モーツァルト「すみれ」(Das Veilchen)K.476 — 詩と音楽が織りなす小さなドラマの深層
作品概要
モーツァルトの歌曲「すみれ」(ドイツ語原題:Das Veilchen)K.476は、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの同名詩に作曲された独唱曲で、一般に1785年の作とされる。短い物語詩を、モーツァルトは凝縮された音楽表現で描き、簡潔ながら心理の機微と物語の転換を繊細に描写している。声楽とピアノ(当時はフォルテピアノ)による伴奏の組合せは、当時のアリアやドイツ・リートの伝統とモーツァルト独特のオペラ的感覚が融合した興味深い作品である。
詩の内容と主題
ゲーテの詩「すみれ」は、ごく短い寓話的な物語を語る。小さく控えめなすみれ(花)が美しい娘に恋をするが、娘は気づかない。すみれは娘のそばに留まり続けるが、最終的に踏みにじられて命を落とす。しかし、最後の瞬間にすみれは踏んだ娘の足に「愛の印(キス)」を感じ、踏まれたことすら幸福であったと静かに受け入れる。詩は自己犠牲、無償の愛、そして尊厳をもって受け入れる死というテーマを含む。モーツァルトはこの物語の悲喜を音楽で可視化する挑戦を引き受けた。
作曲の背景と位置づけ
K.476はモーツァルトが成熟期に差し掛かった頃の歌曲群の一つであり、劇的表現や心理描写に長けた彼の作風が小規模な形式に凝縮されている。ウィーンでの作曲活動の一環として、オペラや室内楽と並行して歌曲にも注意を払っていた時期にあたる。ゲーテの詩に魅かれた作曲家は多いが、モーツァルトはこの短詩を単純なイメージ描写に終わらせず、内的な感情の推移を音楽的に示すことに成功している。
形式と音楽的特徴
- 調性と形式:作品は主にト長調(G major)を基調としつつ、物語の暗転や感情の変化に応じて短い短調への転換や予期せぬ和声進行を挿入する。全体は短いが、単なる反復(ストローフォルム)ではなく、物語の進行に合わせた通奏(スルー・コンポーズ)の要素が強い。
- 旋律と語り口:歌唱は語りかけるような自然なフレージングと、叙情的でありながら時に劇的な飛躍を含む。モーツァルトは声部に単純な装飾を与えつつ、重要な語句に対してメロディーの輪郭を際立たせる。
- ピアノ伴奏:伴奏は表面上は控えめでありながら情景描写の役割を果たす。すみれの繊細さを示すための軽やかなアルペジオや、悲劇的瞬間における低音域の和音進行など、少ない素材で効果的な象徴を作り出す。あくまで歌を支えるが、ときに独立した語りを持ち、物語の解釈を補強する。
- 和声表現:短い曲の中でさまざまな和声的色彩が使われ、特に転機となる箇所では短調的な挿入や借用和音が感情の動揺を表す。終結部では一瞬の諦観と静けさを湛えた和音進行を用いることで、詩の象徴的な最期の瞬間を音で閉じる。
表現・解釈のポイント
演奏にあたっては以下の点が重要である。
- フレーズの語り(Sprechen-singen)を重視し、ゲーテの言葉の意味がまず伝わるように歌うこと。
- ピアノは装飾を控えめにしつつ、語る伴奏としてのレスポンスを的確に行う。古楽的アプローチ(フォルテピアノや軽いタッチ)と近代的ピアノのどちらを選ぶかで曲の色合いが大きく変わる。
- 動的対比—すみれの慎ましさ、恋心の微かな高揚、踏まれる瞬間の衝撃、そして死の静謐—を小さなテンポやダイナミクスの変化に込めること。
- 語尾や休止の扱い:モーツァルトはしばしば休止で余韻を作るため、言葉の終わりに十分な余白を残すことが効果的である。
楽曲の受容と演奏史
「すみれ」は短い作品であるが、歌曲レパートリーとして広く親しまれ、室内コンサートや録音で繰り返し取り上げられてきた。モーツァルトの歌曲の中では劇的表現が濃く、オペラ的な語り口が評価される一方で、ピアノ伴奏の繊細さから演奏者の解釈の幅も大きい。歴史的録音や近年の歴史的楽器を用いた演奏はいずれも異なる魅力を提示しており、曲の解釈の多様性がうかがえる。
楽譜とテクストの参照
演奏・研究にあたってはゲーテによる原詩のドイツ語テキストと、モーツァルトの楽譜(校訂版や原典版)を照合することが望ましい。モーツァルトは語句に応じて抑揚やリズムを緻密に配置しており、歌詞解釈と密接に結びついた表現がスコアから読み取れる。
まとめ — 小さな作品に宿る深い人間理解
「すみれ」K.476は短いながらも、モーツァルトが持つ物語性と心理描写の深さを凝縮した作品である。ゲーテの詩的素材を受けて、音楽は花の内面とその最期に至る過程を細やかに描写する。演奏者は語る力と併せて伴奏の色調を慎重に選び、短い時間の中にある感情の振幅をいかに聴衆に伝えるかが腕の見せどころとなる。
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参考文献
- Wikipedia: Das Veilchen
- IMSLP: Das Veilchen, K.476(楽譜)
- Wikisource: Goethe — Das Veilchen(ドイツ語原詩)
- Britannica: Wolfgang Amadeus Mozart(生涯と作品の概説)
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