バッハ BWV 80a『Alles, was von Gott geboren』:成立・版の系譜・音楽的特徴と演奏のポイント
はじめに
『Alles, was von Gott geboren』(邦題例:神より生まれし者はすべて)は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの作品目録でBWV 80aとされる教会カンタータに対して用いられる題名です。本稿では、この作品がどのような歴史的背景で生まれ、後の有名なコラール・カンタータ『Ein feste Burg ist unser Gott(BWV 80)』とどのように結びつくのか、テクストと音楽の特徴、版の系譜、演奏上の留意点、そして現在の研究と実演における扱い方について、既存の研究と写本資料に基づいて詳しく掘り下げます。
歴史的・宗教的背景
バッハはワイマール(1708–1717)、ケーテン(1717–1723)、ライプツィヒ(1723–1750)と異なる職務を経て多数の教会カンタータを作曲しました。BWV番号における80系統はルター派の有名な賛美歌『Ein feste Burg ist unser Gott(我らが神は堅き砦)』に基づく作品群であり、複数の版・改作(早期草稿、後の拡大版など)が知られています。一般にBWV 80aは、BWV 80の先行版または関連作として位置づけられており、成立年代はワイマール時代(1710年代)に遡るとする見解が多くありますが、成立年や初演日は研究により若干の差異があります。
BWV 80aとBWV 80の関係 ― 版本の系譜
BWV 80系統の作品は複数の段階で改訂・流用が行われたことで知られます。おおまかな系譜としては、まず早期の合唱曲・カンタータ素材(しばしばワイマール期の宗教合唱曲や特定の祝日のための作品)が存在し、それが後にライプツィヒ時代に拡大・再編され、最終的に有名なコラール設定BWV 80として定着した、という説明が一般的です。BWV 80aはこの「早期素材」にあたり、テクストや音楽の一部が後の版に転用されたと考えられています。
この系譜を理解する上で重要なのは、バッハが自作の素材を再利用・改作することを日常的に行っていた点です。宗教讃歌(コラール)の旋律や合唱フレーズが複数の場面で変奏・転用されることは珍しくなく、BWV 80系統もその典型です。
テクスト(歌詞)と神学的含意
タイトルに含まれる『Alles, was von Gott geboren』という文句は「神より生まれし者はすべて」を意味し、ヨハネの書簡など新約聖書の概念(神による誕生、信仰者の共同体)と呼応します。BWV 80(『Ein feste Burg』)と同じく福音主義的・戦勝的な神観を含み、教会暦上の特定の祝祭(とくに宗教改革記念日など)にふさわしい主題が扱われています。
BWV 80aの具体的なリブレット(作詞者)については明確でない箇所があり、版によっては匿名の散文と賛美歌節を組み合わせた形式になっています。リブレットが示す神学的強調点は「神の選びと信仰共同体の堅固さ」であり、これが後の『Ein feste Burg』の戦棟的・抵抗のイメージと連続性を持っています。
音楽的特徴:形式・楽器編成・和声言語
BWV 80aの現存する資料から読み取れる特徴は以下の通りです。ここでは確定的なスコアを示すことが難しい箇所には注釈を付けますが、概ねの音楽的傾向を整理します。
- 形式:典型的な教会カンタータの構成(序曲的合唱、アリア、レチタティーヴォ、合唱句など)が見られると推定されます。ただし初期版では後のライプツィヒ版より簡潔な編成であることが多く、合唱や器楽の扱いがより自由であるとの指摘があります。
- 楽器編成:弦、通奏低音に加え、オーボエやトランペットといった豪華楽器が加わる場面もあると考えられますが、ワイマール期の初期版ではトランペットなどの使用は限定的で、後のライプツィヒ拡大版で華やかになった可能性があります。
- 合唱とコラールの扱い:コラール旋律を明確に提示する場面と、カウンターポイント的に歌詞を展開する場面が混在します。BWV 80系に共通するのは、賛美歌のメロディを合唱や器楽に分散させ、協奏的な効果を生む技法です。
- 和声・合唱書法:バッハの初期カンタータに見られる対位法的語法と調性の明確さが見られます。とくに終結部近くでは合唱による明瞭なコラール提示で作品を締めくくる傾向が鮮明です。
版・写本・校訂上の問題
BWV 80系は写本資料が断片的であり、研究者は異なる写本や早期楽譜、後年の改訂稿を比較して作品の成立史を復元しています。主な資料群としてはワイマール期の写本断片、ライプツィヒ時代のまとめ直し稿、さらに18世紀後半から19世紀にかけてのコレクター資料が挙げられます。
版面上の問題は以下の点で重要です。
- どの部分がオリジナルで、どの部分が後の改作かを判別することの難しさ。
- 楽器編成の差異(初期稿ではオルガン独奏や弦合奏中心、後期稿で管楽器が増える等)に伴う解釈の分岐。
- テクスト(リブレット)の複数系統――賛美歌の節配置や詩句の省略・追加が異なる場合があること。
これらの課題は批判校訂(Neue Bach-Ausgabe など)や近年のBach Digitalのデータベース化によって徐々に整理されていますが、必ずしも最終的な合意が得られているわけではありません。
演奏上の留意点
BWV 80aを演奏会で扱う際には、次の点に注意すると良いでしょう。
- 版の選択:どの写本・校訂に基づいて演奏するかを明確にする。初期稿中心に演奏するのか、ライプツィヒでの拡大版の音響を意識するのかで器楽編成やテンポ感が大きく変わる。
- 声部人数とソロの扱い:バッハの時代実践に則り少人数(古楽系)で歌うのか、近代的な大編成合唱で歌うのか。各場面でのテクスチャーを意識し、賛美歌旋律が前に出る場面のバランスを工夫する。
- 装飾・リズムの解釈:17〜18世紀の実演習慣に基づく装飾やアーティキュレーションを参照する。リピートやオルナメントは写本に明示されないことが多く、様式判断が求められる。
- 語学と発音:ドイツ語テクストの意味を正確に伝えること。バッハ作品では語語の明瞭さが神学的メッセージの伝達に直結するため、母音の処理やアクセント配分を丁寧にする。
録音・演奏史と受容
BWV 80(広義の80系)はバッハのコラール・カンタータの中でも注目度が高く、多くの演奏家が録音してきました。BWV 80a自体を単独で録音・上演する事例は、BWV 80(最終版)ほど多くはありませんが、バッハ研究と歴史的演奏実践の発展に伴い、早期稿に焦点を当てた録音や学術公演が増えています。著名な指揮者による全集録音(例:ジョン・エリオット・ガーディナー、トン・コープマンなど)は、版や解釈の違いを比較するうえで有益です。
学術的な議論と未解決の課題
研究者の間では以下の点が現在も議論の対象です。
- BWV 80aの正確な成立年と初演の場。ワイマール期説が有力だが確証を欠く部分がある。
- 各版間でのテクストと音楽素材の正しい相互関係。どの部分が後のBWV 80に直接引き継がれたのかの詳細な追跡。
- 写本の来歴と写譜者の特定。これにより改訂の時期や意図が読み取れる可能性がある。
これらは写本の再検討やデジタル化、コーディネートされた国際的な版の比較研究によって徐々に明らかにされつつあります。
まとめ:BWV 80aの意義
BWV 80aは、バッハが教会カンタータの素材をどのように構築・改編していったかを示す貴重な事例です。後の名高いBWV 80へと至る過程をたどることで、バッハのコラール取扱法、和声的発想、合唱と器楽の協働の仕方がより立体的に理解できます。演奏者・指揮者は版の選択と解釈の根拠を明確にし、聴衆には作品の成立史的文脈を提示することで、BWV 80系の深い魅力を伝えられるでしょう。
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参考文献
- Wikipedia: Ein feste Burg ist unser Gott (BWV 80)
- Bach Digital(作品データベース)
- IMSLP: Alles, was von Gott geboren (楽譜資料・関連資料)
- Bach-Werke-Verzeichnis(BWV) - Wikipedia(目録参照用)
- Oxford Music Online / Grove Music Online(記事検索)
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