バッハ:BWV870-893「平均律クラヴィーア曲集第2巻」を深掘りする—構造・歴史・演奏の名所と聴きどころ

序文:平均律第2巻が持つ意味

ヨハン・ゼバスティアン・バッハの「平均律クラヴィーア曲集第2巻」(BWV870–893)は、音楽史上における鍵盤作品の到達点の一つであり、作曲技法、調性理論、教育的意図が高度に結びついた作品群です。本稿では、第2巻の成立背景、構成、音楽的特徴、演奏と解釈のポイント、そして現代における受容と影響について詳しく掘り下げます。

成立と歴史的背景

第2巻は第1巻(初版的なまとまりは1722年頃に成立)から約二十年後にあたる1738年頃から1742年頃のあいだに作曲・整理されたと考えられています。正確な作曲年の特定は各曲ごとに異なり、一部は前作からの拡張や改訂、教養的・実験的な書き直しを経て第2巻に組み込まれました。ライプツィヒでの聖職者・教育者としての職務、さらには当時の鍵盤楽器(チェンバロやクラヴィコード等)の普及と調律技術の進展が背景にあります。

作品の構成—24の前奏曲とフーガ

第2巻は24の前奏曲(プレリュード)とフーガで構成され、長短調それぞれの全12調を網羅します。配列は第1巻同様、半音階的に長短を一対ずつ並べる形式(C major, C minor, C# major, C# minor…)を踏襲しています。各対の前奏曲は性格や技法が多様で、単純な伴奏型からリトルネロ風の変奏、さらには対位法的な前奏曲や即興的なトッカータ風のものまで含まれます。フーガは短い二声から複雑な多声まで幅があり、主題(テーマ)の素材処理と展開が卓越しています。

音楽的特徴と対位法の技巧

第2巻は第1巻と比較して、対位法的技巧や和声の実験性がいっそう顕著です。バッハはフーガの主題を対声的に高度に発展させるだけでなく、転調や調性間の移動、内声の独立性を強調して作品に豊かな立体感を与えています。前奏曲においても和声的な探求が見られ、時に大胆な和音進行や半音的装飾が用いられるため、曲集全体が「より成熟した理論的・表現的な場」となっています。

調律(平均律)とその意義

曲集のタイトルにある「平均律(well-tempered)」は、すべての調が実用的に使用可能である調律法を示します。18世紀初頭にはさまざまな「準平均」的な調律法が用いられており、完全な均等平均律(現代の12平均律)とは異なる微妙な色彩を持つものが存在しました。バッハがここで示したのは、全ての調で音楽的可能性を追求できるという理念であり、調律技術と作曲技法の融合がこの曲集の核心と言えます。

代表的な聴きどころ(いくつかの注目曲)

  • C major BWV870:素朴で明晰な前奏曲と、明確な対位法を持つフーガ。第2巻の冒頭を飾るにふさわしい、構造美を感じさせる作品です。
  • C minor BWV871:色彩的な和声と緊張感のあるフーガを備え、対比と表情の幅が大きい対です。
  • B minor BWV893(終曲):曲集を締めくくるに相応しい深い陰影と高度な書法を持ち、構築の妙と表現の深さが際立ちます。

(注:上記は聴きどころの一例であり、第2巻の各曲それぞれに固有の魅力と演奏上の課題があります。)

演奏と解釈のポイント

第2巻はチェンバロやクラヴィコード、現代ピアノいずれでも演奏されますが、楽器ごとに音色や表現法が大きく異なります。チェンバロは対位法の輪郭を明瞭にし、内声の独立性を際立たせます。クラヴィコードは微細な音量の変化や持続感で内面的な表現を得意とし、ピアノはダイナミクスの幅でドラマ性を強調できます。解釈上はテンポ設定、フレージング、アーティキュレーション、装飾の扱い(トリルや補助音等)に演奏者の判断が色濃く反映されます。

教育的・理論的な意義

バッハ自身の教育的意図は明確で、平均律は鍵盤奏者に対位法、和声進行、調の特性を体系的に学ばせるカリキュラムともなっています。和声進行の仕組み、転調技法、主題処理や模倣といった対位法の実例が豊富に含まれ、作曲や演奏の学習教材として今日でも高い価値を持ち続けています。

影響と受容

第2巻は同時代には部分的に知られていたものの、19世紀以降に広く評価されるようになりました。ベートーヴェンやショパン、より後の作曲家たちにも深い影響を与え、和声や形式に関する実践的な手引きとして位置づけられています。20世紀には古楽運動により原典に忠実な解釈や歴史的楽器での演奏が復興し、同時にピアノによる新たな解釈も確立されました。

レコーディングと参考となる演奏

第2巻は演奏解釈の幅が広く、複数の名盤があります。チェンバロではグスタフ・レオンハルトやラックス(G. Leonhardt, M. Gould等)の録音が歴史的に重要で、ピアノ演奏ではグレン・グールド(主に第1巻で有名)やクラシック・ピアノ奏者による多様な録音が参考になります。演奏を比較して聴くことで、各曲の可能性と解釈の多様性を実感できます。

現代への提言:聴き方と楽しみ方

平均律第2巻は集中して聴くことで新たな発見が得られる作品群です。初めは各前奏曲の音色や伴奏形、次にフーガの主題とその展開、さらに調ごとの色彩感に注目するとよいでしょう。演奏者ごとのテンポやアーティキュレーションの差を意識して聴き比べることも、作品理解を深める有効な手段です。

結び:学びと感動の連鎖

BWV870–893は、音楽理論と演奏表現が一体となった宝庫です。学術的な考察対象としてだけでなく、日常的に聴き、演奏して楽しめる音楽であることがこの曲集の強さです。初学者から研究者、演奏家まで幅広い層に継続して新たな洞察と感動を与え続けています。

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参考文献