モーツァルト「ピアノソナタ第1番 ハ長調 K.279 (K6.189d)」深掘りコラム:作曲背景・形式分析・演奏のポイント
作品概観と作曲年代
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのピアノソナタ第1番 ハ長調 K.279(K6.189d)は、モーツァルトのピアノソナタ群のうち比較的早期の作品群に属し、作品番号で示されるK.279はしばしばK.189dとも表記されます。一般には1774〜1775年頃の作曲とされ、サリエルやザルツブルクの音楽環境の中で書かれたと考えられています。このソナタは、モーツァルトが当時の鍵盤楽器(チェンバロからフォルテピアノへの過渡期)とその表現可能性に対する理解を深めたことを反映しています。
楽曲の編成と楽章構成
K.279は標準的な三楽章構成を持ちます。以下のように配置されるのが通例です。
- 第1楽章:Allegro(ハ長調) — ソナタ形式
- 第2楽章:Andante(ヘ長調) — 抒情的で歌うような中間楽章
- 第3楽章:Presto(ハ長調) — 快活な終楽章(ロンド風、またはソナタ=ロンド要素を含む)
各楽章は形式の明快さ、旋律の歌わせ方、そして均整のとれた句構造(periodic phrasing)によって特徴づけられます。モーツァルト特有の透明感あるテクスチャと、装飾音・対位的な瞬間が効果的に用いられています。
第1楽章(Allegro)の分析
第1楽章はソナタ形式に基づく伝統的な構築を示します。提示部では主題(主調に根差した開放的で明晰な動機)と副主題(対照的で歌うようなフレーズ)が明確に区別され、転調を経て副主題は属調(ト長調)やその周辺に登場します。モーツァルトは和声進行を経済的に使い、短い動機を発展させている点が注目されます。
展開部では提示部の素材が分割・移調され、調的な動きが加速しますが、過度に複雑化させずに再現部へと自然に導かれる構成です。再現部では副主題が主調で再提示され、終結部(コーダ)は軽やかな動機のやり取りで締めくくられます。テクスチュアとしてはアルベルティ・ベース風の伴奏や左右の対話的な扱いが見られ、当時の鍵盤技法を反映しています。
第2楽章(Andante)の性格と演奏上の注意点
第2楽章はヘ長調で、中間楽章らしい穏やかで歌う性格を持ちます。和声進行は穏やかで、装飾やすきまの処理が表情に直結します。古典派の簡潔さを保ちつつ、歌唱的なフレーズを如何に自然に歌うかが演奏の要です。
- フレージング:長いフレーズを小さな呼吸点で分けずに流れるように歌う。
- 音色とダイナミクス:当時のフォルテピアノでは強弱の対比が小さめだったことに留意し、過度なクレッシェンドやポルタメント的な表現は避けるか控えめに。
- 装飾音:トリルや装飾は様式に即して簡潔に。過剰なロマンティック装飾は避ける。
第3楽章(Presto)の構造と技巧的側面
終楽章は疾走感に満ちたPrestoで、軽快なリズムと活発な動機展開が続きます。形式的にはロンド風の回帰を伴う作りや、ソナタ=ロンドの要素が見られる演奏が多く、反復と対照が明快です。技巧的にはパッセージワーク、速いスケール、跳躍などが盛り込まれ、テンポと明晰なタッチのバランスが求められます。
演奏上のポイントとしては、拍子感を失わずに軽やかさを保つこと、スタッカートとレガートの使い分けを明確にすること、そして繰り返しを活かしてフレーズの形を明瞭にすることが挙げられます。
楽器と演奏実践(歴史的演奏法)
モーツァルトのピアノソナタはチェンバロからフォルテピアノへの移行期に書かれており、現代グランドピアノで弾く際もフォルテピアノのニュアンスや軽いアタック感、短めのサステインを意識すると作品本来の透明感を引き出せます。具体的には:
- タッチ:軽く明晰な指の独立が重要。ペダルは節度をもって使用。
- 装飾の処理:18世紀後半の様式に即した簡潔な装飾。
- テンポ感:大きく揺らすロマン派的ルバートは避け、拍子の明確さを保つ。
版と校訂、スコアを読むときの注意
K.279は楽譜に多少の版差が存在するため、信頼できる校訂版(新モーツァルト全集=Neue Mozart-Ausgabe や 標準的な校訂を行った出版社の版)を参照することが重要です。初期版や筆写譜と近代版で表記や装飾、反復の指示が異なる場合があるため、演奏家は原典版や現代の批判版に目を通し、歴史的慣習を踏まえた解釈を行うことが望ましいです。
レパートリーとしての位置づけと教育的価値
このソナタは技巧的に極端に難しくはない一方で、モーツァルト特有のフレージング、ハーモニー感、そして古典的均衡感を学ぶのに適した教材です。中級から上級初期の学生にとって、歌う能力・均整のとれたアンサンブル感・古典様式の理解を養うのに有用なレパートリーとなっています。また、コンサートではモーツァルトの端正さと機知を表現する作品として好まれます。
代表的な演奏と解釈の違い
近年の演奏では歴史的楽器による演奏(フォルテピアノ)と現代グランドピアノによる演奏の二系統が見られます。Paul Badura-Skoda、Kristian Bezuidenhout、Riccardo Donà などのフォルテピアノ奏者はより古楽的ニュアンスを重視します。一方、Mitsuko Uchida、Angela Hewitt、Alfred Brendel などの現代ピアノ奏者は明晰なラインと現代的な音色管理でモーツァルトの造形美を際立たせます。どの解釈にも価値があり、楽器と解釈意図により聴きどころが変わります。
演奏上の実践的アドバイス(まとめ)
- 主題の歌い回しを最優先に、伴奏は透明に保つ。
- 装飾やトリルは様式に沿って簡潔に処理する。
- 反復記号を活用してフレーズの対比を作る(提示部の反復は構造理解に有効)。
- テンポは通奏低音的に拍子感を安定させつつ、内的な呼吸で柔らかさを出す。
- ペダルは色づけとして控えめに使い、音の輪郭をぼかし過ぎない。
学術的・歴史的備考
ケッヒェル番号(K.番号)はモーツァルト作品の通し番号を示すもので、K.279 の別表記として K6(第6版ケッヘル)における番号付与が K6.189d とされる場合があります。このような番号の差異はケッヘル・カタログの改訂の結果であり、研究や図書目録においては両者が併記されることがあります。
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参考文献
- IMSLP: Piano Sonatas, K.279-284 (Mozart)
- Neue Mozart-Ausgabe(デジタル・モーツァルト版)
- AllMusic: Piano Sonata in C major, K.279
- Oxford Music Online / Grove Music Online(要購読)
- IMSLP: Mozart Works(総覧)
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