バッハ BWV12「Weinen, Klagen, Sorgen, Zagen」解説:泣き・嘆き・憂い・慄きの音楽と神学

序論:タイトルが示すもの

ヨハン・ゼバスティアン・バッハのカンタータ BWV12「Weinen, Klagen, Sorgen, Zagen」(日本語訳例:泣き、嘆き、憂い、慄き)は、その冒頭の四語が示す通り、悲嘆と苦悩の情緒を正面から扱った教会カンタータです。標題は当時のドイツ語の感情表現をそのまま示し、音楽的にも神学的にも「嘆きと慰め」の対比を深く描きます。本稿では、作曲の背景、テキストと神学、音楽的特徴、演奏・解釈上のポイント、受容・研究史について詳しく掘り下げます。

作曲の背景と成立

BWV12はバッハのヴァイマル時代(おおむね1708–1717)の作品群に属すると考えられており、1710年代前半に成立したとされます。典礼上はイースター後の主日(Jubilate)にあてられた作品で、喜びをうたう季節の中でなぜ嘆きの主題を扱うのかという対比が、このカンタータの中心的な魅力です。テキストは当時ヴァイマルでバッハとしばしば協働した詩人サロモ・フランク(Salomo Franck)によるものと考えられていますが、確証のある署名が残っているわけではないため、学界ではしばしば『フランク作と推定される』という表現が用いられます。

典礼的・神学的文脈

Jubilate(「喜べ」の意)の日は復活節後であり、典礼上は喜びや感謝が強調されます。その一方でルター派の教会暦では人間の苦しみやこの世の虚無が同時に問題にされます。BWV12は、聴衆が抱える現実の苦悩を直視した上で、最後に神の慰めへと導くという二段構えの神学を提示します。冒頭の「Weinen, Klagen, Sorgen, Zagen」という語句は、旧来のリトルギシン(lament)文学や賛歌伝統を想起させ、個人的な嘆きが共同体の信仰的対話に位置づけられる様子を示します。

テキストの構造と文学性

テキストは感情の列挙から始まり、個人的告白と神への訴えへと展開します。典型的には嘆きの描写、苦悩の告白、そして神からの慰めと信仰告白という流れをたどり、終曲では賛歌的な四声コラールで結ばれて共同体的な応答を示します。バッハはテキストの細部に応じて音楽的描写を施し、文字と音楽の密接な結びつきを作り上げています。

音楽的特徴(総論)

BWV12の音楽は、悲嘆の情緒を色濃く反映する和声進行、下行するモチーフ、半音階的な動き(クロマティシズム)、そして緊張を保ったアンサンブルによって特徴付けられます。バッハはリトルギシン(lament)の伝統的素材──下降する旋律線や長三度から短三度への転調、不安定な和声の持続──を取り入れつつ、バロック的対位法や合唱技法でそれらを濃密に編成します。

楽章ごとの注目点(音楽分析)

  • 序曲あるいは合唱(冒頭)

    冒頭合唱はカンタータ全体の感情的基調を設定します。合唱とオーケストラが密接に絡み合い、悲嘆を象徴する下降線や呼吸のようなフレーズで実存的な嘆きを表現します。声部の対位や合唱の群全体での重層的な書法が、苦悩の厚みを音で示します。

  • アリアとレチタティーヴォ

    中間部の独唱曲では、個人の内面告白がより細やかに描写されます。アリアでは器楽が感情を反復・拡張し、レチタティーヴォは語りの役割を担って次の感情展開へと橋渡しをします。装飾やヴィブラートの少ない奏法(ピリオド・インスツルメンテーション)で演奏される場合、テキストの語意がより明晰に浮かび上がります。

  • 終曲のコラール

    終曲は四声のコラールで、カンタータの個人的・情緒的な旅を共同体の信仰告白として完結させます。ここでは和声的な安定が回復され、聞き手に慰めと確信を与えるように作られています。

表現技法:嘆きの音楽語法

バッハは“泣き”を音楽的に表現する際、いくつかの定型的手法を多用します。半音階的下降、不協和音の解決遅延、反復する短いユニット、短調と長調の転換といった要素です。これらは単に悲しみを“描く”だけでなく、聴き手の心理を音楽的に誘導し、最終的な慰めの訪れを際立たせる役割を果たします。

演奏と解釈のポイント

現代の演奏ではピリオド楽器(古楽器)による実演と、近代楽器による歴史的解釈の双方で人気のある作品です。演奏に際しては以下の点が重要です。

  • テンポ設定:嘆きの重みを出すために遅めのテンポを取る場合が多いが、過度に遅すぎると表情が平坦化するため注意が必要。
  • 弱起とフレージング:フレーズの入りや語尾での呼吸を効果的に使い、言葉の意味を際立たせる。
  • アーティキュレーションと装飾:バロック様式に沿った控えめな装飾がテキストの明瞭性を損なわずに情感を強化する。
  • 合唱の扱い:冒頭合唱は集団の嘆きを表すため、アンサンブルの均衡とディナミクスのコントロールが重要。

ディスコグラフィと注目録音

BWV12は多くの演奏家によって録音されています。例えば、ヘルムート・リリング、トン・コープマン、ジョン・エリオット・ガーディナー、鈴木雅明(Bach Collegium Japan)らの録音が代表的で、それぞれに解釈の特色があります。古楽器アプローチは透明性とリズム感を強調し、近代楽器による録音は豊かな音色とドラマ性を前面に押し出します。複数の録音を聴き比べることで、作品の多層性が一層見えてきます。

受容史と研究の視点

BWV12はバッハ研究において、ヴァイマル期の宗教的・音楽的探究を理解するうえで重要な位置を占めます。テキストと音楽の関係性、カンタータの典礼上の機能、バッハの宗教観と音楽語法の接点といった問題が研究対象となってきました。研究書ではアルフレート・デュール(Alfred Dürr)らの総説的扱いが基本文献とされています。

まとめ:嘆きから慰めへ

BWV12は、単なる悲嘆表現にとどまらず、それを通じて信仰の確信へと至るドラマを持つ作品です。バッハは音楽的手法を駆使して、個人的な苦悩と共同体的な慰めという二重の次元を同時に描きます。聴く者はこのカンタータを通じて、時代を超えた「嘆きの声」と「慰めの応答」を体験することができるでしょう。

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参考文献