モーツァルト:12のドイツ舞曲 K.586──晩年の余白に見える社交と旋律の美学
作品概説:K.586 はどんな作品か
『12のドイツ舞曲(Zwölf deutsche Tänze)K.586』は、ウルフガング・アマデウス・モーツァルトが手がけた舞曲集の一つで、当時の社交場や舞踏会、家庭でのアンサンブル演奏を念頭に置いた短い舞曲が12曲収められています。ドイツ舞曲(Deutscher Tanz)は、当時ウィーンなどの中枢で流行したローカルな社交舞曲様式で、親しみやすい旋律、わかりやすいリズム、反復の多い形式が特徴です。K.586 はモーツァルトの晩年(1788–1791 年頃)の制作物群と重なり、彼がオペラや交響曲といった大作の傍らで、生活の中に密着した小品にも関心を持ち続けていたことを示しています。
成立事情と用途
当時の舞踏用作品は、宮廷や都市のサロン、私的な舞踏会などでの実用性が重要視されました。モーツァルトは雇用的な作曲家というよりはフリーランスに近い立場で、多様な注文や出版需要に応じてこうした短い舞曲を作曲・提供しました。K.586 は舞踏会のプログラム用、あるいは家庭でのピアノや小編成の室内楽アンサンブルで演奏されることを想定して書かれたと考えられます。
編成と写本・版の状況
ドイツ舞曲は元来オーケストラ(小編成)向けに書かれることが多く、弦楽器と木管・ホルンの簡素な編成による演奏が一般的でした。K.586 についても同様に小編成の舞踏オーケストラ向けのスコアや、ピアノ連弾・ピアノ独奏用に編曲された版が伝わっています。原典写本や当時の出版物は散逸や断片化があり、後世の全集(Neue Mozart-Ausgabe など)や楽譜庫(IMSLP など)で注意深く校訂された版が参照されます。
楽曲構成と音楽的特徴
K.586 に収められた各舞曲は、典型的な舞曲形式──短い二部形式(AABB の繰り返し)や単純な三部構成──を持ち、明快で口ずさみやすい主題が多く見られます。旋律線は単純ながら切れ味の良いフレーズで構成され、和声進行も今日で言えば“古典派の常套”に沿ったものです。以下に代表的な特徴を挙げます。
- リズム:舞曲特有の拍節感が強調され、均整の取れた等拍子や緩急のコントラストで踊りを誘う。
- 形式:多くは短い反復節を含む二部形式で、コーラス的な繰り返しを通じて親しみやすさを確保。
- 和声と転調:主調から近親調(属調・下属調・平行調)への簡潔な移動が主で、劇的な長調/短調の対比は少ない。
- 管楽器の使い方:木管・ホルンは主に色彩的役割とリズム支援を担い、旋律の装飾や対話を演出する。
聴きどころ(音楽分析の視点)
個々の舞曲は短いため、作曲上の技巧は凝縮された形で現れます。モチーフの反復と微妙な変形、リズムの裏打ち、装飾的なパッセージの挿入などが小品の中にも散見され、聴き手を飽きさせません。重要な聴きどころは次の通りです。
- 主題の「歌いやすさ」:シンプルで親しみやすい旋律が、装飾や伴奏形によって彩られます。
- 呼吸の置き方:短い曲中におけるフレージングの見せ方が、演奏解釈の要となります。
- 対位的要素:一見単純な伴奏の中に小さな対位進行や応答が配置され、深みを与えています。
演奏の実際(解釈と実践)
K.586 の演奏では、当時の舞踏用に適したテンポ感と軽やかなアーティキュレーションが重要です。古典派の器楽表現では過度なロマン派的レガートや大きなテンポ変化を避け、明晰さとリズム感を優先するのが一般的です。またホルンや木管は自然ホルンや古風な管を意識した音色選びや鳴らし方で、当時の響きを再現すると味わいが出ます。
楽譜と校訂版の選び方
原典校訂(Urtext)版を基にするのが望ましく、編集者による恣意的な装飾や近代化された書き換えを避けることで、モーツァルト当時の演奏慣習に近い解釈が可能になります。Neue Mozart-Ausgabe や信頼できる音楽出版社のウルテクスト版を参照し、写本の誤りや校訂記号を確認してから演奏に臨むことを勧めます。
歴史的評価と現代での位置づけ
K.586 のような舞曲集は、交響曲やオペラのような“主役級”作品と比べると注目度は低いものの、モーツァルトの日常的な作曲活動や当時の音楽文化を理解する上で不可欠です。彼のメロディーメイキングの巧みさは短いフォルムの中でも発揮され、演奏会の小品集や録音企画では「息抜き」として、または全集研究の中で重要視されています。
おすすめの鑑賞法
・アルバム通しで聴く:12曲を通して聴くことで編曲や調の移り変わり、総体としての流れを感じられます。
・部分的に比較する:ピアノ連弾版とオーケストラ版を聴き比べると、編曲による色彩やリズム感の違いが明確になります。
・演奏史的視点で聴く:古楽器編成の演奏と近代オーケストラの演奏を比較して、解釈の差を味わうのも有益です。
レパートリーとしての活用
室内楽プログラムやコンサートの序盤、舞踏会風の企画コンサート、あるいは教育的プログラムとしても取り上げやすい作品群です。短い曲の集合はアンコールや間休みにも適しており、聴衆に親しみやすいクラシック入門の素材としても有効です。
注意点(履歴学的・資料的な留意)
作品番号(K.番号)にはさまざまな版やカタログの更新が存在するため、K.586 と記される版が複数の写本や編集を通じて伝わることがあります。研究・演奏の際には原典資料や信頼できる全集校訂にあたり、出典の明記を心がけるとよいでしょう。
まとめ
『12のドイツ舞曲 K.586』は、モーツァルトの“実用的”かつ“心地よい”側面を示す作品群です。簡潔な形式の中に洗練された旋律と機知が宿り、舞踏という社会的機能と音楽的美意識がちょうどよく融合しています。大作の陰に隠れがちな小品群ですが、モーツァルト研究やプログラム構成において見逃せない存在です。
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参考文献
- IMSLP / Petrucci Music Library(楽譜アーカイブ)
- Digital Mozart Edition(Mozarteum Digital / Neue Mozart-Ausgabe)
- Wikipedia: German dance(英語)
- Wikipedia: List of works by Wolfgang Amadeus Mozart(英語)
- Oxford Music Online / Grove Music Online(参考記事、サブスクリプション)
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