バッハ BWV209「悲しみを知らぬ者(Non sa che sia dolore)」—鍵盤と声が紡ぐ晩年の抒情

バッハ:BWV209『悲しみを知らぬ者(Non sa che sia dolore)』とは

BWV209は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)が作曲した世俗的な独唱カンタータで、イタリア語のテキストに基づく抒情的な小品として知られています。一般にソプラノ独唱と通奏低音を基盤に、ハープシコード(チェンバロ)が独立した協奏的役割を担う編成で演奏されることが多く、ハープシコードの書法が際立つため“声と鍵盤の対話”という印象を強く与える作品です。テキストの作者は明確に特定されておらず、作曲時期も確定していないものの、1740年代の遅い時期に属すると考えられています。

歴史的背景と成立事情

BWV209はバッハの世俗カンタータ群に属し、宗教作品とは異なる軽やかさや世俗的な感情表現が特徴です。バッハはライプツィヒ時代(1723–1750)に多様な世俗作品を手掛けており、その中でBWV209はイタリア語で書かれている点が特殊です。イタリア語の文体を用いることで、オペラやイタリア歌曲に内在する抒情性を巧みに取り入れており、特に鍵盤の装飾や歌唱のアジリタや装飾的技巧にはイタリア影響がうかがえます。

テキスト(詞)と主題性

『Non sa che sia dolore』(直訳:「悲しみが何かを知らない者」あるいは「悲しみを知らぬ者」)という題は、愛と悲哀、感情の理解に関する哲学的・感傷的な主題を示しています。歌詞は個人的な愛情体験や情感の深さを語り、聞き手に共感を促します。バッハはこの短い器楽-声楽作品の中で、言葉の意味と音楽的表現を密接に結びつけ、テキストの一語一語を音楽的に照らし合わせることで情景と心理を描き出します。

編成と楽曲構成

楽器編成は比較的簡素で、ソプラノ独唱を中心に通奏低音(通例ハープシコード)および弦楽器が加わる場合があります。ハープシコードは伴奏にとどまらずソロ的・協奏的に扱われ、独唱と絡むアンサンブルが作品の魅力です。楽曲は通常、レチタティーヴォとアリアが交互に現れる伝統的なカンタータ形式の影響を受けつつも、短く凝縮された構成をとるため演奏時間は短めです。

音楽的特徴と分析のポイント

  • 鍵盤の重要性:BWV209ではハープシコードが独立した声部として機能します。即興的な装飾やパッセージが多く、バッハならではの鍵盤語法(装飾音、スケール、アルペッジョ的進行)が歌の表情と密接に結びつきます。
  • イタリア語的抒情:旋律線はオペラのアリア的要素を含み、アジリタ(軽やかな装飾)やコロラトゥーラ的なフレーズが挿入されることがあります。これにより歌手にはレガートと明晰な歌唱技巧の両方が求められます。
  • 和声の巧みさ:短いパッセージにもかかわらず、バッハは半音進行やモーダルな色合い、唐突な和声進行でテキストの感情を強調します。特に“悲しみ”や“知らぬ者”といった語句に対しては、和声的な色合いが変化して心理描写を助けます。
  • 形式と表現の凝縮:長大な教会カンタータと異なり、BWV209は短い時間で強い印象を残すことを目指しており、各部分での主題の展開や反復が緻密に設計されています。

演奏・解釈の実務的ポイント

BWV209を演奏する際のポイントは以下の通りです。

  • 音程とテンポ:歴史的演奏慣習に従うならA=415Hz前後の低めのピッチを採ることが多いですが、現代コンサートではA=440Hzも一般的です。テンポはテキストの呼吸に基づき柔軟に設定してください。
  • 装飾と即興:ハープシコードと歌手の装飾はバロック時代の慣習に沿って行うと効果的です。特にda capoや反復部分での装飾の付け方により解釈の幅が生まれます。
  • 伴奏の扱い:ハープシコードは単なる伴奏以上の役割を持つため、鍵盤奏者は歌に応答する形でフレーズを形成し、しばしば独立した「対話」を作ることが肝要です。
  • 語学的発音:イタリア語のアクセントや母音の扱いを正しく行うことで、歌詞の意味がより明瞭に伝わります。特にバロック・イタリア語の発音ガイドラインに沿うことを推奨します。

スコアと版について

BWV209の原資料は散逸している箇所もあり、現代の演奏用スコアは主にバッハ全集(Bach-Gesellschaft Ausgabe)やNeue Bach-Ausgabe(NBA)を参照して校訂されています。信頼できる現代版を用いることで、誤写や改変を避け、作曲者の意図に近い解釈が可能になります。公開楽譜としてはIMSLPなどで当該楽曲の写本や旧版が参照できる場合があります。

聴きどころ(おすすめポイント)

  • 冒頭から続くハープシコードと声の対話。声部が鍵盤の即興的線に反応する瞬間に注目してください。
  • 和声の急変や半音進行による感情の動き。短いフレーズでもバッハは強いドラマを仕掛けます。
  • アリアの繰り返しや装飾による表情の変化。歌手と鍵盤奏者の解釈の違いが生む微細なニュアンスに耳を澄ませてください。

録音と研究上の注目点

BWV209は比較的短い作品であるためレパートリーの中でも演奏機会は限られますが、声と鍵盤の関係性を重視する録音や、歴史的奏法(原典版に基づくピッチや節回し)を採用した演奏が高く評価されています。学術的にはテキスト作者の特定や成立時期の議論、写本間の差異が研究テーマになります。

まとめ

BWV209『Non sa che sia dolore(悲しみを知らぬ者)』は、バッハの世俗作品の中でも独特なイタリア語抒情性と鍵盤協奏的書法が際立つ小品です。短い構成に凝縮された情感表現、ハープシコードとソプラノの緊密な対話、そして和声的な細やかさが特徴で、聴く者に強い印象を残します。演奏する際はテキスト理解と鍵盤-声の相互作用を重視することで、バッハがこの作品に込めた微妙な感情世界をより深く伝えられるでしょう。

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参考文献