モーツァルトの偽作「来たれ、わが愛しの人生」を読み解く — 伝承・鑑定・演奏への影響

はじめに — 一つの小品に宿る「真偽」の物語

“来たれ、わが愛しの人生”(原題例:Komm, mein Leben など)は、長年にわたりモーツァルトの作品として流通してきた短い歌(あるいは小品)です。近代に入ってからこの曲に対して「偽作」であるという見解が広まり、現在では多くの研究者が真正性に疑問を呈しています。本コラムでは、この一曲を入口にして、どのようにして偽作と判定されるのか、何をもって“モーツァルトらしさ”を議論するのか、そしてそれが演奏・受容に与える影響までを、できるだけ丁寧に掘り下げます。

作品の来歴(伝承史)

この種の小品は18世紀後半から19世紀にかけての楽譜集や歌曲集、あるいは愛好家の手写譜として散見されることが多く、出版あるいは出所が不確かなまま流通する例が少なくありません。19世紀の編集者や出版社が人気作曲家の名を冠して出版することにより、タイトルや作者名が誤って定着してしまったケースも多数あります。モーツァルトに関しても、全集編纂の過程で真正・偽作の区別が整理される以前に多くの「作品」が流布しました。

譜面と筆跡の問題 — 物理的証拠の検討

楽曲の真正性を論じる際、まず検討されるのは物理的な証拠です。自筆譜(autograph)が残っていれば筆跡、インク、用紙の種類や透かし(ウォーターマーク)などを比較検討できます。モーツァルトの場合、残されている自筆譜簿冊の充実度は相対的に高いので、筆跡比較は強力な根拠になります。一方で、原典が現存せず後世の写譜のみが伝わる場合は、写譜の年代や写譜者の筆跡、写譜の出所が重要になります。

「来たれ、わが愛しの人生」に関しても、初期の写譜が何者かによって書かれた19世紀の写譜であること、あるいは初版の校訂が後世の編集者による付加を含む可能性が指摘されてきました。真正のモーツァルト自筆譜と一致しない要素(音符の記し方、装飾の記譜法など)が、偽作判定の根拠となることが多いのです。

音楽的特徴からの検証 — 構造・和声・旋律的特徴

楽曲の内部証拠としては、旋律線の語法、和声進行、リズムの扱い、伴奏形態、語り口(語尾の落とし方、反復の処理)などが比較されます。モーツァルトの歌曲や小品には時代的な特徴(典雅で明解な伴奏、自然な語尾処理、独特の半終止や代理和音の使用など)があり、これらと照合することで本来の作曲家像と照らし合わせます。

「来たれ、わが愛しの人生」に見られるいくつかの和声的処理や旋律的な進行が、モーツァルトの一般的な様式から逸脱している点が指摘されてきました。たとえば、唐突に現れる近代的な和音づかいや、歌詞付け(テキスト・ワード・レイアウト)に対する不自然な音節配分などは、後世の改作や別人の創作である可能性を示唆します。

伝統的な鑑定手法と現代技術

伝統的な鑑定は、先述の筆跡比較や楽譜史の研究、スタイル分析が中心でしたが、近年は科学的手法も導入されています。紙の透かし分析、インクの化学分析、放射性炭素年代測定(場合による)、高解像度の画像解析による筆圧や筆致の研究などが可能になっています。これらは単独で決定的ではなく、音楽学的評価と併せて総合的に判断されます。

たとえば、写譜用紙の透かしが19世紀のものであれば、18世紀末に書かれたはずの自筆譜である可能性は低くなります。こうした物理的根拠とスタイル分析が一致したとき、学界は「偽作」か「疑わしい」と判断する方向に傾きます。

なぜ偽作が生まれるのか — 社会的・経済的背景

偽作や誤認による帰属は、単純に「悪意のあるねつ造」だけで説明できるわけではありません。19世紀はモーツァルトの人気が高まり、より多くのレパートリーを欲する演奏家や出版社にとって、著名作曲家の名は魅力的な商標でした。加えて、音楽テキストの編集方法が不統一であったため、断片的な伝承や匿名の写譜が勝手にモーツァルト作品に割り当てられることがありました。

また、作曲家自身の名声が後世の編者の解釈や改変を招き、元の素材に手が加えられて「モーツァルト作品」として知られてしまう例もあります。こうした経緯は作曲史研究において注意深く検証されるべき事情です。

演奏・楽曲受容への影響

作品が偽作と判定されると、演奏会のプログラムや録音の扱いが変わります。しかし「偽作」であることが必ずしも楽曲自体の芸術的価値を否定するわけではありません。多くの演奏家は、作者名にかかわらず魅力的な音楽作品を演奏する価値を認めています。逆に、偽作の烙印があることによりその曲が注目され、研究や新解釈が生まれることもあります。

リスナーにとって重要なのは、プログラムノートやディスク解説で正確な出典情報と議論を提示することです。曲の来歴を知った上で聴くことで、作曲上の特徴や演奏上の選択がより深く理解できます。

ケーススタディ:『来たれ、わが愛しの人生』から学ぶこと

本曲をめぐる議論は、鑑定の多層性を示す好例です。物理的証拠・写譜の来歴・スタイル分析・文献の伝承—allがそろって初めて確度の高い判断が得られます。個別の事案においては、完全な決着がつかないことも多く、研究者間の見解の差が残ることもあります。しかし、その過程で楽曲自身の音楽的特徴を深く検証することは、アーティストや聴衆双方にとって得るものが大きいと言えます。

まとめ — 真偽の判定は終わりではなく出発点

「来たれ、わが愛しの人生」をめぐる議論は、音楽鑑定の実務と音楽学の方法論の両方を浮き彫りにします。偽作判定は単なるラベル貼りではなく、史料学、科学的分析、音楽理論、演奏実践が交差する複合的な作業です。その結果として得られる知見は、モーツァルト研究だけでなく、広く古典派音楽理解の深化に寄与します。聴き手としては、作者名の正確さを知ることは重要ですが、同時に曲そのものが伝える音楽的体験に耳を澄ますことも忘れてはなりません。

エバープレイの中古レコード通販ショップ

エバープレイでは中古レコードのオンライン販売を行っております。
是非一度ご覧ください。

エバープレイオンラインショップのバナー

また、レコードの宅配買取も行っております。
ダンボールにレコードを詰めて宅配業者を待つだけで簡単にレコードが売れちゃいます。
是非ご利用ください。
https://everplay.jp/delivery

参考文献