バッハ:BWV947 フーガ イ短調の深層 — 成立・分析・演奏ガイド

作品概要

BWV 947「フーガ イ短調」は、短調の色彩を帯びた鍵盤用のフーガ作品としてカタログに記載されています。一般に「バッハ作」として伝わってきたものの、原典(自筆譜)が確認されていないことから、その作曲者・成立時期については学界で議論が続いています。伝承資料は写譜本に依拠しており、バッハの弟子や同時代の写譜家による筆写が伝える形で現存するため、作曲者帰属に慎重な見方が必要です。

成立と資料的背景

BWVカタログに番号づけされている本作は、バッハ作品群の中で「鍵盤用の小品」として扱われることが多く、写譜や版によって流通してきました。自筆譜が見つかっていないため、成立年代の特定も難しく、バロック後期の鍵盤音楽の流れの中に位置づけられるという程度の一般的判断に留まります。

こうした事情は、バッハ周辺に多くいた作曲家や弟子たち(例えばヴァルターやクレプスなど)の作品が写譜を通じて流通した実態とも符合します。したがって作品研究では、和声や対位法の様式、主題の語法、転調の仕方など内的な音楽言語の分析が重要になります。

形式と音楽的特徴(聴きどころ)

BWV 947 は短調のフーガということで、一般的なバロック・フーガの構造的要素が期待されます。具体的には以下の点に注目すると作品理解が深まります。

  • 主題(テーマ)の性格:短調のフーガ主題は、しばしば跳躍と隣接音を織り交ぜた緊張感ある輪郭をもち、短調特有の半音進行や増三和音的な響きを含むことがあります。主題のリズムや輪郭がその後の対位素材やエピソードを規定します。
  • 模倣と対位の仕掛け:主題の模倣(回答)や対旋律(カウンタージェクト)の導入の仕方、さらには逆行・増高・縮小などの技巧的変形が登場するかを追うことで、作曲上の巧緻さが見えてきます。
  • 調性と転調の構造:イ短調というトニックのまわりで、どのような近親調(ハ長調、ホ短調、ホ長調など)や属調への転調を経るか、また短調的な色合いを保つための和声的処理(和声の借用、並行和音の使用など)に注目してください。
  • エピソードとコントラスト:主題の提示部とそれに続くエピソード(主題が直接現れない部分)の役割、シーケンスやモチーフの発展による推進力の作り方を探ると、楽曲の構築原理が明確になります。

対位法的観点からの読み解き

フーガ研究の視点では、主題の扱い方(完全反復か変形か)、回答が正格(調性的)か移調(転調)か、そしてコモンバス的な要素の有無が鍵となります。BWV 947 のように自筆がない作品では、これら内部証拠が作者や成立年代の推定材料になります。対位法の技巧(ストレートな模倣だけでなく、転回・拡大・縮小・スタッカートやアクセントによるニュアンス付与など)を丁寧に追うと、作曲者のスタイルや時代感覚が透けて見えてきます。

演奏上の実践的ポイント

本作を演奏する際の注意点は、次のような点に集約できます。

  • 音色と登録(チェンバロ・オルガン・ピアノ):チェンバロや古楽器で演奏する場合は明晰なアーティキュレーションと声部の分離を重視し、オルガンでは持続音と加減音を活かした声部のバランシングが肝要です。モダンピアノではペダリングに注意し、対位線が濁らないよう短めのペダルや指使いでクリアに保つのが望ましいでしょう。
  • テンポ設定:フーガのテンポは主題の性格や構成によって決まります。あまり遅くし過ぎると対位の流れが途切れ、速すぎると音型が潰れてしまいます。各声部の入口が聞こえるぎりぎりの速さを基準に試みてください。
  • 声部の明確化とフレージング:三声以上の書法であれば各声部の独立性を保ちながら、主題が提示されるたびにそれが聴き手に明確に届くようダイナミクスとタッチで区別します。装飾や接続句は過度に加えず、バロック的な慣習に従った節度が求められます。
  • 表情の付け方:短調フーガでは嘆きや内省といった感情が背景にあることが多いですが、過剰なロマンティシズムを避け、和声的緊張と解決の輪郭に従って抑制された表情を心がけると作品の骨格が際立ちます。

聴き方のヒントと比較の視点

本作を聴く際は、まず主題の輪郭をつかみ、各声部の入口とその変形を追うことを勧めます。中間部分のエピソードがどのように主題材料を発展させているか、最後の総括部(カダンツァやコーダに相当する部分)がどのように主題を回収して終結へ向かうかを注視してください。

複数の録音を比較する際は以下の点をチェックすると面白い対照が得られます:

  • 楽器と演奏様式(古楽器チェンバロかモダンピアノか)による音色とテンポの違い。
  • 声部間のバランスの取り方(主題を前に出す設計か、全体の編成感を重視するか)。
  • 解釈上の選択(装飾の有無、テンポルバリエーション、ペダリングなど)。

学術的注記と帰属問題

BWV 947 のように写譜資料のみが伝わる作品は、作曲者帰属問題が避けられません。現代のBach研究は、様式分析・筆写者研究・写譜の由来調査などを組み合わせて帰属の可能性を議論しますが、確定には慎重です。本稿では「伝承上はバッハに結び付けられているが、原典が欠けるため作曲者は疑義がある」と表現するのが適切だと考えます。

まとめ:なぜこの作品を聴くべきか

BWV 947 は、短調フーガならではの緊張感と対位法の魅力を手軽に味わえる作品です。作曲者帰属に議論があること自体も音楽史的に興味深く、バロック鍵盤音楽の伝承や写譜文化を考えるきっかけになります。演奏・鑑賞の両面で、主題の追跡と声部の独立性に注目して聴くと、作品の深みがよりはっきり感じられるでしょう。

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参考文献