バッハ BWV103『汝ら泣き叫ばん(Ihr werdet weinen und heulen)』――悲嘆から慰めへ:深堀コラム
バッハとBWV103の概要
「Ihr werdet weinen und heulen(汝ら泣き叫ばん)」BWV103は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの教会カンタータの一つで、ドイツ語タイトルは新約聖書ヨハネによる福音書の言葉を引用しています(「あなたがたは悲しみ、嘆くであろう/しかしあなたがたの悲しみは喜びに変わる」)。作品はバッハのライプツィヒ在任期に属すると見なされ、キリスト教的な悲嘆と慰めという対照的な主題を音楽的に織り上げることで知られます。
歴史的・典礼的背景
バッハがライプツィヒで盛んにカンタータを作曲した時期(1723年以降)には、毎週の礼拝のために新作を提示することが通例でした。BWV103もそのような礼拝用カンタータの系譜に属し、福音書の告白部分(イエスの言葉)を出発点に、個人的な信仰の苦悶と神からの慰めへと導く構成を取ります。テキストは聖書引用と当時の教会詩人(匿名の場合も多い)の詩的改作、そして最後に教会旋律(コラール)で締めくくるという、バッハの典型的なカンタータ形式に沿っています。
テクスト(歌詞)と神学的主題
中核にある聖句はヨハネによる福音書の一節で、受難と復活に関連するキリストの言葉が、信者の苦悩とその先にある喜びを対比します。バッハのカンタータにおいては、福音書の厳粛な語り口を単に再現するだけでなく、アリアやレチタティーヴォを通じて個人的な内面(われわれの嘆き、希望、信仰)を歌わせ、最後に合唱・コラールで共同体としての信仰告白に回収するのが常套です。BWV103もその枠組みを踏襲し、聴き手を〈個〉から〈共同体〉へと導きます。
編成と楽器法(概説)
BWV103は典型的なバッハの教会カンタータ編成をとることが多く、混声合唱、独唱ソプラノ/アルト/テノール/バス、弦楽器群(ヴァイオリン、ヴィオラ)、木管(オーボエ類やリコーダーが用いられることがある)および通奏低音(チェロ、コントラバス、チェンバロまたはオルガン)を含むアンサンブルで演奏されます。バッハはしばしば感情表現に応じて義務的独奏楽器(オブリガート)を配し、悲嘆の場面では装飾や半音進行、短いモチーフの反復、対位法的な絡みを用いて心理描写を行います。
楽式と音楽的特徴(深堀)
BWV103の音楽は、以下のような特徴を持つと考えられます(一般的なバッハの悲嘆/慰め系カンタータの文法に基づく分析):
- 冒頭の感情的起点:冒頭はコラール風の合唱か、あるいは独唱アリアで始まることがあり、悲嘆の主題を提示します。半音階的な下降進行や短い断片的フレーズ、短調の色彩が「泣き」「嘆き」を音響化します。
- レチタティーヴォの語り口:福音書の引用部分はレチタティーヴォで語られ、聖書の語りを聴衆に直接伝えます。バッハはここでテキストの語尾を明瞭にすることで劇的効果を高めます。
- アリアの心理描写:アリアではソロ声部とオブリガート楽器が対話し、悲嘆の内面の揺れや、やがて差し込む希望の兆しを描き出します。伴奏のリトミックや和声の拡張(例えば平行移動やモードの切替)は、聴き手の感情移行を巧みに誘導します。
- 対照的な楽節(慰めの提示):カンタータ中盤から後半にかけて、悲嘆が次第に慰めへと転じます。ここで長調への転調や明るいリズム(舞曲風の軽やかさ)を用いることで、テキスト上の「喜びへと変わる」という神学的メッセージが音楽的に示されます。
- 結尾のコラール:多くのバッハのカンタータ同様、終曲は教会旋律(コラール)で締めくくられ、個人的な信仰の告白が教会共同体の合唱へと回収されます。和声進行は明瞭で、断言的な終止感を与えます。
演奏と解釈のポイント
BWV103を演奏する際の注目点は以下の通りです。
- テクストの語り直し:バッハのカンタータはまず「語り」であり、言葉の明瞭さが最優先されます。ソリストは語尾の切れや強弱で意味の重みを提示すべきです。
- 音色と装飾:悲嘆場面では控えめで暗めの音色、慰めや喜びの場面では明るく開いた音色を選び、装飾も表情の一部として使います。オブリガート楽器(オーボエ、リコーダー、ヴァイオリン等)の色合い選択が効果を左右します。
- リズム感と拍節感:バッハはしばしば微妙に拍をずらすことで感情を表現します。テンポ設定はテキストの句読点やフレーズごとの呼吸に合致させることが肝要です。
- バランス(声部と楽器):通奏低音の支えを明確にしつつ、独唱と通奏、合唱とオーケストラのバランスに留意します。歴史的演奏慣行に基づく少人数編成(ピリオド奏法)と近代的な大編成では響きの印象が異なるため、解釈に応じた音響設計が必要です。
レパートリー上の位置づけと受容
BWV103はバッハの数多いカンタータの中では必ずしも最も広く知られた作品ではありませんが、テーマの普遍性(悲嘆と慰めの転換)とバッハらしい劇的構成により、音楽学的にも演奏会レパートリーとしても興味深い作品です。特にバッハ研究が進む20世紀以降、カンタータ全曲演奏・録音プロジェクトの中で再評価が進み、多彩な解釈が示されてきました。
おすすめの録音・演奏(入門と比較)
BWV103を聴く際は、以下のような演奏家・団体の録音を比較すると解釈の違いが見えて面白いです(代表的なバッハ・カンタータ全集を手掛けたものを中心に):
- マサアキ・鈴木(Bach Collegium Japan)による歴史的楽器志向の精緻な解釈
- ジョン・エリオット・ガーディナー(Monteverdi Choir/English Baroque Soloists)のダイナミックでドラマティックな演奏
- トン・コープマンやニコラウス・アーノンクール等のアーティストによる別視点のピリオド奏法解釈
- 伝統的な大編成での演奏(カール・リヒター等)では濃密な合唱と弦の響きからくる荘厳さが味わえます
現代へのメッセージ
BWV103が現代の聴き手に響く理由は、単に宗教的メッセージに留まらず、人間の苦悩と回復の普遍性を音楽が直接的に扱っている点にあります。バッハの音楽は、テキストと音楽が緊密に結びつくことで、時代や信仰の違いを超えて心理的な共感を生み出します。コロナ禍や社会的不安の中で再評価されるプログラムとしてもふさわしい側面があります。
まとめ
BWV103「汝ら泣き叫ばん」は、バッハのカンタータの中でも「悲嘆」と「慰め」という二元的テーマを深く掘り下げる作品です。テキストの神学的背景、バッハならではの和声と対位法の表情、演奏における音色とバランスの重要性を押さえれば、より深い鑑賞が可能になります。録音や演奏解釈を比較しながら聴くことで、作品の多様な顔を発見できるでしょう。
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参考文献
- Bach Cantatas Website — BWV 103
- Wikipedia — "Ihr werdet weinen und heulen (BWV 103)"
- IMSLP — Scores for BWV 103
- Bach‑Digital (総合データベース)
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