モーツァルト:ピアノ協奏曲第5番 ニ長調 K.175 — 若き天才の自信と古典派の抒情性を示す傑作
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序章 — 若きモーツァルトと1773年の作品背景
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのピアノ協奏曲第5番 ニ長調 K.175(1773年)は、彼が17歳の頃に作曲した、初期の独奏ピアノ協奏曲群の中でも自立性が高く音楽的完成度のある作品です。サリエルやJ.C.バッハといった同時代の作曲家たちの影響を受けつつも、モーツァルト自身の語法が明確に現れており、協奏曲というジャンルにおける彼の立場を確立し始めた時期の代表作といえます。
成立事情と初演の状況
1773年のモーツァルトはザルツブルクに身を置き、宮廷で演奏活動を行っていました。K.175は当時使用されていたチェンバロあるいは初期のフォルテピアノ(fortepiano)を想定して書かれており、モーツァルト自身がソリストを務めた可能性が高いとされています。作品番号としてはピアノ協奏曲の初期群に属しますが、旋律の流麗さやオーケストレーションの扱いにおいて既に成熟の片鱗が窺えます。
楽器編成とスコア上の特徴
K.175のオーケストレーションは標準的な古典派編成を基礎にしています。管楽器はオーボエやホルンを中心に置き、ニ長調という明るい調性のためにトランペットとティンパニが用いられることもあります(演奏版や版によって差異が見られます)。弦楽器群に対する鍵盤独奏の対位的・協同的な書法が魅力で、ソロとオーケストラの対話が全曲を通じて丁寧に設計されています。
楽曲構成 — 各楽章の分析
第1楽章:Allegro
この楽章は定型的なソナタ形式を基盤としつつ、序奏的なオーケストラの導入部の後に鍵盤が華やかに登場します。主題は明快で歌謡的、短い応答句や装飾的パッセージが随所に配置され、ソリストに要求されるテクニックは当時の水準から見ても高度です。展開部では和声の冒険よりも旋律的発展とリズムの変化が重視され、トランペットやホルンが楽章の光彩を添えます。
第2楽章:Andante
緩徐楽章は協奏曲の中で最も内省的で抒情的な部分です。モーツァルトは歌うような主題を提示し、オーケストラと鍵盤が互いに受け渡しながら主題を深めてゆきます。和声の扱いは穏やかで、装飾や余白を生かした演奏が効果的です。ここでは演奏者の音色のコントロールやフレージングの技巧が特に問われます。
第3楽章:Rondo(Allegro)
終楽章はロンド形式を取り、親しみやすいリフレインと変奏・エピソードの対比で構成されます。活気あるリズムと軽やかな装飾が特徴で、聴衆に対する娯楽性と技術披露が両立しています。ソリストには即興的なカデンツァを挿入する伝統があり、演奏家の個性を表現する場ともなります。
様式的特徴と影響源
K.175はガラン(galant)様式と古典派的均衡が混在する時期の作品です。モーツァルトが幼少期に出会ったJ.C.バッハの影響は、明瞭なフレーズ感や優美な旋律線に表れており、さらにマンハイム楽派のダイナミクスや句読法の扱いも取り入れられています。しかしそこに彼独自の歌心と緻密な対位法的処理が加わることで、単なる継承にとどまらない創造性が生まれています。
演奏史と版の問題
モーツァルトの初期協奏曲群は、後代の校訂や改訂が多く存在します。原典版(Autograph)と伝承される楽譜が混在するため、現代の演奏者は信頼できる出典(新全集やデジタル版)の利用が薦められます。フォルテピアノによる歴史的演奏と、現代ピアノによる解釈では音色・アーティキュレーション・テンポ感に違いが生じます。特にカデンツァの扱いについては、モーツァルト自身の即興性を尊重して自由に挿入する実践が根強く残っています。
聴きどころと指針 — 演奏者・聴衆へのアドバイス
第1楽章はオーケストラとの対話を意識し、装飾やトリルを過度に誇張せず歌わせることが重要です。
第2楽章では呼吸感を大切にして、音色の変化で内面の表情を作ると深みが出ます。
終楽章はテンポ感の安定とリズムの軽快さを保ちつつ、カデンツァでの即興的表現を活かすと効果的です。
現代における評価と聴取のすすめ
K.175はしばしばモーツァルトの“成熟への中間点”として評価されます。技巧的な側面だけでなく、作曲家としての声が明確に現れている点が重要です。モーツァルトの他のピアノ協奏曲(特に後期の名作群)と聴き比べることで、形式の発展や和声感、表現の幅の拡がりを実感できます。
代表的録音・版の推薦
歴史的演奏:フォルテピアノを用いた録音は当時の音色と平衡感を再現します(演奏者名は録音年代で選んでください)。
現代ピアノ:音色の豊かさとダイナミクスの幅を活かした録音も多数あり、曲の魅力を別の角度から示してくれます。
楽譜:信頼できる新全集(Neue Mozart-Ausgabe)やデジタル・スコア(IMSLPなど)を参照することをおすすめします。
音楽学的な観点 — 和声・形式・主題展開の精査
和声的にはK.175は冒険的ではないものの、モーツァルト特有の転調の機微や短い挿入句における和声の工夫が随所に見られます。主題展開においては短い動機を有機的に繰り返し変容させることで、聴覚上の一貫性と変化に富んだ運動を同時に成立させています。これらの手法は後年の協奏曲でより洗練されていきますが、本作にもその萌芽が明瞭に示されています。
まとめ — 若きモーツァルトの自信と余裕
ピアノ協奏曲第5番 K.175は、モーツァルトが古典派の伝統を受け継ぎつつ自らの作曲言語を形成していく過程を示す重要な作品です。旋律の美しさ、オーケストレーションの効果、そしてソリストとオーケストラのバランス感覚—これらが調和したこの協奏曲は、演奏・鑑賞の両面で多くの発見を与えてくれます。
参考文献
- IMSLP: Piano Concerto No.5, K.175(楽譜)
- Encyclopaedia Britannica: Wolfgang Amadeus Mozart(作曲家略歴)
- AllMusic: Piano Concerto No.5 in D major, K.175(作品解説)
- Wikipedia: Piano Concerto No. 5 (Mozart)(補助的情報)
- Digital Mozart Edition(Neue Mozart-Ausgabe のデジタル資料)
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