バッハ BWV193a(汝ら天の宮よ、汝ら輝く光よ)— 失われたカンタータの来歴と復元の試み

バッハ:BWV193a(汝ら天の宮よ、汝ら輝く光よ)— 概説

BWV193aは、ヨハン・ゼバスティアン・バッハに帰されるカンタータのうち、現存しない、あるいは断片的にしか伝わっていない作品の代表例の一つです。ドイツ語題は一般に「Ihr Häuser des Himmels, ihr offenbarte Lichter」(直訳すれば「汝ら天の宮よ、汝ら輝く光よ」)とされ、日本語訳を冠した本稿では、断片資料と後年の転用(パロディ)関係を手がかりに、作品の来歴・主題・音楽的特徴・研究史・復元の試みと演奏上の留意点を詳しく掘り下げます。現存資料は限られるため、確証が得られている点と推論に基づく点を明確に示しながら論を進めます。

作品の現状と資料の所在

BWV193aは現在、完全な楽譜が残っていない「失われた」あるいは「部分的に残存する」カンタータです。現代のバッハ研究では、当該番号はバッハ作品総目録(Bach-Werke-Verzeichnis, BWV)に登録されており、断片的な写本やテキスト資料、あるいは同主題を扱う別の現存作(例:BWV193など)との比較から、作品の存在や性格が推定されています。主要な一次資料や目録情報は、バークハウスやライプツィヒのバッハ資料群、ならびにオンラインのBach Digitalといったデータベースに整理されています。

テキストの主題と典拠(テクストの性格)

タイトルから窺える通り、このカンタータのテクストは「天の宮」「光」といった宗教的・象徴的イメージを中心に据えています。こうした語彙は旧約・新約聖書の言葉やキリスト教的祝祭歌詞に由来することが多く、教会祝祭や教会堂献堂(落成式)などの場面で用いられることが想定されます。バッハの時代、特定の祝祭や礼拝のために作られたカンタータは、詩人(テキスト作者)と作曲家の協働で成立し、詩人名が明確に残る場合もありますが、BWV193aに関してはテキスト作者が明示されていない、または断片的であるため、典拠の特定には注意が必要です。

構成と楽器編成に関する推定

直接的な楽譜が残らない作品に対しては、バッハの他作品に見られる典型的な編成・構成パターンを参照して推定を行います。バッハが教会カンタータで用いた典型的な編成は、ソプラノ・アルト・テノール・バスの独唱群と混声合唱(時に独唱と合唱の対比を含む)、弦楽器(第1・第2ヴァイオリン・ヴィオラ)、木管(オーボエやリコーダー等が場面に応じて加わる)、通奏低音(チェンバロ/オルガン+チェロ/ヴィオローネ等)という構成です。BWV193aも同様の編成であった可能性が高いものの、祝祭的な性格であればトランペットやティンパニが加わることもあり得ます。

パロディ技法とBWV193系との関係

バッハは既存の音楽素材を改作(いわゆるパロディ)することが多く、失われた作品の存在は、他の現存作品にその旋律や構造が再利用されていることから明らかになる場合があります。BWV193aについても、研究者たちは同番号周辺や関連する作品群との比較を通じて、旋律や合唱の構造が別作品へ転用された痕跡がないかを調査してきました。既存の研究では、BWV193aのテクスト的・音楽的特徴がBWV193系の作品と類縁関係にあると指摘されることがあり、その結果、部分的な復元案や仮定的再構築が提案されています。ただし「どの楽章がどの作品に転用されたか」という特定には慎重さが求められます。

研究史と主要な論点

BWV193aに関する研究は、20世紀以降のバッハ研究の蓄積とともに進展してきました。代表的研究者たちが、一次資料の検討、筆写譜の年代測定、テキストの比較文学的分析、さらには音楽的分析を通じて断片的証拠を積み上げています。主な論点は以下の通りです。

  • 原作の成立年代と目的(どの祝祭・行事のための作品だったのか)
  • テキスト作者の特定と典拠(聖書箇所や詩人の既往作品との関係)
  • 現存作品への転用(パロディ)関係の有無とその具体的帰属
  • 復元の方法論(断片からどこまで妥当な再構築が可能か)

これらの論点については、資料の限界ゆえに確定的な結論が出されていない項目も多く、研究は現在も進行中です。

復元の試みとその方法

失われた作品の復元は、一次資料(テキスト・部分写本・転写記録)と既存作品との比較的分析に基づく推定的作業です。復元者は、類似の和声進行・旋律線・モチーフ構造を持つ現存作品を参照し、テクストの音節配分や語尾の強調点に合うように旋律を当てはめていきます。BWV193aに関しても、他作品からの転用が疑われる楽章を特定し、そこから逆説的に原版の可能性を再現する試みがなされています。重要なのは、復元はあくまで学術的仮説であり、常に不確実性を含む点です。優れた復元は、バッハの作曲様式や当時の実演慣行に関する深い知見を反映しますが、復元そのものを「原作の再現」と混同してはなりません。

演奏上のポイント(演奏慣行と解釈)

BWV193aのような断片的作品を演奏・録音する場合、演奏者はいくつかの重要な判断を行う必要があります。まず、楽器編成と音量バランスは史実性を重視するか、現代の聴衆に合わせるかを定める点です。次に、装飾(オルナメント)やテンポ、合唱の人数配分(ヴィルトと古楽器アプローチ)など、バロック演奏法に関する方針を明確にします。特に復元楽章を含む公演では、どの部分が復元的再構築であるかをプログラムノートで明示することが学術的にも倫理的にも重要です。さらに、テクストの意味論に応じた語尾処理やリタルダンドの使い方など、バッハがしばしば用いた表情法を踏まえた解釈が求められます。

なぜBWV193aを議論することが重要か

一見ニッチに思える「失われたカンタータ」を巡る研究は、バッハ研究全体にとって大きな意味を持ちます。第一に、パロディ技法や素材の再利用に関する理解が深まることで、バッハの創作過程や効率性、そしてテキストと音楽の関係性が明らかになります。第二に、断片資料を継ぎ合わせる作業は、当時の楽曲流通や写本文化、演奏環境を理解するための貴重な手がかりを与えます。第三に、復元と実演を通じて得られる音楽的経験は、現代の聴衆と研究者双方に新たな視点を提供します。

結論:断片から読み取るバッハの顔

BWV193aは完全な姿で伝わらない作品ですが、その断片や周辺資料を丹念に調べることで、バッハの創作技法、宗教観、実演慣行についてさまざまな示唆が得られます。復元は理論と感性の両方を要求する作業であり、適切に行えば失われた音楽の一端を現代に蘇らせ、バッハの多面性を浮かび上がらせます。ただし復元は仮説であることを忘れず、常に新資料の発見や学術的検討によって更新されるべきものです。

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参考文献