散逸の謎を追う:モーツァルト/J.P.デュポールのメヌエットによる変奏曲 K.573 をめぐって

導入 — 作品とその“散逸”について

「J.P.デュポールのメヌエットの主題による変奏曲 ニ長調 K.573」という表示は、モーツァルト目録(ケッヘル目録)や関連文献において散逸作品として記載されることがあり、演奏会で耳にすることはほとんどありません。本稿では、K.573 として伝えられるこの変奏曲の来歴・資料状況・異説・音楽学的意義、さらにモーツァルトの変奏技法から推測される音楽的中身について、可能な限り根拠を明示しつつ掘り下げます。

ケッヘル目録と作品番号の扱い

モーツァルトの作品にはケッヘル(K.)番号が付されますが、K.573 のように文献によっては「断片」や「散逸」と注記されるものがあります。ケッヘル目録自体は19世紀に生まれた最初の総目録で、その後の改訂や研究で、ある作品の真贋・現存状況・成立時期などが見直されてきました。したがって、K.573 に関しても初期目録の記載に由来するが、原典(自筆譜や当時の写し)が現存しないため断片的な情報しか得られない、という状況が起きています。

J.P.デュポールとは誰か

ここでの J.P. デュポールは一般にジャン=ピエール(Jean-Pierre)・デュポール(1741–1818)と考えられます。デュポール一家はフランス出身の弦楽奏者の家系で、とくにチェロ奏者として知られ、18世紀後半から19世紀初頭のドイツ・プロイセンの宮廷音楽界にも関わりました。デュポールが作曲したメヌエットや小品が当時流布しており、モーツァルトを含む作曲家たちがその旋律を素材に変奏曲を書いた可能性は十分にあります。ただし、モーツァルトとデュポールの直接的な接触や書簡での言及は確定的な証拠に乏しく、両者の関係を断定する段階には至っていません。

現存資料と「散逸」の根拠

「散逸」とされる主因は原典不在です。自筆稿や版が伝わっていない、あるいは記録だけが断片的に残る場合、後の編纂者が目録に「作品があったらしい」と記載することがあります。ケッヘル目録や後続の学術書において K.573 が記載される事例はあるものの、楽譜そのものや初版の確証がないため、現代の研究者は慎重な扱いをしています。つまり、K.573 は「過去に存在した可能性が示唆されるが、現在は確認できない作品」の典型例です。

タイトルにある“9つ(6つ)の変奏”という表記の意味

文献により「9つの変奏」とするものと「6つの変奏」とするものが混在する理由は、目録化や伝承の過程での誤記や別伝の混合が考えられます。変奏曲の場合、奏者や写譜者が一部の変奏を省いたり追加したりすることもあり得ます。また、当時は『変奏の数』が安定していないケースもあり、稿本の段階で異なる版が存在した可能性も否定できません。こうした不確定性が“9(6)”という表記に反映されていると考えられます。

モーツァルトの変奏技法(一般論)からの推測

モーツァルトは変奏形式を非常に巧みに用い、テーマの特徴を多面的に引き出すことに長けていました。特徴的なのは以下の点です。

  • 主題のリズム・和声・伴奏形を多様に変えることで、統一感を保ちながら表情を変化させる手法。
  • ピアノや室内楽向けの作品では、旋律線を装飾したり、対位法的要素を導入したりして音楽的深さを増すこと。
  • 終結部で再び主題を二重化・拡大し、叙情性や劇的効果を強める構成。

これらの傾向から、K.573 がモーツァルト作であれば、単純なダンス主題(メヌエット)から対位法的・和声的発展を伴う多彩な変奏群が展開された可能性が高いと推測できます。また、ニ長調という調性は光明さ・親しみやすさを持ち、変奏の中に短調的色彩や転調を挟むことでコントラストを生むことが考えられます。

同時代作と比較する視点

モーツァルトの既知の変奏曲(たとえばピアノのための変奏曲群や器楽のための変奏曲)と比較すると、K.573 がどのような規模・編成であったかを推測できます。たとえば彼のピアノ変奏は技巧的でありながら歌謡性を保つため、器楽編成(ヴァイオリンやチェロを含む)の変奏では、独奏楽器と通奏低音的伴奏との対話が重視された可能性があります。J.P. デュポールが弦楽奏者だったことを考えると、当初は弦楽器を伴う版が想定されていたかもしれません。

散逸作品の音楽学的価値

原典が失われている作品でも、史料上の言及や版の断片は音楽史研究に重要な手がかりを与えます。K.573 のような散逸曲が示すのは、作曲家のレパートリーが当時どれだけ広く、またどのように受容されていたかという社会史的側面です。さらに、失われた作品の存在を前提に考えることで、既存作品の成立年代や様式的変遷を相対化する視点が得られます。

再構築と仮作業 — どこまで許されるか

散逸曲の再構築は過去に行われてきましたが、学術的なアプローチでは資料に基づく慎重さが求められます。可能な手法としては、同時期のモーツァルトの変奏作品から典型的な進行や装飾を抽出し、J.P.デュポールの既知の旋律的特徴を参照しつつ、当時の演奏慣習(装飾、テンポ、アーティキュレーション)に従って補筆する方法が考えられます。しかし、こうした再構築はあくまで「仮説的な復元」であり、原作の完全な代替にはなり得ません。公開時には出典と補筆部分を明示することが不可欠です。

演奏実践上の留意点

もし仮に K.573 の主題が知られていて変奏が残っている場合(あるいは復元版が制作された場合)、演奏者はモーツァルト時代の鋭敏なバランス感覚と装飾法を意識する必要があります。具体的にはメヌエット主題の宮廷的優雅さを失わず、変奏部では対位法的な語法や軽いリズムのずらし、装飾音の配置により表情を変えることが求められます。また、古楽器/古典奏法の観点から弦楽器やフォルテピアノ(あるいはモダン・ピアノでの古典的解釈)を使い分けることで、異なる響きのバリエーションを示せます。

研究動向と今後の課題

K.573 の確定的な評価を行うには、さらなる図書館・アーカイブ調査が必要です。写譜譜や当時の目録、献呈先の記録、複製譜が散逸の過程で別地に残っている可能性があります。国際的な楽譜データベースや古文書目録を横断的に調べることで、新資料が発見されることも稀ではありません。研究者は既存の目録記述の出典を精査し、どの時点で K.573 が記載されたのか、その根拠を明らかにすることが重要です。

結論 — 証拠のない「存在」は何を教えるか

K.573 は直接的な楽譜資料が乏しいため、確定的な音楽的分析は困難です。しかし、この「不在」自体がモーツァルト研究に対して重要な問いを投げかけます。すなわち、作品目録の信頼性、作品流通の実態、現存資料に偏る研究手法の限界などです。さらに、もし将来新しい資料が発見されれば、既存のモーツァルト像が部分的に修正される可能性もあります。現段階では、K.573 はモーツァルトの変奏技法を理解する上での“仮想的事例”として有効に使える一方、確定的な評価には慎重さを要する、というのが妥当な結論です。

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参考文献