モーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』徹底解説 — 音楽・台本・現代的意義を読み解く
モーツァルト:『コジ・ファン・トゥッテ』(『女はみなこうしたもの』) K.588 (1789–90)
ウィーン時代のモーツァルトとロレンツォ・ダ・ポンテの三部作の締めくくりにあたるオペラ・ブッファ『コジ・ファン・トゥッテ(Così fan tutte, ossia La scuola degli amanti)』は、K.588として分類され、1789年から1790年にかけて作曲され、1790年1月26日にウィーンのブルグ劇場で初演されました。軽妙な題材の表層の下に、人間心理や道徳、ジェンダー観に関する深い問いを内包するこの作品は、当時から物議を醸し、近代において再評価され続けています。
作曲の背景と台本──モーツァルトとダ・ポンテの協働
モーツァルト(1756–1791)と台本家ロレンツォ・ダ・ポンテ(1749–1838)は『フィガロの結婚』(1786)、『ドン・ジョヴァンニ』(1787)に続き、本作で三度目の協働を果たしました。ダ・ポンテの台本は当時のイタリア喜劇の伝統を踏まえつつも、恋愛の心理を試験するという極めて風刺的で挑発的な設定を採ります。若い男女四人の恋愛の“耐久試験”を仕組む老哲学者ドン・アルフォンソと、従者デスピーナの策略が物語を動かします。
登場人物と声種
- フィオルディリージ(Fiordiligi) — ソプラノ:精神的に強く、技巧的なアリアを要求される主要女性役
- ドラベッラ(Dorabella) — メゾ・またはリリック・ソプラノ:感情表現に富む役
- フェランド(Ferrando) — テノール:恋に真摯で歌唱も繊細
- グリエルモ(Guglielmo) — バス/バスバリトン:男らしさを表す低声域
- ドン・アルフォンソ(Don Alfonso) — バス:策を巡らす老哲学者
- デスピーナ(Despina) — ソプラノ(ソブレット):滑稽で機知に富む召使い役
音楽的特徴と構成
『コジ・ファン・トゥッテ』は二幕構成で、オペラ・ブッファの典型的な軽快さを備えながらも、モーツァルトの成熟した音楽語法が随所に見られます。明快なアリアと表情豊かな二重唱、三重唱、四重唱、そして細やかなアンサンブルが巧みに組み合わされ、登場人物の内面と物語の進行が音楽的に描き分けられます。
伴奏法においては、弦楽器による明確なリズムと管楽器の色彩的用法が目立ちます。モーツァルトは人物を音色で描くことを好み、たとえばデスピーナの機知は軽やかな管楽器や短いフレーズにより表現され、フィオルディリージの内面的葛藤は広がりのある長句や拍子の揺らぎ、和声的な転回によって深められます。また、感情的な場面には単なるセッコ(通奏低音)ではなく、オーケストラによる伴奏付きレチタティーヴォ(recitativo accompagnato)を用いることで劇的効果を高めています。
代表的な曲目とその意味
この作品からは多数の名旋律が生まれましたが、特に有名なのはフィオルディリージの「Come scoglio」(私は岩のように)とテノールの「Un'aura amorosa」(優しい風のように)などです。「Come scoglio」は高音域と跳躍を多用する技巧的なアリアで、彼女の強い忠誠心とそれが試される様を象徴します。一方「Un'aura amorosa」は柔らかな伴奏と穏やかな旋律で、青年の愛の誠実さを歌い上げます。
終幕でのアンサンブルは、喜劇的和解と同時に複雑な感情の残響を残します。モーツァルトは単純なハッピーエンドに留まらず、三角関係や自己欺瞞の余韻を音楽的に曖昧に処理することで観客に考察の余地を与えます。
主題的・哲学的考察
台本の中心にある「人間の恋愛は変わりやすい」という主張は、啓蒙時代の道徳観や理性主義と結びついて読み解かれます。ドン・アルフォンソは人間心理を実験的にあばく立場であり、その方法論は倫理的に批判されることもあります。近現代の評論では、本作は単なる女性蔑視の作品と断じることもあれば、むしろ男女双方の脆さや社会的役割の虚構を暴く批判的な芸術として評価する見方もあります。演出の違いによっては、台本の性差別的側面を強調するか、登場人物の苦悩と成長に重心を置くかで全く異なる印象を生み出します。
上演史と受容の変遷
初演当時から賛否が分かれた本作は、19世紀には風刺の意味が理解されにくくなり上演が減少しました。しかし20世紀に入り、特に歴史考察や精神分析的解釈が進むにつれて再評価され、今日ではオペラ・レパートリーの重要作の一つと見なされています。20世紀後半以降は解釈の幅が広がり、古楽器による演奏から現代演出まで多彩な上演が行われています。
現代の演出とディスカッション
近年の舞台では、台本の問題点(性差別的表現や登場人物の扱い)を直視しつつ、その上で作品が持つ人間洞察の深さをどう表現するかが大きな課題となっています。例えばデスピーナを単なる愉快な小悪党としてではなく、社会的な立場から機転を利かせるサバイバーとして描く試みや、舞台を現代に移し性役割の固定観念を逆照射する演出も見られます。こうした試みは作品の新たな価値を引き出す一方で、原作の文脈をどの程度尊重するかという論争を呼びます。
演奏・録音の注目点
演奏上のポイントとしては、アンサンブルの緻密さ、テキストの明瞭な発音、そしてレチタティーヴォの扱いが挙げられます。モーツァルトの台詞的な音楽は言葉と音の結びつきが重要であり、歌手はアリアの技巧だけでなく台詞調の表現にも心を配る必要があります。また、フィオルディリージのアリアなどは非常に高い技巧を要求するため、配役における声質の選定が作品全体の説得力を左右します。
録音史においては、古典的な指揮者による演奏と歴史的演奏法(HIP)に基づく録音がともに存在し、どちらも本作の異なる側面を浮かび上がらせます。HIPはテンポ感やアーティキュレーション、オーケストラの柔らかさを通じてより軽快で透明な響きを提供し、伝統的な大型オーケストラの録音はより豊かな色彩とドラマ性を与えます。
まとめ:現代における『コジ・ファン・トゥッテ』の意義
『コジ・ファン・トゥッテ』は一見すると軽い恋愛喜劇の体をとりますが、モーツァルトの音楽とダ・ポンテの機知に富んだ台本によって、人間の弱さや欺瞞、愛情のあり方が多面的に描かれています。聴き手や観客は、音楽の美しさに魅了されると同時に、登場人物の行為が持つ倫理的含意に向き合わされます。したがって本作は、単なる娯楽作品ではなく、時代や演出によって常に再解釈されうる複層的な芸術作品であり続けます。
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参考文献
- Britannica: Così fan tutte
- Wikipedia: Così fan tutte
- IMSLP: Così fan tutte, K.588(楽譜)
- The Metropolitan Opera: Così fan tutte(解説)
- Oxford Music Online / Grove Music(Mozart関連項目、要購読)
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