バッハ『BWV 42: されど同じ安息日の夕べに』――復活後の平安をめぐる香り高い音楽詩学
導入:一篇の聖書語りとしてのカンタータ
ヨハネ福音書20章19節以下の物語──復活したイエスが扉の閉ざされた弟子たちのもとに現れ、「平安があるように」と語り、息を吹きかけて聖霊を与える場面──は、ルター派の復活後の礼拝において特別な意味を持ちます。バッハのカンタータBWV 42「Am Abend aber desselbigen Sabbats」(邦題例:されど同じ安息日の夕べに)は、この福音書の一節を起点に、復活の出来事がもたらす内的平安と共同体の回復を音楽的に描き出そうとする作品です。本稿では、テキストの神学的背景、バッハが採る音楽語法、演奏上のポイント、そして聴きどころを深掘りしていきます。
テキストと神学的背景
テキストは福音書の物語性をそのまま受け取りつつ、詩的な応答(アリアやレチタティーヴォ)と最終的なコラール(賛歌)で信仰的意味を強調する典型的なバッハ時代の構成をとります。鍵となるモチーフは「平安(Friede)」と「閉ざされた扉/恐れからの解放」です。ルター派神学において、復活は単なる歴史的事実ではなく、個人の信仰の回復、罪の赦し、そして聖霊による生活の更新を象徴します。BWV 42は、イエスの声がもたらす『内的な和解と共同体の再結束』というメッセージを、音楽的な抒情と構築で織り上げます。
楽曲構成と形式上の特色
バッハの教会カンタータに共通する流れ──福音書の語り(しばしばレチタティーヴォで開始)、その語りに応答するアリア群、そして最終コラールでの総括──がBWV 42にも見られます。作品全体は物語的時間(福音の場面描写)と詩的・神学的反応(アリアや合唱)との対話で成り立ち、バッハは語りの「瞬間」を音楽的に固定化しつつ、聴き手に内的反応を促します。
音楽的な語法:和声・対位法・語感の扱い
BWV 42において注目すべきは、バッハが言葉の意味に応じて音楽的手段を選択する点です。例えば「平安」と歌われる語句にはしばしば安定した和声進行や長三和音が与えられ、緊張からの解放を象徴します。一方、「扉の閉ざされた」ような恐れや隔たりを示す語句には、短調や半音進行、断続的なリズムが用いられ、心理的距離感を表現します。
対位法的処理は場面の客観性を保つために用いられることが多く、複数の声部が福音の断片を交差させることで、聴衆は出来事の多層的側面を同時に知覚します。バッハはまた、レチタティーヴォとアリアで語りの速度や装飾を変えることで、聴衆の注意を言葉の核となる部分に向けさせます。
声部配列と伴奏の機能(演奏観点からの示唆)
BWV 42は、ソロ声部と合唱、器楽部が相互に補完し合うことで成り立ちます。器楽は単なる伴奏ではなく、テキストの意味を色付けする「語り部」として機能します。例えば通奏低音は継続的な時間感覚と根底の安定を提供し、上声の旋律線やオブリガート楽器(ヴァイオリン、オーボエ等)が言葉の情感を増幅します。演奏上は、テクスチャの透明性を保ちながら言葉を明確にすることが最重要です。
語りの演出──レチタティーヴォとアリアにおける表情管理
レチタティーヴォは物語を直接伝えるパートなので、語りの明瞭さと自然な語り口が求められます。通奏低音と声の間の呼吸や句読点的な区切りを意識することで、福音書の一節が持つ劇的効果を活かすことができます。一方、アリアは内面的反応を描く場です。ここではルバートや装飾音、ダイナミックの微細なコントロールを用いて、信仰者の喜びや不安、そして平安の獲得という心理的曲線を描出することが望まれます。
演奏史と現代演奏への示唆
20世紀後半以降の歴史的演奏法(HIP)運動は、バッハのカンタータに新たな光を当てました。小編成と原典に基づくテンポ、装飾の復元、声楽の発声法(より直截的で明瞭な発音)などは、BWV 42の語りの鮮烈さとテクスチャの透明性を明確にします。ただし、作品の宗教性と礼拝の場での使用を考慮すると、演奏と解釈は単なる学術的再現にとどまらず、聴衆の信仰的/情緒的な受容を促す配慮が必要です。
聴きどころ(ポイントガイド)
- 冒頭の語り(福音書の節)の表情:物語性と即時性をどう表現するか。
- 「平安」の語句に対する和声的処理:和声の安定がどのように感情を導くか。
- 器楽の色彩:オブリガートや弦楽の細かな音色変化が語る情感。
- 終結のコラール(もし含まれるなら):共同体としての信仰の確認としての機能。
- テキストと音楽の対応(ワードペインティング)の有無とその巧妙さ。
おすすめの聴き方
礼拝文脈を意識して聴くと、BWV 42のメッセージはより重みを持ちます。まずテキスト(日本語訳でも原文でも)を読み、福音書の場面を頭に描いてから演奏を聴くと、バッハの音楽語法が如何にして神学的意味を増幅しているかが実感できます。録音を複数比較して、テンポ感や声の質、器楽の色彩が全体の印象に与える影響を聴き分けるのも有益です。
まとめ:BWV 42の持つ普遍性
BWV 42は具体的な聖書の場面を素材としながら、個人と共同体の関係、恐れからの解放、そして聖霊による新しい命といった普遍的なテーマを扱います。バッハは言葉と音を緻密に編み合わせ、聴く者の心に“平安”という体験を引き起こすことを目指しました。礼拝的でありながら演奏会作品としても深く響くこのカンタータは、今日においても多くの示唆を与えてくれます。
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参考文献
- Bach Cantatas Website ― BWV 42
- IMSLP ― スコア(原典資料)
- Bach Digital ― バッハ作品データベース(総覧)
- Alfred Dürr, The Cantatas of J. S. Bach(オックスフォード大学出版)
- Christoph Wolff, Johann Sebastian Bach: The Learned Musician(ハーバード大学出版)
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