モーツァルトと「マエストロ対位法氏の小葬送行進曲 ハ短調 K.453a」――謎と真贋をめぐる深掘りコラム
はじめに:K.453a をめぐる問題提起
「モーツァルト:マエストロ対位法氏の小葬送行進曲 ハ短調 K.453a(以下 K.453a)」というタイトルは、モーツァルト研究の周縁で時折顔を出す存在です。正典的なカタログに載る主要作品とは一線を画し、出自・編年・作曲者の真偽が議論され続けてきたため、作品としての実体が曖昧になりがちです。本稿では、現存資料や目録上の扱い、様式的特徴、そして演奏史や受容を含めて可能な限りファクトチェックを行いながら、この作品(ないしこの呼称で伝わる断章)を深掘りします。読者には「作品そのものが本当にモーツァルトによるものか」という核心的問いに対する現時点での最良の状況判断を提示することを目的とします。
史料とカタログ上の扱い:K.453a はどこに位置づけられるか
モーツァルト作品目録(Köchel カタログ)では、番号の付け方や付記が改訂を経ており、ある番号が後年の研究で疑問作・偽作・他人の作品に分類されることがあります。K.453a のように末尾に小文字や付番が付される作品は、しばしば正規番号の付与後に補遺的に付けられたもの、あるいは真贋や編年が不確かな資料に基づくものです。
重要な点は次の通りです。
- 自筆譜(autograph)の有無:モーツァルト正典の多くの作品は自筆譜や信頼できる初出写本に基づいていますが、K.453a に関しては自筆の確実な存在が確認されていないため、真贋判定は難しくなります。
- 初出資料:現存するのが後年の写譜や第2次資料である場合、写譜者の誤記や誤帰属の可能性が残ります。特に19世紀にかけて市場で流通した写譜集には、人気作曲家の名が誤って付されることがありました。
- 主要目録の扱い:Neue Mozart-Ausgabe(NMA)や最新のKöchel改訂版では、出自の不確かな作品は注記されるか、付図・付録(Anhang)に分類されることがあります。K.453a は少なくとも主要カンオンの“核心”に含まれる扱いではなく、研究注記や疑問作リストで触れられるケースが多いです。
タイトルの意味と「マエストロ対位法氏」表記について
タイトルに含まれる「マエストロ対位法氏(Maestro di Contrappunto)」という語句は、18世紀〜19世紀にかけてよく見られた敬称や注記の形式を想起させます。師としての立場や対位法の名手という意味合いで用いられることがあり、必ずしも固有名詞ではありません。この種の付記は、作品が教育的目的(対位法練習や追悼儀礼の教材)で作られた可能性や、ある名教師へ献呈されたことを示す場合があります。
しかし、こうした文言が写譜に後から付け加えられている場合もあるため、当該写本の書誌学的検討(筆跡、用紙の水印、インクの年代判定など)が必要です。現存資料の分析では、タイトル表記の由来が写譜者の手による付記である可能性が高いと報告されるケースがあるため、この点も真贋論の重要な要素となります。
様式的特徴と音楽的分析(慎重な読み取り)
実物の楽譜に基づく正確な分析が不可欠ですが、現存写本の基づいて一般化できる要点を列挙します(ただし、写本ごとに異同があるため一律適用はできません)。
- 調性とムード:ハ短調という選択は、18世紀における悲愴性・厳粛性を表現する際に適しており、葬送行進という形式には古典派の様式語法と調和します。モーツァルト自身もハ短調を葬送的・劇的な文脈で用いることがあり(例:交響曲やオペラにおける短調の用法)、その点で矛盾はありません。
- リズムと行進感:葬送行進は通常、明確な拍節感と半拍あるいは全音符に基づく進行を持ちます。写本に見られるドット付きの行進リズムや重音での和声支えは、古典派の葬送表現に合致しますが、同様の語法は当時の他作曲家にも一般的です。
- 対位法的要素:タイトルに「対位法」が入ることから、主題の模倣や逆行、対旋律との絡みなど学習的・技術的要素が含まれている可能性があります。もし複数声部が厳格に対位法的に扱われているなら、17~18世紀の対位法伝統に立脚した作品と読むことができますが、それだけでモーツァルト作と断定する根拠にはなりません。
- 和声・旋律語法:モーツァルト固有の語法(流麗な旋律線、特有の和声進行や転調感、感情の即時性)は鑑別要素になります。K.453a の写譜を詳細に分析した研究があれば、これらの観点から比較が可能です。現時点では「モーツァルトらしさ」と「他作曲家の模倣/当時の共通語法」との境界線が判断の要となります。
比較資料としての代表作:レクイエム K.626 などとの対比
モーツァルトの真正作と疑問作を比較する際、同じ“葬送”や“短調の厳粛性”を表す代表作が参照されます。最たるものはレクイエム K.626 で、ここには終末感、冥界的色彩、特定の声部使いや管弦楽の色彩が濃厚に現れます。K.453a と比較する際、以下の点が着目点となります。
- 声部の扱い(ソロ・合唱・独立声部の対話)
- 管弦楽の編成と色彩(トロンボーンやバス楽器の使用傾向)
- 和声的クライマックスの作り方や動機発展の技法
本質的に、K.626 のような晦暗で宗教的な葬送表現と K.453a の“短い行進曲”という機能的な性格は重なる部分があるものの、スケール感や深度で差が出るのが通常です。これを根拠に真贋を断定するのは危険ですが、比較指標として有用です。
写譜学・紙質・筆跡からの判定方法
音楽史学の実務では、筆跡学(手稿の筆致)、用紙の水印、インクの化学的分析、写譜者の署名や蔵書史などを総合して出自を確かめます。K.453a に関しても、もし写本が主要な図書館やコレクションに保存されているなら、これらの科学的・文献学的手法により「いつ」「どこで」「誰によって」その写譜が作成されたかを特定することが可能です。
史料が散逸している場合や私蔵に止まっている写本しかない場合は、真贋判断はより不確実になります。そのため、この作品が学術的に扱われる際には、まず出典の確定が第一歩となります。
演奏史と現代の受容
K.453a のような出自不明の小品は、演奏界では断片的に取り上げられることがあります。録音が存在する場合もありますが、多くは「モーツァルト風」あるいは「作者不詳」と注記された上で収録されます。近年の古楽運動や写譜復刻によって一時的に脚光を浴びることがある一方、正典入りするほど広く受け入れられる例は稀です。
実演での扱いは、演奏者側の解釈に大きく依存します。葬送行進というジャンルの性格上、テンポ設定、アゴーギク(表情付け)、ダイナミクスの取り方が作品の印象を大きく左右します。現代の指揮者や室内楽団は、写譜の不確定要素を踏まえつつ歴史的実践に即した演奏選択を行うことで、作品の音楽的魅力を引き出すことができます。
研究上の帰結と今後の課題
K.453a を巡る最大の課題は「出自の不確かさ」と「スタイル的な判別の困難さ」に集約されます。学術的な取り組みとしては以下が急務です。
- 当該写譜の所在確認とデジタル化:アクセス可能な形で史料を公開すること。
- 写譜学的・化学的調査:紙やインクの年代測定、筆跡比較などによる科学的検証。
- 様式分析の体系化:同時代の他作曲家(ミヒャエル・ハイドン、クレメンティ、シュターミッツ派など)との比較研究。
- 演奏による検証:実演・録音を通して作品としての音響的実体を確かめ、批評的楽譜を作成すること。
これらを組み合わせることで、K.453a の正体判明に向けた見通しは開けます。現段階では「モーツァルト作」と断じるには決定的証拠が不足している、というのが最も慎重で現実的な結論です。
聴きどころと演奏のヒント(解釈ガイド)
たとえ真贋が確定していなくとも、音楽作品としての魅力を損なうものではありません。演奏・鑑賞に際して注目したい点を挙げます。
- 行進の重心:テンポは慌てず、しかし停滞しない一定の推進力を保つこと。葬送の厳粛さと行進の律動性のバランスが鍵です。
- 対位の聞かせ方:主体となるメロディと対旋律の線を明確に分離することで、対位法的な面白さが際立ちます。
- ハ短調の色彩:短調の暗さを出しながらも、和声の移り変わりで瞬間的な光を差す表情付けをすることが効果的です。
- 編成感:原資料が弦中心であれば、弦の音色(ヴィブラートの有無、ボウイングの長短)で古典派的な均整を保つのがよいでしょう。
まとめ:未知の作品を読むということ
K.453a は、音楽史研究の面白さと厳しさを提示する題材です。単純な「真作/偽作」の二分法を越え、史料学・様式分析・演奏実践が相互に補強し合うことで、作品の位置づけが徐々に明らかになります。現時点での最良の判断は慎重な懐疑(いわば“検証待ち”)ですが、その曖昧さ自体が研究者や演奏家にとって刺激的な課題を提供しているのも事実です。読者の皆さんには、今後の研究の進展や写譜の公開情報に注目しつつ、音楽そのものを独立した芸術体験として楽しんでいただきたいと思います。
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参考文献
- Neue Mozart-Ausgabe(デジタル・モーツァルト全集) — モーツァルト作品の批判校訂と注記を提供する主要リソース。
- Köchel catalog(Köchel カタログ) - Wikipedia — モーツァルト作品番号の編纂史と改訂の概説。
- IMSLP(国際楽譜ライブラリ) - Mozart カテゴリ — 公開されている写譜・版の参照に便利。
- Grove Music Online(有料) — モーツァルト研究の概説と文献案内(大学等の契約の有無を確認してください)。
- Mozarteum Foundation Salzburg — モーツァルト関連の一次資料や研究情報を所蔵する機関。
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