バッハ BWV77「汝主なる神を愛すべし」──愛の戒律と音楽表現を読み解く

概要

ヨハン・ゼバスティアン・バッハの教会カンタータ BWV 77「Du sollt den Herrn, deinen Gott, lieben(汝主なる神を愛すべし)」は、聖書の愛の戒律(特にマタイ福音書22章37–39節)を出発点に、人間の神への愛と隣人愛を音楽で深く考察する作品です。本稿では、このカンタータのテクスト的・神学的背景、編成と形式、各曲の音楽的特徴、演奏/解釈のポイント、そして今日における受容までをできる限り丁寧に掘り下げます。

テクストと典礼的背景

カンタータ BWV 77 の中心命題はイエスの言葉「汝は主なる神を愛せよ、汝の隣人を汝自身のように愛せよ」(マタイ 22:37–39)です。この二つの戒めは、ルター派の礼拝年間を通じて説教と音楽の重要な主題となりました。バッハはしばしば福音書や旧約の句、さらに当時の教会詩人による口語詩や聖歌を組み合わせ、神学的に多層的な語りを音楽に託します。本作も例外ではなく、福音書の命題を中心に、詩的な拡張や内省的なアリア、そして最後の賛美(コラール)へと展開します。

編成と形式(概観)

BWV 77 に典型的なバッハのカンタータ編成が採られている場合、編成は四声合唱と独唱ソロ(ソプラノ、アルト、テノール、バス)、弦楽合奏、リコーダーやオーボエなどの木管楽器、通奏低音(チェロ/ヴィオーネ/オルガンまたはチェンバロ)を含みます。バッハの教会カンタータは一般に、壮麗な開幕合唱、アリアとレチタティーヴォの交互、そして最後に四声コラールで締める構成をとります。BWV 77 もこの伝統に沿った構造を持ち、テクストの主題性に合わせた形式的対比が随所に見られます。

冒頭合唱:命題の提示と対位法的展開

バッハのカンタータにおける開幕合唱は、しばしばその作品の神学的・音楽的主題を象徴的に提示する場です。BWV 77 の冒頭合唱では、命題的な短文(「汝主なる神を愛すべし」)が合唱的な断定としてまず打ち出され、その周辺で対位法的な動きや合奏主題(リトルネルロ)によって語義が拡張されます。バッハはテクストの重みを、フガート的な扱いや声部間の応答、対位的な模倣によって際立たせ、命題の普遍性と同時に個人的な呼びかけとしての面を音響的に描写します。

アリアとレチタティーヴォ:個人の応答と内的闘争

開幕合唱の後に続く独唱曲群は、個人の信仰応答や倫理的問いを掘り下げます。バッハはアリアでしばしば感情的な焦点(affekt)を明確にし、楽器ソロを通してテキストを色付けします。例えば、隣人愛を語るアリアでは穏やかな伴奏楽器が親密さややさしさを表現し、神への愛を主題とする曲ではより厳粛で荘厳な音響が選ばれることが多いです。レチタティーヴォは語りの機能を果たし、時に短いアリオーゾ的な箇所で感情の高まりを示します。バッハのレチタティーヴォは単なる語り物ではなく、和声の妙や通奏低音の動きでテクストの含意を増幅します。

言葉と音の細部:ワードペインティングと和声の役割

バッハはテクストの意味をそのまま音楽化する「ワードペインティング(言葉描写)」を巧みに使います。たとえば「愛する」「喜ぶ」「苦しむ」といった語に対しては旋律線の上昇や下降、和声的な並進、リズムの変化などで情況を描写します。また、和声進行はしばしば神学的な含意(確信、疑念、懺悔、希望)を担います。短調への転調や不協和音の一瞬的な介入は、人間の罪や苦悩を示し、解決する和声へ戻る瞬間が救済や確信を象徴します。

終結のコラール:共同体としての応答

バッハの教会カンタータは、最終的に四声コラールで締めくくられることが多く、礼拝共同体による応答を表現します。BWV 77 でも、最後のコラールは単なる美しい終曲にとどまらず、前に示された命題(神と隣人を愛すること)を共同体的に受け止め、日常生活へと還元する役割を果たします。バッハのコラール和声は、簡潔でありながら深い感情的効果を生み、聴衆に内省を促します。

演奏と解釈のポイント

  • 楽器と声のバランス:バッハ時代の室内的な音色(小編成)での演奏はテクストの細部を明瞭に伝える一方、現代の大規模合唱・オーケストラ編成は宗教性の壮麗さを強調します。解釈は目的(礼拝かコンサートか)で変わります。
  • テンポと語りの比重:レチタティーヴォの扱いは解釈の分かれ目。語りを重視してテンポを緩めると説得力が増しますが、全体の流れを損なわないよう調整が必要です。
  • フレージングとアーティキュレーション:バッハの線は明瞭な句読点と長い呼吸で生きます。オブリガート楽器や声の掛け合いで語句ごとの意味を際立たせること。
  • コラールの提示法:最後のコラールは共同体の唱和としての意味を尊重し、過度なロマンティック化を避けて簡潔にまとめるのが効果的です。

代表的な録音と研究

BWV 77 はレパートリーとしては専門家の間で一定の評価を持ち、古楽奏法に則った演奏(カーステン・ヤンコフスキやトーン・コープマン、ジョン・エリオット・ガーディナー等)と、より現代的な表現を取る演奏の双方で興味深い解釈が聴けます。各録音はテンポ、音色、合唱規模の選択によって全く異なる「物語」を語るため、複数の録音を比較して聴くことを強く勧めます。

神学的含意と今日へのメッセージ

「神を愛し、隣人を愛する」という命題は二千年を経た現代にも普遍的な問いです。BWV 77 は、その古典的な言葉を音楽的対話により再提示し、個人の内面と共同体の実践を結びつけます。バッハの音楽は神学的教説を単なる抽象論にとどめず、感情と理性に訴えかける具体的な体験へと翻訳します。

まとめ

BWV 77 は、聖書テクストに忠実でありながら音楽的に豊かな多層性を備えたカンタータです。冒頭の命題的合唱、内的に深まるアリアとレチタティーヴォ、そして共同体的なコラールという流れは、バッハが礼拝音楽において如何にして信仰の言葉を生きた音に変えたかを示しています。演奏者・聴衆ともに、この作品を通じて「愛」という根源的な課題を新たに問い直すことができるでしょう。

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参考文献