モーツァルト「お前に別れを告げる、愛しい人よ、さようなら」K.621a(Anh.245)——帰属問題と音楽的検討

作品紹介と現状の位置づけ

「お前に別れを告げる、愛しい人よ、さようなら」K.621a(Anh.245)という表記は、モーツァルトに帰属されることがある短い声楽曲を指すことがあります。しかし、この番号付け(K.621a/Anh.245)自体が示すように、正規のケッヘル目録の本編ではなく付録(Anhang)に置かれている作品であり、学界では帰属が疑問視される、あるいは真作と断定できない「疑作・偽作」類の一つとして扱われることが多いのが現状です。

こうした出典不明または帰属が不確かな作品は、紙幅や筆跡、伝本の伝来経路(プロヴェナンス)、楽想の様式的特徴などを総合して評価されます。本稿では、この作品を巡る基本的な事実関係を整理しつつ、様式的・史料学的観点からの検討、演奏上の注意点、関連する研究・資料の探し方について深掘りします。

なぜ帰属が疑われるのか:史料学的観点

偽作や誤帰属の疑いが生じる主な理由は以下の通りです。

  • 原典の欠如:モーツァルト本人の自筆譜(autograph)が確認できない場合、その作品は信頼度が低くなります。写譜のみ、あるいは後世の出版譜のみが残る場合、真筆か否か判断が難しい。
  • 伝本の断片性と伝来経路の不明確さ:誰がいつどのように作品を所蔵し、どのように流通したかが明確でない場合、帰属の立証が困難になります。
  • 様式的一致性の問題:和声進行、旋律の処理、伴奏の書法などがモーツァルトの既知の作品群と顕著に異なる場合、別人の作である可能性が高まります。ただし、作曲家の作風は時期やジャンルで変化するため、単純に「違う=偽作」とはならない点に注意が必要です。
  • 目録学上の区分:ケッヘル目録(Köchel-Verzeichnis)は発見された新資料や研究成果に応じて版を改訂してきました。Anhang(付録)に置かれる番号は疑作・断片・偽作などを示すため、Anhang指定そのものが疑義を意味します。

様式的分析のアプローチ

ある作品の帰属を検討する際、音楽学者は以下のような音楽的特徴に着目します。

  • 旋律線:モーツァルト特有の歌いまわし(短い動機の反復と変形、均衡のとれたフレーズ構成)が見られるか。
  • 和声と進行:モーツァルトの時期別和声語法(古典派的機能和声の扱い、期待外の短調転調や半音的接近の使い方)と照合する。
  • 伴奏の書法:ピアノや通奏低音的な伴奏がモーツァルトの歌曲やアリアで典型的に用いられるパターン(アルベルティ・バスや分散和音的書法など)に合致するか。
  • テキストとの関係性:ドイツ語リートやイタリア語の小作品におけるテキスト設定の扱い(語尾の伸ばし方、センテンス区切りでの和音処理など)を検討する。

これらの観点から見て、「K.621a(Anh.245)」に伝わる楽譜がモーツァルトの既知の歌曲(例:K.476 “Das Veilchen”、K.523 “Abendempfindung an Laura” など)の文法と整合するかどうかが判断材料となります。ただし、未知の断片や学生作品的性格の短作品であれば、差異があっても必ずしも偽作とは言えません。

史料調査で注目すべき点

帰属検証には書誌学的・系譜学的な調査が不可欠です。具体的には次のポイントを確認します。

  • 自筆譜の有無と筆跡比較:モーツァルト自筆の既知譜と手癖や符頭の書き方を比較する。
  • 用紙・透かし(ウォーターマーク)の調査:紙の種類や製造地がモーツァルトの時代・居住地と一致するか。
  • 初出の出版物や写本の作成時期:写譜者の名前や初版出版社が分かれば、いつ誰の手で流布したかがつかめる。
  • 伝来経路(プロヴェナンス):所蔵者の系譜をたどり、モーツァルトあるいはその関係者に由来する可能性を探る。

演奏上の留意点と解釈

仮にこの作品を演奏する場合、帰属の不確かさを踏まえつつ、以下の点に注意すると良いでしょう。

  • 時代的な器楽伴奏の取り扱い:ピアノ近代楽器で演奏する場合でも、装飾やフレージングは古典派的な均衡と透明性を重視する。原典にチェンバロやフォルテピアノが想定される可能性があれば、テンポやタッチに軽やかさを持たせる。
  • 歌唱のテクスチャ:モーツァルトの歌曲に見られるテキストの明瞭な発語と、旋律の自然な呼吸感を尊重する。過度なロマンティック・ルバートや過剰なポルタメントは避けるのが無難です。
  • 装飾とカデンツァ:歌唱フレーズの終端に簡潔な装飾を加えるのは許容されますが、装飾の語法は18世紀の様式に準じた控えめなものが作品の性格を損ないません。
  • 楽器編成の検討:もし編曲や器楽化された伝本が存在する場合、原疑義に配慮して小編成や室内楽的な色合いを選ぶと作品の趣を生かせます。

比較できるモーツァルト作品と参照点

帰属検討のために比較しやすいモーツァルトの声楽作品として、次のような作品が挙げられます(いずれも真作として確立している代表例)。

  • 「Das Veilchen」K.476(独語歌曲)— 短い物語性と明瞭な伴奏形が特徴。
  • 「Abendempfindung an Laura」K.523(独語歌曲)— 感情表現の扱いと和声の深まりが見られる。
  • イタリア語の小アリアやカンツォネッタ群 — 軽快な旋律、折り畳み式のフレーズが典型的。

これらの作品群と比較することで、K.621a の旋律的語法や和声処理がモーツァルトの語法と整合するかを判断できます。

学界の実務:どこを参照すべきか

帰属問題を調べる際にまず当たるべき主要な情報源は次の通りです。

  • ケッヘル目録(Köchel-Verzeichnis)の版次およびAnhangの注記:作品区分と既往の研究を把握する。
  • Neue Mozart-Ausgabe(NMA)/Digital Mozart Edition:現代の批判校訂や注記は帰属問題に関する情報を含みます。
  • 主要音楽文献データベース(RISM、IMSLP)および図書館目録:写本や初刊譜の所在を探す。
  • 総説的な音楽学辞典(Grove Music Online など)やモーツァルト研究書:既存の研究成果や学説を確認する。

研究上の限界と今後の課題

K.621a(Anh.245)のような疑作分類の楽曲は、次のような理由で結論が揺らぎやすい点に留意が必要です。

  • 新資料の発見により評価が一変する可能性:自筆譜や確定的な伝来情報が出れば帰属は覆ることがある。
  • 様式比較は一定の主観性を含む:和声や旋律の「似通い方」は学者によって評価が分かれることがある。
  • 編集の影響:後世の写譜者や編者による改変が作品の本来の姿を覆い隠す場合がある。

したがって、演奏や録音でこの作品を扱う際は「モーツァルト名義の疑わしい作品」という前提を明示し、聴衆に史料的背景を伝えることが望ましいでしょう。

まとめ:この作品をどう受け止めるか

K.621a(Anh.245)として伝わる「お前に別れを告げる、愛しい人よ、さようなら」は、現在のところモーツァルト真作と断定できるほどの史料的裏付けを欠いています。一方で、作品自体が持つ音楽的魅力や時代風の様式性は評価に値します。音楽学的には史料調査と様式分析を丁寧に積み重ねることが求められ、演奏家はその不確かさを明示したうえで、古典派に即した演奏観で作品の魅力を伝えることが望まれます。

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参考文献