バッハ BWV 90「おそろしき終末、汝らを奪わん」——裁きと慰めの音楽的考察

導入――BWV 90 の概要と問題提起

J.S.バッハの教会カンタータ BWV 90(ドイツ語題:Es reißet euch ein schrecklich Ende, ihr freundlosen Verlornen)は、終末/裁きのイメージを中心に据えたテクストと、バッハならではの深い音楽的洞察が結びついた作品です。ライプツィヒでの祭日カンタータ群に属するこの作品は、聴き手に恐れと慰めを同時に投げかける、典型的なルター派の宗教感情を音楽化した佳品として評価されています。

歴史的背景と編成

BWV 90 はバッハのライプツィヒ在任初期(1723年頃〜1724年頃)に属するカンタータ群の一つと考えられています。個々のカンタータの正確な初演日や詩人の特定が難しいケースが多いなか、本作も典礼暦に基づくテキストと聖書箇所(終末論的な箇所)に依拠して構成されています。典型的な教会カンタータと同様に、独唱ソロ、短いレチタティーヴォ、アリア、最後に四重唱またはコラールを含む構成をもち、弦楽器群と通奏低音を中核に、管楽器やソロ楽器が色彩を添える編成が想定されます。

テクスト(リブレット)と聖書的参照

タイトルにある「おそろしき終末」「奪わん」といった語句は、新約聖書における終末論的警告(例えば「その日、その時を知る者はない/急に来る/盗人のように来る」といった表現)を想起させます。ルター派の礼拝年間では、晩秋から降臨節前までの期間に終末を扱う福音朗読や使徒書が割り当てられることが多く、カンタータのテクストはそうした聖書テクストを受けて説教的かつ応答的に展開します。

バッハの多くのカンタータ同様、詩人(多くは匿名)の自由詩と既存のコラール(賛歌)の一節が織り交ぜられ、最後に聴衆の信仰告白としてのコラールが配置されることが通例です。本作でも、恐怖を呼び起こす描写と、神の慰め・救いの約束が対置されることで、聴き手の道徳的・霊的な覚醒を促します。

楽曲構成と音楽的特徴(総論)

BWV 90 は、バッハの「言葉への音楽化(Word painting)」の巧みさが随所に見られる作品です。終末や破滅を語る場面では和声やリズムに急迫感、不安定さ、あるいは断片化が導入され、これに対して慰めや希望を表す場面では和声が解決し、流麗な旋律線や温かな通奏低音が現れます。

バロック的レトリック(悲嘆、怒り、慰めなどのアフェクト)を用いて感情のコントラストを際立たせ、レチタティーヴォでは語り口の即物性を重視してテキストの意味を伝え、アリアではその感情を精緻に展開する、というバッハの典型的な手法が取られています。

運指の工夫と語義表現(詳細な聴きどころ)

  • 冒頭の衝撃性:カンタータの冒頭や導入部では、不安定な転調や短いフレーズの断続によって“迫り来る終末”を描写することが多いです。楽器間の切迫した対話や、短いスタッカート風の動きが「引き裂かれる(reißet)」という語義を音で示します。
  • レシタティーヴォの語り口:レチタティーヴォにおいては、語尾を切るようなリズムや不協和音の挿入でテキストの重要語を強調し、説教的なニュアンスを際立たせます。バッハはここで、声楽的な演劇性と福音宣教の直截性を同時に追求します。
  • アリアに見る慰めの音楽:恐怖の描写に続くアリアでは、長い歌句と穏やかな和声進行が心の平安を表します。しばしば通奏低音と独奏楽器(ヴァイオリンやオーボエなど)が柔らかな対旋律を奏で、救いの約束を音楽化します。
  • 終結のコラール:最後はコラール(教会旋律)で締めくくられることが多く、会衆も共感できる普遍的な信仰告白で作品が終わります。コラールによる社会的・共同体的な締めくくりは、個々の恐れを共同体の信仰へと転化する役割を担います。

神学的・哲学的な読み解き

本作は「恐怖」と「慰め」が同居する点で、ルター派の救済理解を反映しています。終末の恐れは自己の罪深さを自覚させるためのものとして提示され、そのうえで神の慈しみと約束が示されることで、最終的には希望と信仰への帰着が図られます。音楽はその移行を劇的に表現し、聞き手に悔い改めと慰めという二重の経験を与えます。

演奏史・演奏実践上の注意点

歴史的演奏実践(HIP:Historically Informed Performance)の潮流により、本作も小編成かつ古楽器での演奏が多く行われています。速度やアゴーギク、レシタティーヴォの扱い、コラールのハーモナイズ等に注意を払うことで、テキストの意味をより直接的に表現できます。特にレチタティーヴォ部分では、装飾を抑えつつ言葉の自然なアクセントを重視することが効果的です。

録音と推薦盤(入門ガイド)

BWV 90 は単独での録音が少ない場合もありますが、バッハのカンタータ全集を通して多くの指揮者が録音しています。代表的な解釈には、Masaaki Suzuki(Bach Collegium Japan)、John Eliot Gardiner(Monteverdi Choir/English Baroque Soloists)、Ton Koopman、Philippe Herreweghe などの歴史的演奏派の全集録音があり、それぞれに異なる表現の美点があります。初めて聴く場合は、古楽器による明晰な線とテンポ感を体験できる全集録音を一枚選ぶと良いでしょう。

現代的な意味と受容

現代においては「終末」概念は宗教的文脈を超えて様々なメタファー(個人的危機、社会的破局、環境問題など)として読まれます。BWV 90 の音楽は、そうした普遍的な不安と希望の対立を音楽的に表現するため、宗教的信条を越えて現代の聴き手にも強い訴求力を持っています。演奏会や録音でこのカンタータを取り上げることで、古典的宗教芸術が持つ普遍的な問題意識を再提示できるでしょう。

結び――聴くためのヒント

BWV 90 を聴く際には、まずテクストに耳を傾け、どの語が強調され、どの語が和声的に解決されるかを追ってください。冒頭の緊張、レチタティーヴォの語り、アリアの慰め、そして最後のコラールへと至る内的な旅路を辿ることで、バッハが音楽を通じてどのように信仰の論理を構築したかが見えてきます。

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参考文献