モーツァルト「セレナード第7番 ニ長調 K.250（K.248b）『ハフナー』」──背景・楽曲構造・演奏解釈を深掘りする

はじめに：『ハフナー』セレナードの位置づけ

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが1776年に作曲した『セレナード第7番 ニ長調 K.250（旧番号 K.248b）』は、俗に「ハフナー（Haffner）」と呼ばれる作品の一つです。セレナードというジャンルは、18世紀の宮廷や市民階級の祝祭行事における屋外／半公式の音楽であり、舞踏や行進、宴席の伴奏など多様な用途に供されました。本稿では、作曲の背景、編成・形式、音楽的特徴、演奏・解釈上の留意点、そして『ハフナー』の同名の交響曲（K.385）との比較などを通して、この作品の魅力を多角的に掘り下げます。

作曲の背景と初演の事情

本作は1776年、モーツァルトがザルツブルクに在住していた時期に書かれ、ザルツブルクの名家ハフナー家（Haffner family）からの祝祭用委嘱に応じて作曲されたと伝えられます。ハフナー家は町方の有力者で、結婚や就任といった式典に音楽を要請することがありました。モーツァルトはこの種の社交的な需要に応える膨大なセレナードやディベルティメントを手がけ、K.250もそうした実用音楽でありながら、音楽的完成度の高さで現在も演奏・録音の機会が多い作品です。

編成と演奏規模

セレナードは本来、管楽器と弦楽器を含む比較的大規模な編成が典型です。K.250も管楽器（通常はオーボエやホルン、時にトランペットやティンパニを含む）と弦楽合奏を組み合わせる構成で、祝祭性を強調する金管や打楽器の使用が特色です。演奏サイズは当時の慣習では屋外や大広間での実用性を考え、現代の室内アンサンブルよりやや多めの人数で演奏されることが多いですが、現代の演奏事情では室内楽的精緻さを求めて少人数での演奏も選択されます。

ジャンル的特徴と楽曲の機能

セレナードは多楽章から成ることが一般的で、舞曲（メヌエットやマーチ）、ゆったりとしたアダージョ、コンサート的な独奏パート（コンチェルタンテ的要素）などが混在します。これにより式典の様々な場面――行列、舞踏、余興、締めくくり――に応じた音楽的表情が提供されます。K.250も例外ではなく、軽やかな社交音楽としての性格と、モーツァルト特有の主題展開や和声の機知が同居する点が魅力です。

和声・旋律的特徴と作曲技法

モーツァルトの中期に属するK.250では、まだ成熟した古典様式の表現が発展途上にありますが、既にガラン（galant）様式の明快な主題提示、対位的な処理、短いフレーズの巧みな繋ぎ、そして印象的な餘韻を作る和声進行が見て取れます。祝祭的な楽章では属調での力強い和声進行と対比の明瞭さが効果的に使われ、緩徐楽章では叙情的で歌うような旋律線が際立ちます。また、序盤や終楽章でのリズムの切れ味や、管楽器を活かしたテクスチュアの層構成は、聴衆の注意を引きつけるために巧みに配慮されています。

形式面からの考察（大まかな構成と典型例）

セレナードは多楽章構成のため、各楽章の形式もさまざまです。典型的にはソナタ形式やロンド形式、二部形式、舞曲形式（メヌエット/トリオ）などが混在します。本作においても主要楽章はソナタ形式で構築された活発な運動を示し、舞曲楽章は明確な三部構造により会場のダンス的要請を満たします。加えて、時折みられる独奏的パートはコンチェルタンテ的な色彩を帯び、奏者の技巧やアンサンブルの機敏さを観客に示す場となります。

演奏・解釈のポイント

• 編成の選択：屋外的な祝祭感を重視するか、室内的な精緻さを重視するかで人数やホールの響きを決める。トランペットやティンパニの使用は祝祭性を強めるが、古楽／歴史的演奏解釈ではバランスや自然な音色が重視される。
• テンポ感とダンスの感覚：メヌエットや行進曲は舞踏のための音楽という出自を意識し、適度な踊る感覚（スウィングやノンレガートの処理）を持たせると効果的。
• 管楽器の扱い：ホルンやオーボエは歌うことを忘れてはならず、重奏的な扱いで和声の輪郭を作る。モーツァルトの管楽器は単なる装飾ではなく、構造的役割を持つ。
• アーティキュレーションと装飾：18世紀的装飾（モルデントやトリル等）は現代的な過剰さを避け、文脈に即した節度ある用法が望ましい。

『ハフナー』交響曲（K.385）との関係

同じ「ハフナー」姓を冠する作品として、1782年に作曲された交響曲第35番 ニ長調 K.385（こちらも「ハフナー交響曲」と呼ばれる）がよく知られます。両者は祝祭音楽としての起源を共有しますが、K.250は社交的・機能的音楽としての側面が色濃く、K.385はウィーンでの成熟期に書かれた交響曲として形式的緊密さと交響楽的発展を示す点で異なります。両作を併せて聴くことで、モーツァルトが短期間でどのように語法や規模の扱いを変化させたかが分かり、作曲技法の発展を辿る良い教材となります。

楽譜と版の問題

18世紀のセレナードは、しばしば複数の写譜版や校訂版を通じて伝承されます。現代演奏では信頼できる校訂（Neue Mozart-Ausgabe など）を基にしつつ、当時の演奏慣習を反映した演奏解釈を加味することが推奨されます。オリジナルの写譜に記されたダイナミクスやアーティキュレーションが不完全な場合もあり、奏者と指揮者は文献学的な検討と音楽的直感を併用して判断する必要があります。

代表的な録音と演奏家（参考例）

本作の録音は商業録音・古楽演奏双方で豊富に存在します。古典器楽的アプローチを取る演奏（ピリオド楽器／小編成）と、ロマン派以降のオーケストラ伝統を引く大編成の演奏では、曲の表情やダイナミクスが大きく異なります。聴取する際は、編成・テンポ感・アーティキュレーションを比較して、自分の好みと曲の本質的な祝祭性のバランスを見つけるとよいでしょう。

まとめ：『ハフナー』セレナードの魅力

K.250『ハフナー』セレナードは、モーツァルトの社交音楽としての巧みさと、早くも現れる古典派の構成美を併せ持つ作品です。祝祭的な華やかさ、舞踏音楽としての親和性、そして管弦楽的な色彩感覚が三位一体となり、時に軽やかに、時にドラマティックに聴衆を引きつけます。演奏の場面や編成を変えることで曲の別の側面が現れるため、聴き手・奏者ともに発見の多いレパートリーと言えるでしょう。

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参考文献

• IMSLP: Serenata "Haffner", K.250（楽譜）
• Classic FM: Haffner Serenade 解説
• Neue Mozart-Ausgabe（デジタル・モーツァルト・アーカイブ）
• Encyclopaedia Britannica: Wolfgang Amadeus Mozart（人物背景）
• AllMusic: Serenata in D Major, K.250 解説

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