な対位法や形式感を組み合わせていきます。K.97 に見られる短い主題の連結、簡潔な再現部の処理、頻繁なシーケンス(同一型の繰り返し)などは、当時の実用的な演奏状況(カンパニーや宮廷での上演)を反映しています。
編成と管弦楽法
この時期の交響曲に共通する編成は主に弦楽器を基軸に、オーボエ2本とホルン2本を加えた小編成です。低音にはチェロとコントラバスがあり、バロックから古典派への過渡期の慣習としてバスーンが低音を補強する場合もあります。K.97 もこの標準的編成を想定して作曲されていると考えられます。 管楽器はしばしば色彩的に使われ、旋律を担うというより和音の補強や対話的なフレーズで曲にアクセントを付けます。ホルンは調性の提示や対比的な響きを担い、オーボエは弦楽の上で歌うような旋律線を補助することが多いです。若きモーツァルトは、このような小編成の内部で効果的に素材を分配し、室内楽的な精緻さと舞台的な広がりを両立させる手腕を示しています。
和声・旋律・様式的特徴
K.97 に認められる特徴としては、短い動機の展開と即座の動機的反復、シーケンスによる推進力、そしてニ長調の「明るさ」を活かした旋律構築が挙げられます。第1主題はしばしば歌謡的で親しみやすく、対照となる第2主題は短調や属調的な色合いを帯びることで形式的な対比を生み出します。 調性処理は比較的保守的で、和声の動きは明確な機能和声に基づきますが、若さゆえの大胆な転調や意外なモティーフの再現も散見され、後年の成熟した作品とは異なる即興的な魅力があります。また、終楽章におけるリズム感とアクセントの処理は、舞踏的な勢いを維持しつつコンサート空間での効果をねらった作りになっていることが多いです。
原典と版の問題 — 帰属をめぐる議論
K.97 のような早期交響曲群は、写譜や二次資料に頼らざるを得ない例が多く、原典譜が散逸している場合も少なくありません。そのため、筆記の癖、和声処理、管弦楽の配分、そして同時代作品との比較研究により帰属が検討されます。近代の校訂(Neue Mozart-Ausgabe など)では、帰属不確実を注記した上で収録していることが多く、研究史の経緯を追うことが重要です。 具体的には、写譜に記された作曲者名の信頼性、写譜の作成年代、旋律や和声進行の類似性、当時の演奏習俗などが検討材料となります。こうした慎重な方法論によって、作品がモーツァルト自身の手になる可能性を支持する者もいれば、周辺作曲家(例えばザンブリーニやその他の当代の作曲家)の作とする見方を取る研究者もいます。
演奏と解釈のポイント
K.97 を演奏する際の実務的な留意点は以下の通りです。
- 編成の選定:小編成(古楽系の編成)と近代オーケストラの小編成のいずれも可能。ただしバロック弓・古典派弓やピリオド楽器での演奏は作品の色調を際立たせる。
- テンポの扱い:第1楽章は躍動感を持たせつつも旋律の歌い口を保ち、第2楽章は表情豊かに、終楽章は軽快さと明瞭なアクセントを重視するのが一般的。
- アーティキュレーションとダイナミクス:18世紀の装飾やフレージングを意識した自然な強弱の変化を用いる。現在の大編成オーケストラの豪壮さではなく、対位線の明瞭さを優先する。
- ホルン・オーボエの扱い:管楽器が旋律線を担う場面は歌わせ、装飾やオーケストレーションの効果を過度に増幅しない。
代表的な録音と版
K.97 は交響曲全集や早期作品集に含まれることがあり、古楽系アンサンブルとモダンオーケストラ双方に録音が存在します。録音を比較する際は、テンポ感、装飾の扱い、楽器編成の違いに注目するとよいでしょう。スコアは近代の校訂版(Neue Mozart-Ausgabe など)を基にしつつ、原典譜の写譜や手稿の注記を参照して演奏解釈を詰めるのが望ましいです。
聴きどころガイド(楽章別)
第1楽章は導入的な対位の扱いと歌謡的主題が交互に現れる箇所に注意してください。主題の提示と展開部でのモティーフの変容が作品の骨格を示します。第2楽章では旋律の歌わせ方、内部声部の伴奏形(アルペジオやピチカート的処理)に耳を傾けると、より深い感興が得られます。終楽章はリズムの躍動と短いフレーズの切れ味が作品全体を締めくくる要素です。
結語 — K.97 を聴く意味
K.97 はモーツァルトという作曲家の成熟以前の側面を示す作品群の一つとして重要です。作風の原点やイタリア滞在期における影響、早期交響曲に共通する機能的な和声処理や小編成の管弦楽法を知ることで、後年の傑作群への繋がりをより鮮明に理解できます。帰属問題は学術的には興味深いテーマですが、演奏や鑑賞の面では純粋に音楽的な魅力を享受することが第一です。
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