モーツァルト 弦楽四重奏曲第9番 イ長調 K.169(1773年):若き天才の室内楽的成熟
作品概要
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの「弦楽四重奏曲第9番 イ長調 K.169(1773年)」は、作曲年からも分かるように彼の若年期に位置づけられる室内楽作品です。モーツァルトは1773年に17歳で、この時期にいくつかの弦楽四重奏曲を手掛けており、本作はその流れの中にあります。編成は典型的な弦楽四重奏(第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)で、古典派の均衡感と若さに根ざした旋律性が特徴です。
作曲の歴史的背景と位置づけ
1770年代初頭のモーツァルトは、欧州各地の音楽様式——イタリアのオペラ的旋律、ドイツ・オーストリアの教会音楽や室内楽伝統、マンハイム楽派のオーケストレーション効果など——を吸収しつつ、自らの語法を確立していった時期です。弦楽四重奏という編成自体は当時の上流社会でのサロン音楽や家庭演奏に好まれ、四つの声部の対話を通じて作曲家の書法や対位法の巧みさが示される場でもありました。
K.169は、モーツァルトの“成熟”を示す前段階として位置づけられます。後年のハイドン一連の弦楽四重奏(モーツァルトが敬愛したハイドンへの献呈作)ほどの深い探求や複雑な対位法を示すわけではありませんが、旋律的魅力、明快な和声進行、形式感といった古典派の重要要素をすでに備えており、彼の室内楽の発展過程を読み取る手がかりになります。
楽曲構成(概略)
本作は古典的な四楽章形式を取り、典型的には以下のような構成を持ちます(モーツァルトの初期四重奏に共通する配置)。
- 第1楽章:速い楽章(主部はイ長調)— ソナタ形式的な構築。
- 第2楽章:緩徐楽章(しばしば同主調の近親調)— 歌謡的で歌うような旋律。
- 第3楽章:メヌエットとトリオ — 古典派の舞曲形式。
- 第4楽章:終楽章(速い)— ソナタ形式やロンド形式の要素をとることが多い。
楽章ごとに具体的なモティーフや和声の動きが見られ、特に第1楽章では主題の明快さと短い動機の発展が楽曲全体を牽引します。第2楽章では歌唱的な線が重視され、ヴィオラや第2ヴァイオリンにメロディが分配されることでテクスチュアの豊かさが生まれます。メヌエットは古典派の均衡を示すと同時に、トリオ部で対比を効かせることで曲全体のドラマ性を高めます。
和声・形式・動機の分析(ポイント解説)
本作で注目すべき点をいくつか挙げます。
- 簡潔で歌いやすい主題:モーツァルトの若い時期の作品に見られる特徴で、どの楽章でも第一主題の明瞭さが際立ち、聞き手に親しみやすさを与えます。
- 均整のとれたソナタ形式の処理:展開部の規模はやや控えめですが、動機の分割・再配置や転調を通じて効果的な緊張と解決を作ります。特に属調やその近辺への入れ込み方が古典的です。
- 対位法的要素の導入:完全なフーガや複雑な対位法ではないものの、楽章の中で声部間の掛け合いや模倣が現れ、四重奏という編成の利点を活かしています。
- 和声的には属和音・二次調の利用、短調への一時的な転換など、聴き手に適度な色彩変化を与える工夫が見られます。
演奏・解釈のポイント
演奏にあたっては、以下の点が重要です。
- 対話性の明確化:四声部がほぼ対等に会話する作品なので、第1ヴァイオリンのメロディに依存しすぎず、内声部の線を明確にすることが大切です。
- フレージングと呼吸感:歌うようなラインを保持するために、フレージングの自然さ、弓の扱い、音楽的呼吸が求められます。
- 時代奏法の選択:ヒストリカル・インストゥルメンツ(ガット弦、古典的な弓)での演奏は当時のレスポンスやアーティキュレーションを再現します。一方でモダン楽器では豊かな音色とダイナミクスが加わり、別の魅力が引き出されます。
- テンポ設定:古典派らしい穏やかな均衡を保ちつつ、楽章ごとのキャラクター(舞曲感、歌のような緩徐、活発な終楽章)を意識してテンポを決めます。
版と楽譜について
現存する原典写本や初版は限られる場合があるため、現代の演奏では信頼できる学術版(例えばNeue Mozart-Ausgabe)や権威ある版を参照することが望ましいです。また、IMSLPなどのパブリックドメイン・スコアも利用可能で、作品の原型を確認するのに便利です。版によっては表記の違いやカデンツァ的な装飾の扱いが異なるので、解釈に一貫性を持たせるために版注を読むことを勧めます。
聴きどころと鑑賞のヒント
本作を鑑賞する際には、以下の点に注意すると理解が深まります。
- 主題の反復と変奏:一見短い主題が繰り返される中でどのように色づけされるかを追うと、作曲上の工夫が見えてきます。
- 内声部の役割:ヴィオラや第2ヴァイオリンが時に主導権を握る場面があり、四重奏という編成の多声的魅力を味わえます。
- 簡潔さの中の緊張感:大仰ではないが計算された緊張と解決が随所に配置されている点に注目してください。
本作の位置づけとその意義
K.169はモーツァルトの「若き日の作品」として位置づけられますが、単なる稚作ではありません。旋律美、形式感、声部間のバランスといった室内楽に不可欠な要素が既に備わっており、後の彼のより成熟した四重奏曲や交響曲、オペラへとつながる端緒を示します。若年期の作品を通してモーツァルトの技巧と表現力の成長過程を辿ることで、彼の音楽的アイデンティティをより立体的に理解できます。
演奏史とレコーディング
本作はモーツァルトの初期四重奏というカテゴリに属するため、後期の名作群ほど録音数は多くありませんが、室内楽団体によっては全集録音の一部として採り上げられることがあり、歴史的演奏法の潮流とともに多様な解釈が提示されています。録音を聴き比べる際は、楽器の種類(ガット弦かスチール弦か)、テンポ感、内声の聞こえ方などに注目すると面白い比較ができます。
まとめ
弦楽四重奏曲第9番 K.169は、古典派の様式に則りながらもモーツァルトらしい旋律の輝きと均衡感を示す作品です。若き日の創作力を示す作品群の一つとして、彼の成長史を理解するための重要な手がかりを与えてくれます。演奏・鑑賞の両面で内声の扱いやフレージングに注目すると、より深い音楽体験が得られるでしょう。
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参考文献
- IMSLP — String Quartet No. 9, K.169(楽譜)
- Wikipedia — String Quartet No. 9 (Mozart)
- Neue Mozart-Ausgabe(オンライン・カタログ)
- Oxford Music Online / Grove Music Online(モーツァルト項目)
- AllMusic(作品解説・録音案内)
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