バッハ BWV44「かれらは汝を追放せん」──聖書テクストと音楽表現の深淵を読む

導入 — BWV44とは何か

ヨハン・セバスティアン・バッハの教会カンタータ群の中に位置づけられるBWV44は、しばしば「かれらは汝を追放せん」(原語では「Sie werden euch aus den Synagogen stoßen」に該当する句を含む)という強烈な言葉を扱う作品です。本稿では、このカンタータが聖書テクストとどのように響き合い、音楽的にどのように表現されているか、演奏史や演奏実践の観点も交えて詳しく掘り下げます。なお、BWV44はバッハのライプツィヒ時代の礼拝音楽の一つとして位置づけられます。

歴史的・典礼的背景

BWV44は教会カンタータとして、当時の礼拝の聖書箇所(福音書の言葉)に基づいて作られています。題名に表れる「追放」「シナゴーグからの排斥」といったモチーフは、ヨハネ福音書のイエスの言葉や初代教会が被った迫害の想起と深く結びついており、聴衆にとっては当時の共同体の苦難と信仰の試練を想起させるものです。

テクストの出典と神学的意味

中心となるテクストはヨハネ福音書に由来する句であり、イエスが弟子たちに対して予告した迫害のイメージを引用しています。カンタータの詩はそれをもとに拡大・註釈され、個人の苦悩と共同体の試練、そしてキリストによる慰めや救済の希望という対比が作られます。バッハ時代の聴衆はこの種のテクストを通して、福音の現実的な側面(迫害・排斥)と信仰の約束(慰め・永遠の命)を同時に受け止めるよう促されました。

楽曲構成と音楽的特徴

BWV44は典型的なバロック時代の教会カンタータの形式を踏襲し、合唱、独唱アリア、レシタティーヴォ、最後にコラール(讃美歌)で締めくくられる構成が多く見られます。以下に主要な音楽的特徴を整理します。

  • 序曲的な合唱:冒頭合唱はテクストの宣告性を強調し、しばしば力強いホモフォニー(全声部の同時発語)や対位法的な扱いを通じて〈迫害の確実さ〉を音楽的に示します。
  • テキスト・ペインティング:バッハは語句ごとに音楽を描く技巧(テキスト・ペインティング)を巧みに使います。たとえば「追い出す」「叫び」「苦悩」といった語に対しては、短い休符や不協和音、下降進行などで情景を描写することが多いです。
  • 和声とモードの選択:迫害を語る部分ではしばしば短調や半音階的進行が用いられ、聴き手の不安感を喚起します。一方で慰めやキリストの約束を述べる箇所では、長調や安定した和音進行、長いかけ声的な旋律が用いられ対比が作られます。
  • 声部と楽器の象徴性:声の配置(ソロ/合唱)や楽器(弦楽器のアルコやオーボエの暖かさ、通奏低音の重心)はテクストの意味を補強する役割を果たします。バッハはしばしば低声や低音域を以て迫害の暗さを示し、高声や弦の流麗さで希望を描くことがあります。

典型的な楽章ごとの分析(概説)

以下は一般的な構成ごとの注目点です。BWV44固有の楽章順は録音・版により表記が異なることがありますが、バッハ作品に共通する様式をもとに解説します。

  • 冒頭合唱(コラールまたはフル合唱)— 迫害の断定的宣言を大きな音響で示す。フーガあるいはフーガ的要素をもつ合唱で、共同体の〈声〉としての力強さを表現する。
  • レシタティーヴォとアリアの連続 — 個人的な苦悩や信仰告白が展開される。アリアでは器楽的ソロの装飾がテキストの感情を拡張し、しばしば通奏低音と独奏楽器の対話が聴かれる。
  • 終曲コラール — 教会的共同唱で結ばれ、個人の経験を教会共同体の信仰告白へと統合する。ここで示される和声進行は希望と確信を表すことが多い。

演奏史と注目すべき録音

BWV44はバッハのカンタータ群の中ではしばしば演奏されるレパートリーの一つで、20世紀後半以降の古楽復興運動で再評価されました。主要な演奏家・指揮者による全曲録音プロジェクト(例:John Eliot Gardiner、Masaaki Suzuki など)はBWV44を含む多数のカンタータを歴史的演奏慣習に基づいて提示し、テクスチュアやアーティキュレーションの新たな解釈を提示しました。

解釈上の論点と演奏実践

演奏にあたっての主な論点は次の通りです。

  • 音色と楽器編成:原典に基づくピリオド楽器編成(古楽器)か、現代楽器編成かで音色感は大きく変わります。古楽のアプローチは透過性と明晰さを与え、声の一体感を強調します。
  • アーティキュレーションとテンポ設定:テクストの語尾や句読点をいかに呼吸あるいは休符で表現するかが、説得力ある語りの鍵となります。迫害を描く場面では緊迫したテンポ、慰めを示す場面では穏やかなテンポを対比させるのが一般的です。
  • コラールの語義的扱い:終曲コラールは共同体の応答です。旋律を単に美しく歌うだけでなく、その神学的意味を聴衆に伝えることが求められます。

スコアと版についての注意

バッハのカンタータは自筆譜と写譜が混在するため、版によって表記が異なることがあります。演奏にあたっては信頼できる楽譜版(批判校訂版)を基に、アーティキュレーションや装飾の解釈を慎重に行うことが望ましいでしょう。

現代の受容と可能な読み替え

現代の聴き手にとって「追放」や「迫害」のイメージは歴史的文脈だけでなく、移民問題や宗教的排斥、社会的排他といった現代的課題とも共振します。演奏家や演出家は、このカンタータが持つ普遍的な人間経験をどのように現代に接続するかを問い直すことができます。例えば、視覚メディアや朗読を併用したコンサート形式は、テクストの語る社会的リアリティをより直截に伝える手段となり得ます。

まとめと聴きどころ

BWV44は、宗教的警告や迫害の予告と、それに対する信仰の応答が鋭く対置される作品です。聴く際のポイントは、バッハのテクストへの忠実さ(テクスト・ペインティング)、和声的・モチーフ的な対比、そして終曲コラールに至るまでの神学的連続性です。歴史的演奏慣習を踏まえつつ、現代の演奏家はこの作品の持つ普遍的な問い掛け性をどう表現するかを探求することで、新たな理解を引き出すことができます。

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参考文献