バッハ:シューブラー・コラール集(BWV 645–650)——讃美歌の器楽化と深層解剖

シューブラー・コラール集とは

シューブラー・コラール集(Schübler-Choräle)は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが編んだオルガン用コラール前奏曲集で、BWV 645〜650の6曲から成ります。刊行は1740年代中頃、出版者ヨハン・ゲオルク・シューブラー(Johann Georg Schübler)の名で出されたことから名付けられました。宗教的な賛美歌(コラール)旋律を器楽的に再構成した作品群として、バッハの教会音楽と器楽技法が出会う重要なレパートリーです。

成立と編纂の背景

シューブラー・コラール集はおそらく1746–47年頃に出版されたと考えられています。バッハ晩年の出版活動のひとつで、既存のカンタータの一部をオルガン用に編曲したものが多く含まれる点が特色です。これは、教会で使われるコラール旋律をオルガンレパートリーとして拡充させると同時に、家屋や小礼拝での演奏にも耐える作品群を提供する実用的な意図もあったと考えられます。

編曲元(カンタータ)との関係

この6曲のうち、複数はバッハ自身が作曲したカンタータの楽章をオルガン用に移したトランスクリプションであることが分かっています。代表的な例はBWV645「目覚めよ、呼べり声(Wachet auf, ruft uns die Stimme)」で、これはカンタータBWV140の合唱連祷的楽章を基にしており、原曲の豊かな対位法と歌心がオルガン作品として見事に再解釈されています。その他の曲もカンタータ由来のものが多く、声楽作品における合唱・アリアのテクスチャーが器楽語法として巧みに転用されています(詳細な対応関係は文献を参照してください)。

各曲の音楽的特徴(概観)

  • BWV 645 Wachet auf — 元は非常に有名なコラールの合唱楽章。オルガン版でもコラール旋律が明確に歌われ、伴奏のアルペッジョ的な流れが対位的に絡む。旋律の歌わせ方と伴奏のリズム感がバッハの成熟を示す。

  • BWV 646 Wo soll ich fliehen hin — 内省的で短い前奏曲。伴奏のホモフォニックな動きと、コラールの装飾的な扱いが印象的。教会的な悲嘆と信頼の対比が音響上に表現される。

  • BWV 647 Ach bleib bei uns — 心地よい朴訥さと厳格な対位法の混合。旋律線はしばしば内声で歌われ、外声とのバランスが取られる。伴奏の動機がしつこく繰り返され、祈りの持続性を感じさせる。

  • BWV 648 — 節回しの明快さとフーガ風の展開を併せ持つ曲が含まれる。各声部の独立性が高く、オルガンの多声的響きをよく活かした作り。

  • BWV 649 Ich ruf zu dir, Herr Jesu Christ — コラールの祈願性が前面に出る作品。和声の動きが分かりやすく、伴奏がコラールの言葉を支える構図を取る。ペダルの扱い方にも注意を要する。

  • BWV 650 — 6曲中最も荘重な終曲的趣を持つとの見方もあり、コラール旋律の提示と充実した対位法によって結びが強調される。

楽曲構成と作曲技法のポイント

シューブラー・コラール集の魅力は、単なる旋律提示ではなく、各曲で異なるテクスチャーと編曲手法が示される点にあります。バッハはコラール旋律をソプラノに置く場合もあれば、内声やペダルに担わせる場合もあり、それによって響きの重心や祈りの表出が微妙に変化します。また、原曲が声楽用の合唱/アリアであるため、アーティキュレーションやフレージングには歌の呼吸が反映され、オルガン奏者は歌わせる技術を要求されます。対位法的な処理、転換部での和声的展開、装飾句の扱いなど、バッハの総合的作曲力が凝縮されています。

演奏・登録(レジストレーション)の考え方

シューブラー・コラールは小編成の教会オルガンや古楽オルガンでの演奏を想定した書法が多く、モダンな大規模パイプオルガンでも過度なストップは避けるのが一般的です。音色選びでは、旋律を明瞭に歌わせるための独立系ソロストップ(クヴィネットやプレディナート相当)と、伴奏に温かみを与えるリード系や8'列の組み合わせが有効です。テンポはテキスト由来の抑揚を尊重し、コラールの言語的アクセントをオルガンのフレーズに反映させます。

歴史的評価と受容

シューブラー・コラールはバッハ研究史の中で独特の位置を占めます。カンタータから器楽に転用された例として、バッハの編曲技術と器楽センスを知る上で貴重です。19世紀以降、多くのオルガニストや編曲家が取り上げ、録音史や演奏実践の発展にも寄与してきました。著名な録音ではヘルムート・ヴァルヒャ(Helmut Walcha)やマリー=クレール・アラン(Marie-Claire Alain)らの全作品録音にシューブラーが含まれ、20世紀のオルガン演奏史に深い影響を与えています。

楽譜と校訂版

原刊行譜は18世紀の印刷物で、現代の演奏者は校訂版や古楽器に基づく版を参照するのが一般的です。IMSLPなどで原典写しや現代版が入手可能であり、校訂者による解説や演奏上の注記も参考になります。版によっては装飾の扱いやリズム解釈に差異があるため、複数版を比較するのが望ましいでしょう。

聴きどころ・演奏上の注意点

  • コラール旋律の歌わせ方:声楽的なフレーズ感を大切にし、装飾やテンポの柔軟性を意識する。

  • 音色のレイヤリング:旋律と伴奏の音色を明確に分け、混濁しないようにする。

  • 対位法の線の独立性:内声の動きも意味を持つため、すべての線を均等に扱いつつバランスを取る。

  • 礼拝文脈の理解:原詩の内容(懺悔、待降、賛美など)を踏まえた解釈が説得力を生む。

まとめ:小品の中の大宇宙

シューブラー・コラール集は短い作品群ながら、バッハの宗教的感性、編曲技術、オルガン書法が凝縮されています。声楽から器楽への翻案を通じて、コラール旋律が持つ精神性と音楽的可能性が新たに照らし出されます。演奏・聴取の両面で、細部に宿る表現を深く味わうことのできるレパートリーと言えるでしょう。

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参考文献