モーツァルト『ルーチョ・シッラ』K.135(1772)──若き天才が描いた権力と赦しの劇

序論:作品の位置づけと一口概要

『ルーチョ・シッラ』K.135は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが1772年に作曲した歌劇(opera seria)で、当時16歳という若さで手がけた本格的なオペラの一つです。台本(イタリア語)はジョヴァンニ・デ・ガメッラ(Giovanni de Gamerra)によるもので、古代ローマの独裁者ルキウス・シッラ(Lucius Silla)をめぐる愛と権力、赦しを主題としたドラマを三幕で描きます。初演はミラノのテアトロ・レジオ・ドゥカーレ(Teatro Regio Ducale)で、1772年12月に上演されました。

歴史的背景:モーツァルトのイタリア滞在と創作状況

1770年代初頭のモーツァルトは、父レオポルトとともに各地を巡業し、イタリアへも度々滞在していました。『ルーチョ・シッラ』は、彼がイタリアでの上演機会を得て本格的なオペラ作品に取り組んだ一連の作品群の一つであり、前年の《アスカニオ・イン・アルバ》やそれ以前のオペラで培った経験を昇華させたものと位置づけられます。オペラ・セリアという様式に則りつつ、モーツァルトはドラマ性や音楽的リアリズムの追求を試みています。

初演と受容

初演は1772年12月、ミラノの祝祭シーズンに行われ、当時の記録によれば一定の成功を収めたとされています。とはいえ、当時の都度の上演事情やキャストの事情が結果に大きく影響したことから、長期にわたる定着には至りませんでした。近現代になってからは学術的・演奏会的な関心が高まり、復曲やレコーディングが行われるようになっています。

筋立てと主題(ネタバレ注意)

物語は古代ローマを舞台に、権力者と被支配者の間で揺れる人間関係と感情を描きます。愛情関係、忠誠と裏切り、そして最終的に示される赦し(clemency)というモチーフが中心です。『ルーチョ・シッラ』は、単なる個人的恋愛劇にとどまらず、政治的権力の暴走とその克服、あるいは権力者の人間性回復という普遍的なテーマを含んでおり、聴き手に倫理的な省察を促します。

音楽的特徴と作曲技法

本作は伝統的なオペラ・セリアの形式、すなわちダ・カーポ様式のアリアや通奏低音に伴われるレチタティーヴォ(recitativo secco)と、より劇的な効果を狙った伴奏付きレチタティーヴォ(recitativo accompagnato)を組み合わせています。しかしモーツァルトは、単なる形式的な遵守にとどまらず、登場人物の心理描写を音楽の細部にまで織り込み、和声進行やオーケストレーションを通じて感情の微妙な変化を表現しています。

  • オーケストレーション:若年期ながら管楽器の色彩的扱いが巧みで、独唱とオーケストラの対話を通じて場面ごとの空気感を作り出します。
  • アリアとアンサンブル:ダ・カーポ形式の中にもモーダルな転調や緊張感の高め方を導入し、単調にならないドラマティックな展開を実現しています。
  • レチタティーヴォの扱い:場面転換や心理的クライマックスでは伴奏付きレチタティーヴォを用い、語りと音楽の融合で劇性を高めます。

登場人物とその関係(概要)

典型的なオペラ・セリアの配列に従い、権力者・被支配者・恋する若者・忠臣といった役どころが配置されます。主要な人物たちの対話や対立、和解のプロセスが物語を推進します。これらの人物描写を通じて、モーツァルトはそれぞれの内面を音楽で細やかに表現しています。

ドラマと言葉の音楽化

モーツァルトの特徴の一つは、イタリア語のプロソディ(語尾のアクセントや語順)を正確に音楽に反映させる点にあります。『ルーチョ・シッラ』でも語句のアクセントに即したメロディ作りや、言葉の感情に寄り添った和声変化が見られ、台詞的要素と音楽的旋律が自然に結びついています。

演出・解釈の幅と現代上演

18世紀のオペラ・セリアはしばしば古典的・栄誉的な様式に則りますが、現代の演出では政治的寓意や普遍的な人間問題に焦点を当てた解釈がなされることが多く、現代的舞台美術やジェンダー解釈を交えた上演も見受けられます。音楽面では原典に忠実な楽器編成での復元演奏(古楽器)と、現代オーケストラによるスケール感を重視する演奏の双方に価値があり、それぞれが作品の別の側面を浮かび上がらせます。

作品の位置づけと影響

『ルーチョ・シッラ』はモーツァルトのオペラ作曲家としての力量が明確に示された作品であり、後年の成熟したオペラ群(例:〈イドメネオ〉や〈フィガロの結婚〉、〈ドン・ジョヴァンニ〉)への重要な前段階と見なされています。劇的な人物造形、風格あるアリア作り、そしてオーケストラの活用法など、ここで培われた手法はモーツァルトの後の作品に継承・発展していきます。

鑑賞のポイント

  • 登場人物の心理変化に注目して聴く:アリアだけでなくレチタティーヴォの表現にも耳を傾けると細やかな設計がわかります。
  • オーケストレーションの色彩:管楽器の使い方や弦楽器との対比に注目すると、場面ごとの情感がより深く理解できます。
  • 台本(リブレット)との対照:イタリア語の原文や訳を手元に置き、言葉と音楽の関係を追うと、モーツァルトの語感の捉え方が実感できます。

まとめ

『ルーチョ・シッラ』K.135は、16歳のモーツァルトが古典的オペラ・セリアの枠組みの中で人間ドラマを深く掘り下げた意欲作です。歴史的には若き作曲家の通過点に見えますが、音楽的には既に卓越した技法や表現力が発揮されており、今日のリスナーにとっても十分に魅力的な作品です。政治的・倫理的なテーマを含むため、現代的な問題意識とも結びつけて上演・鑑賞される価値があります。

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参考文献