バッハ BWV922『前奏曲(幻想曲)イ短調』を深掘り:構造・和声・演奏のポイント

序章:BWV922とは何か

BWV922(Präludium / Fantasia in a-Moll)は、伝統的にヨハン・ゼバスティアン・バッハに帰されている鍵盤作品で、短いながらも濃密な表現をもつ短調の前奏曲(幻想曲)です。作品番号からわかるように、平均律クラヴィーア曲集(BWV846–893)には含まれない雑多な鍵盤作品群に属し、成立年代や伝承史については厳密な記録が残っていないため「成立は不詳」とするのが一般的です。そのためしばしば早期作品群や練習用のために書かれた諸作品とともに論じられますが、内容の音楽的完成度は高く、演奏レパートリーとしても愛好されています。

成立と来歴(概要)

創作年は明確でないものの、BWV922はバッハが鍵盤教師として活動していた時期、あるいはヴィルヘルム・フリーデマンら子どもたちのためのクリスタル集(Klavierbüchlein)に関連する作品群と同時期に生まれた可能性が指摘されています。手稿の伝来や版の変遷が断片的なため、写譜者や版による表記の差異があり、演奏上の解釈の幅を広げています。一般にはバッハ研究の標準カタログ(BWV: Schmieder)に収録され、近代の校訂版やオンライン・スコアで入手可能です。

楽曲の概観:形式と表情

BWV922は短い一楽章形式の前奏曲(幻想曲)で、即興的かつ自由な幻想曲的性格を持ちます。楽想はしばしば流れるような分散和音や内声の対位的動き、そして叙情的な主題断片によって構成され、即興性を装った継起と再帰(回帰)で全体が纏められます。調はイ短調で、基本的には短調特有の悲感や厳しさを保ちながらも、随所に長調への転調や短い救済的な和声が差し挟まれることで劇的な起伏を生み出します。

和声的特徴と対位法的側面

この作品の和声語法はバロック後期の機能和声的手法を踏襲しつつ、しばしば装飾的・線的要素を優先させます。以下の点が特徴的です。

  • 分散和音と内声の独立:右手のアーギュメント(流れる分散和音)と左手の低音ラインが独立した役割を持ち、右手の中に現れる内声が対位的に動くことで和声進行以上の豊かなテクスチュアが形成されます。
  • 短調内でのモーダル色と短い長調化:イ短調の主和音・属和音を基軸に、平行長調や三度の関係で短い長調への転換が用いられ、感情的な緩和や暫定的な光明を生みます。
  • 装飾と解決の効果:終止や接続部でしばしば装飾的な助走(経過和音や非和声音)が用いられ、それが緊張と解放のサイクルを強調します。
  • 自由なリズム感:幻想曲的語法に伴い、律動の自由さ(拍の伸縮やフレージングの柔軟性)が書法的にも求められ、演奏解釈に幅を与えます。

楽曲構成を段階的に読む

楽曲を大まかに分割すると、以下のような段階が見えてきます。

  • 導入部(序句):しばしば簡潔な動機が提示され、楽想の語り口が決定されます。ここで示される分散和音の形がその後の展開の基礎となります。
  • 展開部:導入の動機が転調や断片化を通じて多様に展開され、対位法的な応答やシークエンス(動機の階梯的進行)が現れます。
  • 再現的要素と終結:出発点の調性(イ短調)に回帰し、短いが確実な終止で締めくくられます。終結にはしばしば短いカデンツやオルメンタルな終結句が伴います。

演奏上のポイントと解釈

BWV922は楽譜上の情報が相対的に少ないため、演奏者の解釈が音楽に直結します。主要なポイントは以下の通りです。

  • テンポと大局感:幻想曲的性格を活かすために、テンポはあまり厳格に速くせず、フレージングごとの重心移動を意識した緩急をつけることが有効です。ただし遅すぎると流れを失い、冗長になるので注意します。
  • 声部のバランス:内声の動きや低声音を明確にし、単なる右手の装飾に終わらせないこと。特に和声的転換点ではベースラインの重みを出すことで和声の機能が明瞭になります。
  • 装飾とルバート:装飾音(トリルやモルデント)は文献や様式に即した控えめなものが望ましく、過度なロマン派的処理は避けるのが一般的です。ルバート(表情的な拍の揺れ)は句読点的に用いると効果的です。
  • 男声・女声の歌い分け:歌唱的な楽句と技術的な分散和音を対比させ、旋律線が歌う箇所はレガート、装飾的なパッセージはやや分離をつけるなど、対照を明確にします。

版・校訂とスコア入手

BWV922の楽譜は複数の校訂版が存在し、オンラインではIMSLPやBach Digitalなどで手稿や写譜の画像、近代校訂が参照できます。近代校訂(例えばNeue Bach-Ausgabeや信頼できるピアノ用校訂)を参照することで、写譜の差異や装飾の表記についての判断材料を得られます。演奏用には原典版に忠実な校訂を基礎に、歴史的演奏慣習を加味して解釈を構築するのが良いでしょう。

教育的・学習上の位置づけ

BWV922は技術的ハードルが極端に高いわけではないものの、表現とテクスチュアの処理を学ぶには格好の教材です。分散和音のコントロール、内声の輪郭化、フレージングと呼吸感の付与、短調のハーモニー感覚の育成といった点で、古典的鍵盤奏法の基礎訓練に寄与します。また、幻想曲的性格を理解することで、より自由な即興的音楽観を養うことができます。

代表的な録音と聴きどころ

BWV922はソロ鍵盤の録音が複数存在し、チェンバロ・フォルテピアノ・モダンピアノそれぞれで異なる魅力が引き出されます。チェンバロでは透明な声部分離、フォルテピアノでは歴史的ダイナミクスの幅、モダンピアノでは持続と色彩感が特徴となります。聴く際は以下の点に注目してください。

  • どの声部が旋律を担っているかの聞き取り
  • 転調部での和声的緊張と解放の描写
  • 装飾の扱いとルバートの使い方が楽曲の性格にどう寄与しているか

楽曲の位置づけとまとめ

短い一篇ながらBWV922は、バッハの鍵盤語法の要素—分散和音、内声の対位性、自由な幻想的構築—を濃縮して示す作品です。成立史は必ずしも明瞭ではないものの、演奏・教育・研究の各面で価値が高く、さまざまな解釈の余地を残す点が魅力です。原典資料と優れた校訂版に当たり、音楽的な“語り”を大切にしながら演奏・聴取することを勧めます。

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参考文献