バッハ『Kyrie(BWV 233a)ヘ長調』徹底解説 — 編曲・構造・演奏のポイント

導入:BWV 233aとは何か

BWV 233a は、J.S.バッハの「Missa(Kyrie–Gloria)」群に関連する作品のうち、ヘ長調の「Kyrie」に関する異稿・異版本としてカタログ上に記載されている番号です。英字の末尾に付く「a」は、基本的に同主題の別稿や版を示すもので、完全独立の新作というよりは同じ作品の別バージョンや改訂稿であることが多く、BWV 233(ヘ長調のミサ)と密接な関係があります。

このコラムでは、BWV 233a(以下「本作」と表記)を中心に、歴史的背景、楽曲形式と和声・対位法の特徴、演奏上の注意点、代表的な録音・楽譜情報まで、音楽学的な視点と実践的な観点の両方から詳しく深掘りします。

歴史的背景と位置づけ

バッハの「短ミサ(Missa brevis)」と呼ばれる作品群(一般にはBWV 233–236)は、いずれも「Kyrie」と「Gloria」のみから成る短縮ミサで、ラテン語ミサの一部を独立して音楽化したものです。これらはルター派の教会音楽の枠内で用いられ、格式ある礼拝や宮廷礼拝のために作られたと考えられます。

本作に関しては、完全な自筆原稿が現存しない場合や複数の写本が存在する場合があり、版ごとの相違があるためBWVに末尾記号が付与されています。研究者は写譜の比較や筆跡・配置の分析、カンタタとの旋律・伴奏の一致を手がかりに、どの部分が改作(パロディ)であるか、どの時期に作られたかを検討してきました。

楽曲構成と形式(Kyrieの典型構造)

バッハのKyrieは、典礼上の「Kyrie eleison — Christe eleison — Kyrie eleison」の三部構成を踏襲するのが一般的です。具体的には:

  • Kyrie I:合唱曲。序奏的なオーケストラの導入(リトルネロ)を伴うことが多く、主題が提示された後に模倣・フーガ的処理が展開される。
  • Christe:ソロまたは小合唱によるより親密な楽想。アリア風、あるいは二重唱の形を取り、和声の色彩や対話的なテクスチャが特徴。
  • Kyrie II:Kyrie Iの再現あるいは再構成。全合唱で締めくくることにより、楽曲全体の統一感を保つ。

BWV 233aにおいても、この三部形式が採られていることが多く、バッハが宗教語句の意味(懇願と応答)を音楽的に反映させる手法が見て取れます。

対位法・和声・動機処理の特徴

バッハはここで宗教的テキストの重みを、厳密な対位法と豊かな和声色で表現します。Kyrie I では通常、次のような技法が用いられます:

  • リトルネロ主題と合唱主題の連結:器楽的動機が合唱へと受け渡され、楽曲全体の統一を図る。
  • フーガ的模倣:主要な語句(例:「Kyrie」)がテーマ化され、声部間で模倣されることで、祈願の重複性と多声の交錯が表現される。
  • 和声進行の巧みな操縦:属調・近親調への移動や短調の挿入によって、感情の揺れ(悲願と希望)を細やかに描く。

Christe 部分では、旋律線の装飾や間奏の短い器楽パッセージが目立ち、対話的なテクスチャが用いられるため、歌手のアーティキュレーションや呼吸の処理が音楽表現に直接影響します。

編成(楽器編成・声部)

BWV 233 系列のKyrie はおおむね以下のような編成を想定しています(写本や版により差異あり):

  • 合唱:SATB(混声四部)。
  • ソロ:場合によりアルトやソプラノの二重唱・独唱が用いられることがある。
  • 器楽:弦楽器第一・第二、通奏低音(チェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバやオルガン)、オーボエやトランペットが加わる版も存在する。

版によっては、トランペットやオーボエが欠ける写本もあり、演奏史的には編成を柔軟に扱う必要があります。合唱員の人数については、近年の音楽学では「OVPP(one voice per part)」の可能性も議論されていますが、伝統的な大編成での演奏も広く行われています。

演奏上の実践的ポイント

演奏する際に留意すべき点を整理します。

  • テンポ設定:Kyrie I は荘厳さと推進力を両立させるテンポが望ましく、あまり遅すぎると対位法の輪郭が曖昧になります。Christe はより歌詞に寄り添う柔軟なテンポで。
  • アーティキュレーション:バッハの語句感(テキスト・デクテーション)を明確にするため、音節ごとの切れ目と連続性のバランスを調整する。
  • バランス:器楽群が合唱を覆い隠さないよう、通奏低音と弦の音量配分を工夫する。歴史的には減衰の早いガット弦や古楽木管が用いられる。
  • ピッチと調性:古楽系の演奏ではA=415Hzなどの低めの標準ピッチを採ることが多く、これによりヘ長調の響きが柔らかくなる。
  • 音色の対比:Christe 部の親密さを出すためにソロ声部と合唱声部の音色を明確に分けると効果的。

版と校訂、スコア入手

原典資料が分散しているため、信頼できる批判校訂版を用いることが重要です。代表的な版には国際的な批判校訂(Neue Bach-Ausgabe:NBA)があり、現代の演奏・研究で広く参照されます。オンラインではIMSLPなどで公開されている写本や版も参照可能ですが、現代校訂と突き合わせて用いるのが安全です。

注目すべき解釈上の論点・研究課題

本作を巡る学術的・実践的な興味点を挙げます。

  • 版間の相違:BWV 233 と 233a の相違点が何を意味するのか(作曲者自身の改訂か、写譜者の誤写か)を決定するための写本研究。
  • パロディの起源:各楽章がどのカンタータの素材を流用しているかを突き止めることは、作曲年代や用途の解明に直結する。
  • 演奏人数問題:OVPPを支持する証拠と、合唱大編成で演奏する伝統の両者を比較評価すること。

代表的な録音と聴きどころ

近現代の注目録音としては、歴史的演奏法に基づく全集録音や、伝統的な合唱オーケストラ編成での録音が存在します。演奏を聴く際は以下に注意して比較してみてください。

  • 器楽の響き(古楽器か近代楽器か)
  • 合唱の規模と発声(OVPPか多人数か)
  • テンポとフレージングの一貫性
  • Christe 部のソロの表現力と装飾の有無

まとめ:BWV 233a が示すもの

BWV 233a は、バッハが短ミサ形式の中で対位法、和声、宗教語句の意味づけをいかに結びつけたかを示す好例です。版ごとの差異や写本学的課題は残るものの、音楽そのものは深い宗教的表現と高い構造的完成度を備えています。演奏者にとってはテクニックだけでなく、テキストの意味と形式の関係をいかに聴衆に伝えるかが重要になります。

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参考文献