モーツァルト ロンドン小曲集 K.15〜15ss:幼少期の“スケッチ”に聴く創意と影響
概要:『ロンドン小曲集』とは何か
『ロンドン小曲集』(通称ロンドンのスケッチブック)は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが幼少期にロンドン滞在中に作成した小品や草稿をまとめた写し、あるいは自筆断片群を指す呼称です。学術的にはK.15およびその傍番(しばしばK.15a〜K.15ssのように細かく付番されることがある)として体系化される断片や小曲群として取り扱われます。
制作時期は1764〜1765年頃、モーツァルトが8〜9歳のときで、家族の欧州巡業の一環としてロンドンを訪れた際の作品群です。長大なソナタや交響曲ほど知名度の高い作品群ではありませんが、幼い天才の創作過程、身につけていた様式、影響関係、そして後年の作風へとつながる萌芽を読み取るには格好の資料です。
歴史的背景:ロンドン滞在と出会いがもたらしたもの
1764〜1765年のロンドン滞在は、モーツァルトと家族にとって音楽的にも社会的にも重要な出来事でした。この期間に彼は英国の音楽風土や演奏機会に触れ、また当時ロンドンで活躍していたジョン・クリスチャン・バッハ(英・イタリア系バッハ)らの作品や演奏にも接しています。J.C.バッハの明快で歌謡的なソナタ様式や管弦楽の書法は、同世代の若きモーツァルトに大きな刺激を与えたと多くの研究が指摘しています。
家族は宮廷や上流社会で演奏する機会を得て、モーツァルト少年は公的な演奏で評価を受ける一方、日常的には練習や楽曲のスケッチを書き留める時間を持っていました。『ロンドン小曲集』はそうした日々の断片が集積したことにより成立していると考えられます。
写本と目録上の位置づけ(K.15〜15ss)
モーツァルトの初期作品には完成作と未完成・草稿が混在しており、それらの整理は後世の研究者や編集者によって段階的に行われてきました。K.15という番号はロンドン滞在期の一群を示す便宜的な目印で、のちに個々の小曲や草稿に細かな付番(K.15aなど)が行われ、さらに多くの小断片には 'ss' のような補助的な記号で分類されることがあります。
このため、版や解説書ごとに収録曲目や番号が異なる場合がある点に注意が必要です。研究や演奏の際は、使用する楽譜版の注記や校訂情報を確認することが大切です。
楽曲の構成と音楽的特徴
『ロンドン小曲集』に含まれる作品は、短いピアノ(当時はチェンバロやクラヴィコードが主流)独奏曲やメヌエット、アレグレット、行進曲風のスケッチ、そして断片的なモチーフの書き留めなど多岐にわたります。形式的には二部形式や短いソナタ形式の萌芽、舞曲形式が多く見られ、器楽の簡潔さと明快な旋律線が特徴です。
和声的には当時の通俗的な伴奏形(バスと和音の分散)や短い転調が採用されており、幼年期の作品としては既に十分に機能的なハーモニー感覚を示しています。旋律は歌謡的で耳に残りやすく、フレーズ処理の巧みさや対位法的な要素の萌芽も散見されます。
作風的影響:誰の血を引くか
これらの小曲からは、当時モーツァルトが接していた様々な影響が読み取れます。まずはJ.C.バッハのソナタ類に見られる歌合いのバランスと簡潔な構成、美しい主題提示の仕方。次にローカルなイギリスの舞曲や民衆的な歌い回し、さらにはイタリアオペラ風の旋律的魅力も垣間見えます。
しかし同時に、若いモーツァルト自身の「即興的なアイデア」「転回するモティーフの扱い」「短い中で明確に終結させる技術」といった独自の個性も確認できます。つまり『ロンドン小曲集』は模倣だけではなく、早くも個人的な作曲語法が芽吹き始めている証拠なのです。
演奏と実践:楽器・テンポ・装飾の扱い
当時の演奏習慣としてはチェンバロやハープシコード、フォルテピアノ初期型で演奏されたはずですが、現代ではピアノで演奏されることが多く、歴史的鍵盤楽器を用いる演奏も増えています。短い小曲群のために過度なロマンティックな装飾やテンポの引き延ばしは避け、清澄さとフレーズの自然な流れを重視するのが現在の演奏実践として推奨されます。
装飾音は当時の慣習に従い、上行的な装飾やトリルは簡潔に、拍節感を損なわない範囲で行うのが良いでしょう。和声の転換点やフレーズ終結部でのルバートの使い方は作曲意図を損なわないよう注意が必要です。
版と校訂:どの楽譜を使うか
これらの幼年期断片は校訂版やピアノ曲全集、オンライン公開譜で入手できます。ニュー・モーツァルト全集(Neue Mozart-Ausgabe)や信頼できる校訂版を参照することを勧めます。オンラインではIMSLPに自筆譜や初期版が公開されている場合があり、原資料に当たることで断片の読み替えや訂正箇所を確認できます。
聴きどころ:短い曲に潜む分析ポイント
- 主題の提示と展開の簡潔さ:短い中で動機がどのように変形されるかを追うと、モーツァルトの主題操作の才能が見える。
- 和声の急転:短い楽曲にもかかわらず、意外な和声進行や転調の芽があり、若年期の冒険心を感じられる。
- 左手の伴奏形:伴奏図式によりリズムの推進力が生まれる箇所が多く、旋律と伴奏のバランスに注目すると演奏の解像度が上がる。
作品の評価と意義
一般に『ロンドン小曲集』はモーツァルトの「天才の片鱗」を示す資料として評価されます。技術的完成度というよりは創作過程と影響関係を示す史料価値が高く、幼少期の感性がどのように外部刺激に応答していたかを知る手がかりになります。教育的にも価値が高く、ピアノ学習のレパートリーとして取り上げられることもあります。
録音と実演のおすすめ視点
これらの小曲は単独で録音されることは少ないものの、「幼年期作品集」や「モーツァルト:鍵盤作品全集」などのコンパイル盤に含まれていることがあります。聴く際は、同時期の他作品(J.C.バッハのソナタ、ロンドンで影響を受けた器楽曲)と並べて聴くことで、様式的特徴がはっきりします。また原典版や自筆譜と現代版を比較して演奏するのも学術的に有益です。
研究上の課題と今後
未完の草稿や断片の解釈、正確な成立年次の確定、そして各断片の真正性を巡る検討は今も続いています。写譜者の存在や補筆の有無をめぐる疑問もあり、歴史的楽器での再現演奏と楽譜学的検証を組み合わせた総合的研究が求められています。
参考となる入手先と資料
演奏者や研究者は、信頼できる校訂版(Neue Mozart-Ausgabe など)とともに、公開されている自筆写本のデジタル画像やIMSLPなどの楽譜庫を参照すると良いでしょう。原典に当たることで、近年の校訂で行われた解釈や訂正の経緯を確認できます。
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参考文献
- IMSLP: London Sketchbook, K.15(楽譜・写本情報)
- Britannica: Wolfgang Amadeus Mozart(伝記的背景)
- Wikipedia: Wolfgang Amadeus Mozart(参考総説、出典確認用)
- Digital Mozart Edition / Neue Mozart-Ausgabe(校訂版情報)
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