序章:小さな傑作か? 真贋の問題を抱えた交響曲
モーツァルトの交響曲第11番 ニ長調 K.84(旧表記 K.73q)は、短く簡潔で親しみやすい楽曲ながら、作曲史や編年に関して議論を呼ぶ作品です。伝統的な番号付けでは11番にあたりますが、作品の成立時期や作曲者の帰属については必ずしも一致した見解がありません。本稿では、現存資料と研究に基づき、成立背景、楽曲の構成と特徴、演奏上のポイント、そして真偽問題についてできるだけ明快に整理し、鑑賞に役立つ視点を提示します。
成立年代と来歴
K.84(K.73q)と表記されるこの交響曲は、通説ではモーツァルトのいわゆる“若年期”の作品群に属します。成立年代はおおむね1770年前後、モーツァルトがイタリア巡業やイタリア風の様式に接していた時期と重なると推定されます。ただし、自筆譜が確実に残っているわけではなく、写本や後世の目録に頼る部分が多いため、正確な成立年は不詳です。 さらに重要なのは、作品の帰属に関する問題です。過去の研究ではヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作とする見解が主流でしたが、近年の系譜学的・様式分析により、父レオポルトや当時の他の作曲家の作とする可能性も指摘されています。現在の標準的なカタログ(改訂ケッヘル目録など)では K.84(K.73q)として扱われる一方で、研究者の間では疑問が残る作品として注記されることが多いのが現状です。
編成と形式
編成は典型的な古典派前期の小規模なオーケストラ編成で、弦5部(第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)を基軸に、2本のオーボエ、2本のホルン、場合によってはファゴットや通奏低音(チェンバロ)を補う形が考えられます。管楽器の独立的な活躍は過度ではなく、主に和声と色彩の補強に用いられます。 楽曲構成は、早いテンポの第1楽章から始まり、続く緩徐楽章、メヌエット(舞曲)をはさみ、最終楽章で快速に閉じる、という四楽章構成が一般的に採られます。四楽章制は当時のイタリア的シンフォニアの影響と、ウィーン・スタイルの融合を示唆しますが、各楽章は短く簡潔で、展開部も大規模なものではありません。
各楽章の音楽的特徴(概観)
- 第1楽章(快速)明朗で力強い主題が提示され、短い序奏の後に活発な推進力を持って進みます。二部形式やソナタ形式の簡潔な処理がされており、均整のとれたフレーズ展開、シンプルな対位法的要素、そしてイタリア風の短い動機反復(gallantな様式)が特徴です。ホルンとオーボエは主に和声的な支えと伴奏的なリズム補強に使われます。
- 第2楽章(緩徐)歌謡的で内省的な楽章。長い旋律線を弦が担い、管が色彩を添えます。和声は比較的単純で安定しており、短い装飾句や装飾的な対話が楽章の魅力を高めます。典型的な古典派の緩徐楽章に見られる歌唱性と透明な伴奏進行が聴きどころです。
- 第3楽章(メヌエットとトリオ)宮廷舞踏の伝統を受け継ぐ優雅なメヌエット。トリオでは楽器配置や調性の対比による色彩変化があり、雰囲気の切り替わりが聴衆に小さな驚きを与えます。舞曲のリズムは明確で、拍の取り方が演奏の印象を左右します。
- 第4楽章(快速)活気ある終章。技術的には派手さは少ないものの、リズムの切れ味と形の整った動機展開で締めくくられます。往年のシンフォニア流の簡潔な終結部(コーダ)で終わることが多いです。
様式的特徴と作曲者像の検討
本作は、いわゆる“ガラント様式”と古典派初期の均整感が混じり合った音楽言語を示します。旋律の均整、明快な和声進行、そして短い動機の反復やシーケンスが多用され、これらは当時のイタリア的シンフォニアやハイドン周辺の影響とも整合します。 真贋問題を考える際、以下の観点が重要です:1) 自筆譜または確実な写本の存否、2) 和声・対位法・楽器法などの様式比較、3) 当該写本が記録される目録や公演史の痕跡です。本作はこれらの点で不確かな部分が残っており、したがって完全にモーツァルト固有の音楽語法であるとするには慎重さが求められます。ただし、様式的に見てヴォルフガングの若年期作品と大きく乖離するわけでもないため、今日でも彼の作品として演奏・録音されることが多いのも事実です。
演奏上の注意点
- 均衡の取れたアンサンブル弦楽と管楽のバランスを丁寧に取ること。管が加わる箇所では音量と発音の統一が重要です。
- ダイナミクスの扱い若い作曲家の作品らしい急峻な対比は少ないため、細かなニュアンスで表情を作ると効果的です。フレージングを生かし、歌わせるところはしっかりと、リズムの推進を求めるところは明瞭に。
- テンポ感の維持古典派の明快なリズム感を保持することが肝要です。第1楽章や第4楽章では軽快さを失わないようにしつつ、決して粗雑にならないよう留意します。
鑑賞のヒント:何に耳を澄ますか
短い楽句の中に作曲家(または模倣者)の個性が凝縮されています。以下の点に注意して聴くと理解が深まります。
- 主題の形とその反復・変形のされ方(対位法的処理やシーケンスの利用)
- 楽器間の色彩的なやり取り(特にオーボエとホルンの使い方)
- メヌエットの拍感とトリオの対比における調性の変化
- 楽章間の統一性:ある動機が複数の楽章で繰り返されるかどうか
代表的な録音と演奏史のメモ
本作は交響曲全集に必ずしも含まれないことがあり、録音数はそれほど多くありませんが、若いモーツァルト作品集や初期交響曲集のなかで採り上げられることが多いです。演奏スタイルはピリオド・演奏と近代オーケストラの両方で録音例があり、軽やかさを重視するなら古楽系、温かみや豊かな弦の音色を求めるなら近代楽器の演奏が向くでしょう。
真贋問題のまとめ
K.84(K.73q)は資料の不確かさから作曲者帰属に疑義が付される作品です。絶対的な結論は出ていないものの、現状では「モーツァルト作品として扱われることが多いが、注記付きで研究・演奏される」ことが実務上の扱いです。研究動向は写本の再検証や様式分析の細密化によって変わり得るため、最新の版やカタログ改訂を参照することが重要です。
聴いてみよう:おすすめの聴取順
初めて聴くなら、まず第1楽章の明快な主題とリズムを確認した後、第2楽章で歌心を味わい、メヌエットで拍感の巧みさを聴き取る。最後に第4楽章で全体の構成感を確認して終了すると、作品の印象がまとまりやすいです。
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