モーツァルト「ヴァイオリンソナタ ハ長調 K.56(Anh. C 23.02)(偽作)」——真贋・様式分析・演奏上の考察

作品概説:K.56(Anh. C 23.02)とは何か

「ヴァイオリンソナタ ハ長調 K.56(Anh. C 23.02)」は、かつてヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品目録(ケッヘル目録)に番号を与えられていたものの、現在では真正作ではない、いわゆる〈偽作(spurious)〉または〈作者未詳〉として扱われる短い器楽曲です。初期のヴァイオリン=ピアノ(またはチェンバロ伴奏)ソナタ群と類似する外見を持つためか、長らくモーツァルト作品として流通した経緯がありますが、近年の目録整理や様式研究によりモーツァルト作曲説には強い疑問符が付され、補遺(Anhang)に移された経緯があります。

出典と目録上の扱いの変遷

この作品がどのようにしてK.56という番号を得たかは、18–19世紀の楽曲収集と目録作成の歴史に由来します。初期のケッヘル分類では番号が振られていたものの、後の版や研究で真正性に関する検討が進み、作品群の補遺(Anhang)へ移された例は少なくありません。K.56についても、自筆譜の有無や伝本の性格、楽曲の様式的特徴が検討され、現在の主要な科学的版(Neue Mozart-Ausgabe 等)や現代の作曲家目録リストでは〈真正作でない〉または〈作者不明〉として扱われています。

写譜・自筆譜の状況(現存資料)

この曲に関しては、明確なモーツァルトの自筆譜が確認されていないのが重要な事実です。現存するのは写譜や版行譜、あるいは19世紀以降の楽譜流通に伴う写しといった形態が中心で、原典対照が困難であることが真正性判断を難しくしています。自筆譜が欠けている作品は、偽作・取り違えのリスクが高く、近年の音楽学では写譜の筆跡、紙質、版行の出所、典拠の比較など多方面から精査されます。

様式分析:なぜ偽作と判断されたのか

真正性を疑う主な理由は次の点に集約されます。

  • 和声・旋律の扱い:モーツァルトの同年代作品に見られる独創的な主題展開や大胆な和声進行に比べると、K.56 はやや平板で通俗的な進行が多く、定型的なガラント様式(galant style)に依拠している。
  • 鍵盤とヴァイオリンの関係:モーツァルトのヴァイオリンソナタ(特に成長期以降)はしばしばピアノとヴァイオリンが対等に扱われる一方、K.56 は鍵盤主体の伴奏的記述が目立ち、ヴァイオリンが右手旋律の補強・加飾に留まる場面が多い。
  • 形式的・動機的発展の乏しさ:主題の展開部や終結部での動機処理が単純で、モーツァルト特有の語法(短い動機の多彩な展開等)が十分に見られない。
  • 典拠の欠如:自筆譜不在に加え、同時代の信頼できる目録や証言においてモーツァルト作の根拠が弱い。

以上の点を総合し、学術界ではK.56を真正作から除外し、補遺に移す処置がなされたのです。

作品の内部構造と音楽的特徴(詳細解析)

一般的に、この種の小規模ヴァイオリンソナタは三楽章構成(速–遅–速)をとることが多く、K.56も同様のプロポーションを持つと考えられます(楽章の標題や具体的な速度標記は版によって表記が異なる場合があります)。以下では各楽章に典型的に見られる特徴と本作の具体的性質について述べます。

  • 第1楽章(速)

    序奏を持たず絡繰り風の主題提示から始まることが多く、4小節/8小節単位で明快なフレーズが反復されます。調性処理は近接調への短い転調(V → vi など)に留まり、展開部での大胆な遠隔調処理や大胆な動機変形はあまり見られません。

  • 第2楽章(緩徐)

    ここでは歌謡的な旋律が現れ、ヴァイオリンはしばしば歌う役割を担いますが、装飾音やアグラメーションの使い方においても大枠は平易です。情緒表現はやや限定的で、モーツァルトの同時期の傑出した緩徐楽章に比べると内面的深さは控えめです。

  • 最終楽章(速)

    ロンド風またはソナタ・ラ感の軽快な終楽章で、反復主題が繰り返される単純明快なリズムが特徴です。技巧的に派手というよりも、ダンス風の軽快さが前面に出ます。

作曲上の帰属候補──誰の作品か?

真正性が否定された後、学者たちは〈誰が書いたのか〉についていくつかの仮説を立ててきましたが、決定的な結論は出ていません。候補としては次のような可能性が挙げられます。

  • 同時代の無名の職業作曲家や地方の音楽家(通俗的なサロン用作品を大量に残したタイプ)。
  • 当時の出版業者や写譜者が行った編曲・改作の結果として生じたもの。
  • モーツァルト家の一員(例:父レオポルトや兄弟)や親しい門弟の作品といった説も過去に提起されるが、強い証拠は乏しい。

いずれにせよ「誰が書いたか」を特定するには追加の写譜調査や筆跡、紙質、インク分析、近刊行物との比較など科学的な手法が必要になります。

演奏および解釈のポイント

K.56のような〈偽作〉作品を演奏する際には、曲の歴史的地位と様式的特徴を踏まえた上で解釈することが有益です。演奏上の具体的なポイントを挙げます。

  • 鍵盤主体の書法が目立つため、ヴァイオリンはしばしば歌い手・装飾者としての役割を担います。ヴァイオリン奏者はピアニストとの対話ではなく〈装飾とコール&レスポンス〉的な扱いを意識するとよいでしょう。
  • 装飾やアーティキュレーションは18世紀中期のガラント様式を念頭に置き、過度にロマンティックにしないこと。短いフレーズの終わりで自然な呼吸と軽いリタルダンドを用いると当時風になります。
  • ピアノ(あるいはフォルテピアノ)で演奏する場合、チェンバロ的ではなく古典派鍵盤楽器のダイナミクスを活かしつつ、通奏低音的処理を避けて明晰な和声進行を浮かび上がらせること。
  • テンポ設定は過度に速くしすぎない。小品ながらフレーズの呼吸感を重視して、表情の機微を丁寧に描くことで聴きやすさが増す。

版と入手可能性

この種の作品は近年の主要版で補遺や付録として掲載されることが多く、商業出版物やパブリックドメインの写譜(オンライン・ライブラリ)でも入手可能です。学術的に引用する場合は、版の注記(補遺扱いであること、自筆譜の有無、伝本の出所など)を明確に表記することが求められます。

録音と受容

K.56 のような偽作は、モーツァルト確定作品ほど頻繁には録音されませんが、全集録音の付録や早期作品集のボーナストラックとして採用されることがあります。演奏意欲をそそる簡潔な楽想と、伴奏楽器の扱いの学習素材としての価値は高く、教育的なプログラムや入門的なコンサートで好まれる傾向にあります。

学術的な意義と現代での評価

真贋問題は単に「誰が書いたか」を決めるだけでなく、当時の出版・流通システム、写譜文化、音楽の需要と供給の構造を理解する上でも重要です。K.56 のような作品を研究することで、モーツァルトを取り巻く音楽事情や、18世紀中期のサロン音楽の特質が見えてきます。また、演奏史的には〈作曲家名に依存せず音楽そのものを評価する〉という姿勢が促され、レパートリー選択の幅を広げる契機にもなります。

まとめ(実践的な提言)

K.56(Anh. C 23.02)は、歴史的には一時モーツァルト作品として扱われたものの、現在では偽作または作者未詳の扱いが定着しています。演奏・録音にあたってはその歴史的背景を明示し、楽曲を当時のスタイル(ガラント〜初期古典派)に沿って解釈することで、曲の魅力を最大限に引き出せます。音楽学的には更なる写譜調査や版の精査が行われれば、作曲者帰属に関する新たな知見が得られる可能性があります。

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参考文献