モーツァルト(偽作)4声のカノン K.562a — M.ハイドン真作説の検証
序論:カノンというジャンルと誤認の問題
カノンは対位法の形式の一つで、同一または類似の旋律が時差を持って追従して現れることで構成されます。18世紀の音楽家たちは作曲練習や室内の余興として頻繁にカノンを作曲・交換し、また歌詞を付けてユーモラスに楽しむことも多く、そうした小品の伝来過程で作者帰属に混乱が生じることがしばしばありました。モーツァルトもカノンを数多く残していますが、その中には真作と断じがたいものや、後年の研究で別人の作と判明した作品が含まれます。今回取り上げる「4声のカノン K.562a」も、かつてモーツァルト作品目録に掲載されたものの、現在では偽作(spurious)として扱われることが多く、Michael(M.)ハイドンの作品ではないかとする説が有力です。
作品番号 K.562a の位置づけと来歴
ケッヘル番号(K.)の付与はモーツァルトの作品を年代順に整理するためのもので、後代の版や補訂で付与・変更されることがありました。末尾に小文字の付く番号(例:562a)は、後の研究で補遺的に番号追加された作品や真偽不明の作品を表すことが多いです。K.562a はそのような補遺的番号で、初期の作品総目録や写譜の伝来過程でモーツァルトの名が付されたものの、自筆譜(autograph)が存在せず、出所の異なる写譜が混在しているため帰属が疑われる典型例です。
誰が真作者か:M.ハイドン説の根拠
K.562a がMichaelハイドンの作と考えられる理由は、いくつかの系統的な証拠に基づきます。主な根拠は次の通りです。
- 写譜・版の伝来史:現存する写譜や初期の版のうち、モーツァルトの自筆と確認できる資料が見つかっていない一方で、M.ハイドンの写譜群や彼の作と体系的に結びつく写本集合に含まれている例があること。
- 様式的特徴の比較:対位法の扱い、和声進行、声部間の均衡などがMichaelハイドンの既知作品群と類似しており、若きモーツァルトが示す洗練された旋律処理や「ウィットに富む」短い効果の使い方とは異なる点が指摘されていること。
- 史料批判と近代の校訂:新モーツァルト全集(Neue Mozart-Ausgabe)や近年の研究で、該当作品を真正のモーツァルト作品として扱わない編集方針を採る場合があること。こうした編集的判定は、原典資料の所在や信頼性を踏まえた慎重なもので、偽作と判定される傾向を補強します。
これらの要素が組み合わさり、学界ではK.562a のモーツァルト真作説に対して懐疑的な見方が広がりました。ただし、音楽史の帰属問題は常に新資料の発見や再検討で変化しうるため、「決定的な証拠」が得られない限り完全な合意が成立するとは限りません。
様式的な聴きどころ:K.562a の音楽的特徴
ここでは一般的に報告されている様式的特徴を基に、K.562a を聴く際のポイントを挙げます(個々の版・写譜によって差異があり得ることに注意してください)。
- 声部の待遇:4声で均等に動く場面と、主要旋律と随伴声が明確になる場面が交互に現れる。M.ハイドンの教会的・実用的な合唱経験が反映された堅実な書法が見られることが多い。
- 対位法の処理:模倣の開始間隔や転回など、古典派以前のカノン伝統を踏襲する古典的な手法が目立つ。モーツァルトの一部のカノンに見られる遊戯性(ユーモラスなテクストや巧みな転調処理)は控えめ。
- 和声進行と終止感:安定した古典的和声感が前面に出ており、独立した声部同士の調和を重視する傾向がある。技巧的な和声の破格や意表の進行は相対的に少ない。
こうした聴きどころを意識すると、Mozart的な“魔法”や一瞬の機知よりも、堅実な職人技としての対位法や合唱的な自然さが感じられる場合、M.ハイドン帰属を支持する判断材料になります。
史料と編集:どの版を参照すべきか
帰属が不確かな作品を扱う際は、可能な限り原典に近い出版物や写譜の校訂を参照することが重要です。新モーツァルト全集(Neue Mozart-Ausgabe)は作品の来歴に関する批判的報告(Kritischer Bericht)を付すため、K.562a のような問題作についての注記が有益です。他には各種の音楽図書館の写譜コレクションやIMSLPの公開資料を併用して、複数写本の相違を確認するとよいでしょう。
演奏上の注意点とアンサンブルの提案
4声カノンは室内楽的に声楽・器楽のいずれでも扱えます。演奏の際は以下を心がけてください。
- 均質な発声・音色:各声部の音色差を極端に付けず、対位の絡みを明瞭に保つ。
- テンポとアゴーギク:カノンの模倣感を損なわない遅すぎず速すぎないテンポを選ぶ。声部のエントリのタイミングを厳密に合わせること。
- テクストの有無:歌詞が付される場合は、言葉の意味と音楽的効果を照らし合わせ、ユーモアや風刺があるなら表現に反映する。ただし、K.562a は器楽的な写譜で伝来することも多く、歌詞が定まらないケースもある。
音楽史的意義:偽作問題が教えること
K.562a のような作品を巡る帰属問題は、次の点で音楽史の理解に貢献します。第一に、18世紀の作曲・伝抄習慣の複雑さ──作品が写譜や口伝で広がり、しばしば作者名が付け替えられた歴史──を改めて認識させます。第二に、個々の作曲家の「作風」を厳密に定義することの困難さを示します。特にMozartのように後世で神話化された作曲家の場合、真偽不明の作品を巡る議論はイメージの精緻化につながります。最後に、こうした問題は編集者や演奏家に原典批判の重要性を教え、資料に基づく演奏実践の発展を促します。
聴き手へのガイド:楽しみ方と比較対象
K.562a を初めて聴くリスナーには、次のような聴き方を勧めます。まずは声部の模倣関係に注意して旋律がどのように展開するかを追うこと。次に、Mozartの確実なカノン(例:有名なユーモラスな歌詞付きカノン群)やMichaelハイドンの確実作と比較して、様式的類似点・相違点を自分なりに感じ取ってみてください。比較を通じて、作曲家固有の「手癖」や対位法の好みが見えてきます。
結論:現時点での評価と今後の展望
K.562a は、史料と様式分析の両面から見てモーツァルトの自筆作ではない可能性が高く、Michaelハイドン帰属を支持する学説が有力です。ただし、最終的な決着には新資料の発見や既存写本の再検討が必要であり、将来的に見解が変わる余地は残ります。研究者・演奏者・聴衆がそれぞれの立場で原典に立ち返り、比較聴取を行うことが、作品理解を深める最も確実な道です。
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参考文献
- Wolfgang Amadeus Mozart — Britannica
- Michael Haydn — Britannica
- Neue Mozart-Ausgabe (Digital Mozart Edition)
- IMSLP — Michael Haydn カテゴリ
- List of works by Wolfgang Amadeus Mozart — Wikipedia(Spurious and doubtful works セクション参照)
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