バッハ:BWV 248『クリスマス・オラトリオ』徹底ガイド — 歴史・構成・演奏の見どころとおすすめ録音
概要:なぜ《クリスマス・オラトリオ》は特別か
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)が1734年から1735年のクリスマス・シーズンのために作曲したBWV 248「クリスマス・オラトリオ」は、6つのカンタータ(カンタータI〜VI)から成る一連の大作で、クリスマスから公現祭(エピファニー)までの典礼日に合わせて上演されることを想定した作品です。宗教的語り(福音書の物語)と詩的瞑想、ルター派のコラール(賛歌)と合唱の祝祭的要素が融合し、バロック宗教音楽の頂点の一つと評価されています。
作曲背景と初演
バッハは当時ライプツィヒのトーマス教会のカントル(指導者)として教会音楽を担当しており、1734年のクリスマス・シーズンに向けてこの大作を仕上げました。6つの部分はそれぞれ特定の典礼日に対応しており、初演は1734年12月25日から1735年1月6日にかけてライプツィヒの教会で行われたとされています(伝統的な配列に従っておのおのの祝日に上演)。台本は匿名ではありますが、クリスチャン・フリードリヒ・ヘンリヒ(通称ピカンダー)が担当した可能性が高いと考えられています。
テクストの構造と福音書との関係
クリスマス・オラトリオは、福音書(主にルカによる福音書の降誕物語、ならびに公現祭に関するマタイによる物語)を基盤とし、それらを直接語るレチタティーヴォ(福音書叙述)と、神学的・感情的な観想を詩的に表したアリア、そして信徒が共有するコラールでつないでいます。バッハ(と台本作者)は、福音書の語りと個人的な信仰の応答を交互に配することで、典礼上の教えと礼拝参加者の内面的な反応を同時に提示する形式を採りました。
6つの部分の概観(役割と特徴)
第1部(クリスマス当日) — 降誕の喜びを祝う大合唱で幕を開けます。合唱、独唱、コラールが交互に現れ、降誕の基本的な物語(誕生の告知とその喜び)を描きます。
第2部(聖ステパノの祝日) — 羊飼いたちに対する天使の告知や羊飼いたちの応答など、牧歌的・叙情的な場面が中心。葦笛やオーボエなど、色彩的な器楽が用いられます。
第3部(祝日延長) — 羊飼いたちの礼拝と賛美に焦点を当て、静と動の対比が際立ちます。
第4部(新年/割礼の祝日) — 新生児の割礼と命名に関連する宗教的反省が取り上げられ、より内省的なムードのアリアが登場します。
第5部(新年後の主日の礼拝) — 王権や救済の普遍性に視点が移り、世俗的・宗教的祝賀の要素が混在します。
第6部(公現祭/エピファニー) — 東方の三博士の来訪を扱い、外界からの拝礼(異邦人の来訪)というテーマにより普遍的な救いのメッセージが示されます。
主要な音楽的特徴
・祝祭的な編成:多くの合唱曲は3本のトランペットとティンパニ、弦楽器、木管、通奏低音を含む華やかな編成で書かれており、礼拝の祝祭性を強調します。
・パロディ技法:バッハは既存の作品(世俗カンタータなど)の音楽を改作し、新しい宗教的テクストに当てはめるパロディの手法を用いている箇所があります(これは当時よく行われた実践です)。
・合唱とコラールの役割:合唱は群衆の声や天の声として機能し、コラールは会衆的な応答と音楽的安定を提供します。バッハはコラールの和声配置を用いて、物語的場面と信仰的応答を結びつけます。
・多様なアリア様式:ソプラノやアルト、テノール、バスのアリアはそれぞれ異なる情感や神学的立場を表現し、器楽的伴奏(専用のソロ器官)によって色彩が付与されます。
器楽編成(概略)
典型的な演奏編成は、独唱者4名(ソプラノ、アルト、テノール、バス)、合唱、弦楽(ヴァイオリンI・II、ヴィオラなど)、木管(フルート、オーボエ類)、3本のトランペット、ティンパニ、通奏低音(チェンバロやオルガン、チェロやコントラバス)を含みます。バッハは場面に応じてオーボエ・ダモーレやオーボエ・ダ・カッチャなど特色ある管楽器を使うこともあります。
初演後の受容と現代における位置づけ
初演直後から完全な形での連続上演が行われた後、18〜19世紀には声楽・演奏実践や宗教的嗜好の変化により上演頻度が変動しました。しかし20世紀に入ってバッハ復興運動や歴史奏法運動の影響を受け、再評価が進みました。現在では宗教的儀式の枠を越え、コンサートホールや教会でのレパートリーとして広く親しまれています。
演奏上のポイントと解釈の論点
・編成の選択:大規模な近代合唱団とモダン楽器での壮麗な演奏と、歴史的手法(HIP)に基づく少人数アンサンブルの繊細な演奏のどちらを選ぶかで作品の印象は大きく変わります。
・一声部一声(OVPP)か多人数コラールか:近年はOVPP(各声部を一人の歌手で行う)支持の研究が増え、より古楽的な質感を目指す演奏も多くなっています。一方、伝統的な多人数合唱による厚みのある響きも根強い人気があります。
・テンポとルバートの扱い:物語性を強調するレチタティーヴォと、瞑想的なアリアの対比をいかに表現するかが指揮者の主導権となります。
・ピッチと音色:歴史的にはピッチの標準が異なったため、A=415Hzなど低めのピッチで演奏するHIPアプローチと、現代標準A=440〜442Hzでの演奏で色調が変わります。
楽譜と校訂版
学術的・演奏用には新バッハ全集(Neue Bach-Ausgabe)を基盤とした校訂版や、各出版社によるウルテクスト(Urtext)版があります。指揮者や演奏団体は版により鍵盤譜や通奏低音の扱い、装飾の表記などを参照して演奏解釈を決定します。
おすすめ録音と聴きどころ(選び方の指針)
録音を選ぶ際は、編成(大編成か小編成)、演奏方針(モダン楽器か古楽器か)、独唱陣の声質、全集の一貫性などを基準にするとよいでしょう。伝統的で重厚な解釈を求めるなら大規模合唱とモダン楽器の録音、原典的で透明な響きを求めるなら歴史奏法に基づく演奏を探すと満足度が高くなります。
聴取ガイド:初めて聴く際のポイント
・まず第1部の開幕合唱(「Jauchzet, frohlocket」など派手な合唱)で作品の祝祭性を体感してください。
・福音書の叙述(レチタティーヴォ)を追いながら、合唱やコラールがどのように物語に反応するかを意識すると、音楽構成の巧みさがわかります。
・各アリアは個々の登場人物の感情や神学的立場を表す小さな劇場であり、器楽の色彩にも注意を払うと新たな発見があります。
学術的な意義と今日の演奏文化への影響
クリスマス・オラトリオは、宗教と音楽の結びつき、リテラル(福音書)と詩的解釈の融合、さらに当時のパロディ技法や器楽色彩の豊かさを学べる教材としても価値が高い作品です。現代の演奏家や指揮者はこの作品を通じてバッハの宗教的・音楽的思考、人間の感情表現の幅広さに触れることができます。
まとめ
BWV 248 クリスマス・オラトリオは、聖なる物語の語りと人間の感情表現が高度に融合したバッハの傑作です。典礼に根差した構成ながら、音楽的には非常に多様であり、編曲・解釈の幅も広いため、何度聴いても新しい発見があります。演奏形式や録音を変えて聴き比べることで、作品の多面的な魅力をより深く味わえます。
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参考文献
- Christmas Oratorio (Bach) — English Wikipedia
- クリスマス・オラトリオ — 日本語ウィキペディア
- Bach Cantatas Website: BWV 248
- Bärenreiter(Neue Bach-Ausgabe/楽譜出版社)


