バッハ BWV910–916:7つのトッカータ — 初期鍵盤作品の分析と演奏ガイド

概要:BWV910–916とは何か

BWV910–916にまとめられる「7つのトッカータ」は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの鍵盤作品群の中でも、初期の鍵盤トッカータ群として位置づけられる一連の作品です。各曲は即興風のトッカータ的部分と厳密な対位法的部分(フーガや模倣節)を交互に含むことが多く、バッハが後年に完成させる大規模な鍵盤合奏曲や平均律クラヴィーア曲集へとつながる作曲技法の萌芽を見せています。これらは必ずしも単一の自筆譜で伝わっているわけではなく、複数の写譜や版で残されているため、成立年代や版のテクストについてはいまだ研究が続いています。

成立と史的背景(年代と伝承)

7つのトッカータは、他の初期鍵盤曲と同様にバッハの若年期から青年期にかけて成立したとされ、正確な作曲年は文献・写本の比較によってしか推定できません。多くは自筆譜が欠け、弟子や写譜師、後世の版によって伝承されたため、版の相違や装飾の差異が存在します。作風からはイタリアや北ドイツの鍵盤音楽の影響(例:フレスコバルディ、ブクステフーデ的な即興的・幻想的要素)と、バロックのダンス型式や対位法の融合が読み取れます。

音楽的特徴:即興性と対位法の融合

これらのトッカータ群の共通点として、次のような特徴が挙げられます。

  • 即興的な序奏(トッカータ)と、明確に構築された模倣・フーガ的部分とのコントラスト。
  • 手の交錯や分散和音、速いパッセージを用いた virtuosic な要素。だが、単なる技巧誇示に終わらず、対位的な声部構成の中に機能的に組み込まれている。
  • 舞曲形式や短いリトルフーガ風の断片を取り込むなど、形式上の多様性。単一楽章として演奏されることもあれば、内部に複数の連続するセクションを持つものもある。
  • 鍵盤楽器への配慮。ハープシコードやクラヴィコードの特性を生かした音型や装飾が見られ、楽器によって演奏効果が大きく変わる。

個別の概観(曲ごとの特色)

ここでは便宜上各曲に見られる代表的な特色を概説します。なお、版や写本により細部は異なるため、最終的には信頼できる校訂譜(Neue Bach-Ausgabe など)を参照してください。

  • 初期的で自由な序奏に続いて、明快な対位法へと展開するもの:トッカータ的導入が長く続く一方で、まとまった模倣部へ進む作曲法が典型的です。
  • 舞曲的リズムを取り入れる作品:トッカータの即興的要素と結びついた短い舞曲的エピソード(ガヴォット風やジグ風)が挿入され、性格の対比を生みます。
  • 緊張と解放を反復する構成:連続する速いパッセージと和声の安定部が交互に現れ、聴き手に抑揚を与える技法が多用されています。

演奏上の考察(楽器・タッチ・装飾)

これらのトッカータはハープシコード、クラヴィコード、場合によっては小型のチェンバロで演奏されることが想定されます。現代ピアノでの演奏も可能ですが、以下の点を考慮するとよりバッハ的な解釈に近づけます。

  • 音色とタッチ:ハープシコードではアーティキュレーションと音色の差を、クラヴィコードでは微細なダイナミクスと感情表現を生かして、トッカータの即興的性格を引き出す。
  • 装飾と実行:バッハの装飾語法(オルナメント)は版ごとに差異があるため、校訂譜や古い写譜にある符号を参考にする。過度なロマンティックなルバートやペダルの多用は避け、拍節感と対位法の明瞭性を優先する。
  • テンポ感:急速なパッセージはしばしばテンポよりもモーション(内的推進)で管理する。遅めのトッカータ導入部は即興的な呼吸を持たせつつも、模倣部に入る際には構築感を取り戻す。
  • 手の分割と声部の明瞭化:対位法的な箇所では声部の独立性を保ち、主要声部を浮かび上がらせるためのタッチと指使いを工夫する。

版と校訂:どの版を選ぶか

BWV910–916は写本や初期版の差異が存在するため、演奏・研究にあたっては信頼できる校訂版(Neue Bach-Ausgabe など)を基準にすることが推奨されます。歴史的写本を併用することで、各トッカータの装飾やアーティキュレーションの候補を比較し、演奏者自身の解釈に反映させることが重要です。近年の研究では、写本ごとの異同を検討して作曲年代や成立経緯を再評価する動きもあります。

音楽史的意義と受容

これらの初期トッカータ群は、バッハが若い頃に身につけた多様な様式(イタリアの即興的技巧、北ドイツの幻想的伝統、フランスの舞曲的資質)を実験的に融合した成果とみなせます。後年の巨大な対位法的仕事(平均律やフーガ集など)への橋渡しとなる重要な断片を含み、研究者や演奏家にとってはバッハの様式発展を考える手掛かりを与えてくれます。また現代のリスナーには、後期バッハの厳格さとは異なる自由で生き生きとした表情が新鮮に響きます。

演奏プラクティスの提案(実践ガイド)

  • 楽器選択:原則としてハープシコードかクラヴィコードでの演奏を試み、現代ピアノではアーティキュレーションと装飾を意識して表現する。
  • 装飾の扱い:版のオルナメント表記を尊重し、資料にない装飾を挿入する際は様式に即した短いトリルやモルデントに留める。
  • リハーサルの優先事項:対位法の明瞭化(各声部の独立)、右手と左手のバランス、テンポの一定感と内部的推進力の確保。
  • 録音・公演での配慮:複数の版差を把握し、プログラムノートでどの版を参考にしたか明記すると好ましい。

まとめ:この7曲が教えてくれること

BWV910–916は、バッハが鍵盤音楽で試みた多様な表現と技法の集積であり、即興性と厳密な対位法が共存するところに大きな魅力があります。演奏する際には、版の差異を把握し、器楽的特性を活かすことで、現代の聴衆にも新鮮な感動を届けられます。学術的・実践的両面で奥行きの深いレパートリーであるため、研究者や演奏家が繰り返し取り組む価値のある作品群です。

エバープレイの中古レコード通販ショップ

エバープレイでは中古レコードのオンライン販売を行っております。
是非一度ご覧ください。

エバープレイオンラインショップのバナー

また、レコードの宅配買取も行っております。
ダンボールにレコードを詰めて宅配業者を待つだけで簡単にレコードが売れちゃいます。
是非ご利用ください。
https://everplay.jp/delivery

参考文献