モーツァルト K.398:パイジェッロの主題による6つの変奏曲(ヘ長調)徹底解説

イントロダクション — 小品に凝縮されたモーツァルトの妙技

ウィーン時代のモーツァルトが残した小品群のなかにあって、ヘ長調の「6つの変奏曲 K.398(K6.316e)」は、いわゆる“家のピアノ”でも親しみやすい親しみやすさと、作曲家の精緻な技巧が同居する佳作です。本稿では、この作品がどのように生まれ、どのような音楽的構造を持ち、演奏・解釈にあたってどこに注目すべきかを、史料的背景、主題の出所、各変奏の特徴、演奏上の留意点、現代の版や録音の紹介を交えて詳しく掘り下げます。

作品の概要と成立事情

「6つの変奏曲 ヘ長調 K.398(K6.316e)」は、モーツァルトが当時よく行っていた〈既存のアリアや民謡の主題を素材にした変奏曲〉の形式に属します。主題は、同時代の著名なイタリア人作曲家ジョヴァンニ・パイジェッロ(Giovanni Paisiello)のオペラに由来すると伝えられ、モーツァルトはこの愛される旋律を素材に、ピアノ独奏のために6つの変奏を付してまとめました。

成立年はウィーン在住期の1781–1782年頃とされ、出版・配布を意図した実用的な室内レパートリーとしての性格が強い作品です。K.398 のような“簡潔で魅力的な変奏曲”は、当時のアマチュア音楽愛好家やサロン需要に応える役割も担っていましたが、モーツァルト自身の創意が随所に表れています。

主題の出所 — パイジェッロとの関係

モーツァルトが素材に選んだ主題は、パイジェッロのオペラ(日本語資料ではしばしば『哲学者気取り、または星占いたち』と表記される作品)のアリアに由来するとされています。パイジェッロは18世紀後半のイタリア・オペラ界で非常に人気のあった作曲家で、彼の旋律は広く歌われ、器楽家や作曲家の間でも引用されることが多くありました。

モーツァルトがパイジェッロの旋律を扱ったことは単なる流行追随ではなく、良い主題を見出す審美眼と、それを多様なピアニスティック表情へと変換する能力の表れです。主題自体は端正で明快、上声に歌心を残しつつ和声的にも扱いやすい素材であるため、変奏という形式に極めて適したものと言えます。

楽曲構成と各変奏の分析(概観)

K.398 は、主題提示と6つの変奏から成るというシンプルな構成を取ります。以下に、各変奏がどのように主題を変容させ、曲全体の起伏を作っているかを概観します。

  • 主題(Tema): ヘ長調で平明な歌唱線を持つ主題提示。伴奏はシンプルで、旋律の輪郭が明瞭に示されます。ここでの提示が後の変奏群の基礎となります。
  • 変奏 I: 主に装飾と小規模なリズム変化で主題を彩る変奏。右手の装飾音やトリル風の処理が加わり、歌い口が豊かになりますが和声進行はおおむね保持されます。
  • 変奏 II: 左手伴奏により動きと推進力が付与される変奏。アルベルティ・バス風や流れる分散和音によって、主題の表情がピアニスティックに拡張されます。
  • 変奏 III: 左右の対位的応酬や短い装飾的モティーフの連鎖が目立つ変奏。モチーフの断片化を通じて主題の素材が多面的に提示されます。
  • 変奏 IV: リズムの転換(シンコペーションや短い休符の導入)により、軽快さや機知を表現する変奏。しばしば技巧的なパッセージが増え、演奏的な見せ場となります。
  • 変奏 V: 和声やテクスチャに深みを与える変奏。低音域の充実や内声の動きが増し、響きの重心がやや下がることで対比が生まれます。
  • 変奏 VI(終結): 終結的な性格を強めた変奏で、しばしば華やかな装飾や速い運動によりクライマックスを形成します。最後は安定した終止で締めくくられます。

このように、K.398 は単に技巧を誇示するだけでなく、変奏ごとに色彩や重心を変え、聴き手に多様な表情を提示する設計になっています。

演奏上のポイントと解釈のヒント

演奏にあたって注目すべき点をいくつか挙げます。

  • 主題の歌わせ方:主題提示部はシンプルに見えて音楽的な歌いまわしが重要。音楽の文節感(フレーズの始まりと終わり)を明確にし、歌心を第一に考えると全体の説得力が増します。
  • 変奏間の対比:各変奏のテンポ感やタッチ、ダイナミクスを変えることで、変奏曲全体の起伏を生かすことができます。たとえば、より装飾的な変奏では軽やかさを、深みを出す変奏では響きの充実を意識します。
  • 剛柔のコントロール:伴奏のパターンが単調にならないように手の重心やアーティキュレーションに変化をつけること。アルベルティ型伴奏でも和声の流れに応じて響きを変えると自然です。
  • 装飾の扱い:モーツァルト時代の演奏習慣を踏まえた上で、過剰にならない適度な装飾が有効です。トリルや短い飾り音は旋律の拡張に用いると効果的。
  • テンポの選択:全体を通して極端に遅速に振らないこと。主題の明快さを損なわないテンポを基調にし、変奏ごとの性格に合わせて若干の変化をつけます。

版と校訂、史料考察

K.398 は多くの近代版に収録されており、原典版(自筆譜や当時のコピー)と市販譜の差異は比較的小さいものの、装飾や速度標記の扱いでは版による判断が分かれます。信頼できる演奏を目指すなら、近年の校訂版や Neue Mozart-Ausgabe(新モーツァルト全集)に基づく版を参照することを推奨します。オンライン・スコア(例:IMSLP)で原典画像を確認することも可能です。

音楽史的意義と聴きどころ

K.398 は規模こそ小さいものの、モーツァルトが商業的かつ実用的な需要に応えて作品を作る過程で、如何に素材を洗練させ、聴き手を飽きさせない構成力を発揮したかを示す好例です。パイジェッロの歌を出発点に、モーツァルトは内声の動き・ピアニスティックな装飾・リズム感の変化を駆使して、簡潔ながら親密で表情豊かな連作を作り上げています。

聴く際のポイントは、主題の〝歌〟が各変奏でどのように変貌するかを追うこと。旋律が消失せず各変奏の核に残る一方で、テクスチャやタッチの変化によって新しい顔が次々に現れるのを楽しめます。

録音と演奏例の紹介(指針)

録音はピアニストによって解釈の幅が出やすい作品です。古楽的な装飾や軽やかなタッチを志向する演奏と、ロマン派的な響きをやや厚く取る演奏とで印象が変わります。聴き比べをすることで、同一の楽譜から異なる音楽性が生まれることを実感できるでしょう。

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参考文献