バッハ BWV978 協奏曲第7番 ヘ長調 — 作曲背景・構造・演奏ガイドの徹底解説
概要:BWV978とは何か
BWV978(協奏曲第7番 ヘ長調)は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが鍵盤楽器(当時はクラヴィーア、ハープシコードなど)用に編曲した協奏曲の一曲で、BWV972〜987のグループに含まれる協奏曲写譜(コンチェルト・トランスクリプション)の一つです。これらの編曲群は主にイタリアの協奏曲様式、特にアントニオ・ヴィヴァルディらの作風から強い影響を受けており、バッハがイタリアン・リトルネット(リトルネットー)や協奏曲形式を鍵盤楽器のために再解釈した重要な成果とされています。
作成年代と歴史的背景
一般に、BWV972〜987に分類される鍵盤協奏曲の編曲は、バッハがヴァイマル在職中(おおむね1713年頃)に行われたと考えられています。ヴァイマル時代はバッハがイタリア様式の管弦楽曲に触れ、その要素を学んだ時期であり、これらの協奏曲の鍵盤編曲はその学習と実践の一部と見なされています。ヴィヴァルディのオペラや協奏曲集(例:L'estro armonico op.3)などが直接のモデルになっているものも多いですが、すべてのトランスクリプションの原曲が確定しているわけではなく、BWV978についても元の独立した原曲が明確に同定されていない可能性があります。
写本と版(資料的根拠)
- 現存資料は主に手写譜で、バッハ自身の自筆譜や門人による筆写譜が含まれることが多いのが特徴です。
- これらの写本群は作品の成立時期や編曲の手法を考える上で重要であり、音楽学的研究や校訂版(Neue Bach-Ausgabeなど)による検証が進められています。
- 原曲が判明している作品では、オーケストラの素材が鍵盤的テクスチュアに移し替えられている点が確認できますが、BWV978の出自については慎重な議論が残っています。
楽曲構成と形式的特徴
バロック期の協奏曲に典型的な3楽章構成(速—遅—速)を採るものが多く、BWV978も例外ではありません。次に各楽章の一般的な特徴を示します(原典のテンポ記号や小節感は版や校訂によって表記差異がありますので、版に基づく確認が必要です)。
第1楽章(速) — リトルネット形式の導入
第1楽章はリトルネット(ritornello)形式の影響を受けた書法が多く見られます。これはオーケストラが導入主題(リトルネット)を提示し、ソロ(ここでは鍵盤)がそれに応答して展開するという、ヴァイオリン協奏曲からの典型的手法を鍵盤に適用したものです。鍵盤用に編曲される際、オーケストラの対位的な線を鍵盤で凝縮し、両手にわたる流麗な分散和音や連続的なパッセージで表現することが多く、即興的な装飾(トリルやモルディング)を施す余地が生じます。
第2楽章(遅) — 歌唱的で情緒的な中間楽章
中間楽章はしばしば簡潔で歌唱的、かつ和声の深まりが特徴です。ここでは鍵盤のメロディーラインが伴奏に対して際立つように編曲され、長い連結音形や休符による間(ま)を利用した表現が求められます。伴奏はアルバム・スタイル(伴奏パターン)やペダル的な持続音を用いる場合があり、演奏者はフレーズ感と内声の均衡に注意を払う必要があります。
第3楽章(速) — 締めくくりの活気
終楽章は通常、快速な舞曲風またはリトルネットの反復的な性格を持ち、活力ある終結へと向かいます。鍵盤編曲ではオーケストラ的な対話が短く凝縮され、技巧的なフィギュレーションが目立ちます。ここではバッハの対位法的技巧とダイナミックなリズム推進力が発揮されます。
楽曲分析(和声・対位法・モチーフ)
BWV978に限らず、バッハの鍵盤協奏曲編曲では以下のような音楽言語が確認できます。
- 和声進行:典型的なバロックの機能和声に加え、転調や短調への挿入で緊張を作る手法が用いられる。
- 対位法:オーケストラ的対位線を鍵盤上で再現するため、左手に独立したベースあるいは対旋律が現れる。
- モチーフの操作:リトルネット主題が断片化され、シーケンスや転回、増幅などの手法で発展させられる。
演奏上の実践的ポイント
- 楽器選択:歴史的にはハープシコードやクラヴィコードが想定されますが、モダン・ピアノでも演奏されることが多いです。楽器に応じてタッチやルバート、ペダリングの扱いを変える必要があります。
- テンポ設定:楽章ごとの性格に応じて、速楽章は推進力と明瞭さ、遅楽章はフレージングと音色の均衡を重視します。史料に基づく厳密なテンポ指定は少ないため、様々な解釈が許容されます。
- 装飾とオルナメント:バッハ時代の慣習に則したトリルやモルデントを用いる場合、楽曲の語法とフレーズの方向性を損なわないよう配慮してください。過度な誇張は原曲の構造を曖昧にしてしまいます。
- アンサンブル:オーケストラ伴奏がある場合、通奏低音(チェンバロ/オルガン)とソロ鍵盤の役割分担を明確に。バランス調整は鍵盤の音量がオーケストラに埋もれないようにする一方、合奏的応答を活かすことが重要です。
他の作品との比較・位置づけ
BWV972〜987群はヴィヴァルディ様式の学習と再解釈の場であり、BWV978もその系譜の中で位置づけられます。ヴィヴァルディ由来の原曲がある編曲では、バッハはオリジナルの構造を尊重しつつ、独自の対位法的処理や和声の深みを付加しています。これにより単なる写しではなく“バッハ版”としての音楽的価値が成立しています。
録音と演奏史(入門推薦盤)
BWV978は鍵盤協奏曲群の一部として様々な録音があります。歴史的演奏(ハープシコード)を志向する録音と、モダン・ピアノでの解釈が混在しています。入門者には以下のような演奏を聴き比べることをおすすめします。
- ハープシコード/ピリオド楽器による演奏:バロック演奏のテイスト、装飾やアーティキュレーションの歴史的慣習を重視した解釈が学べます。
- モダン・ピアノによる演奏:ピアノならではのダイナミクスや色彩感を活かしたロマン的解釈が特徴。表現の幅が広く、和声の豊かさが際立ちます。
聞きどころガイド(初見で注意したい点)
- 第1楽章のリトルネットたる主題がどのように変奏・配分されるかを追うと構成感が把握しやすい。
- 第2楽章では旋律の歌わせ方、間(ま)の取り方に注目。伴奏の繰り返しや持続音が表情を作る。
- 第3楽章はリズム感と対位法的エネルギーに着目。小さなモチーフの反復が全体のダイナミズムを支える。
校訂版・楽譜入手について
学術的に校訂された楽譜は、Neue Bach-Ausgabe(新バッハ全集)や信頼できる出版社の演奏用版を参照することを推奨します。原典版や逐語訳的な版と比較することで、奏者は音符の意味や発想の起点を正確に掴めます。また、公開ドメインの写譜(IMSLPなど)も参考になりますが、版ごとの差異に注意してください。
まとめ:BWV978が教えてくれること
BWV978はバッハの学習過程およびイタリア協奏曲様式の内面化を示す重要な作品群の一部です。鍵盤への編曲を通じて、オーケストラ的な対位法やリトルネット構造を鍵盤表現に移し替える巧みさが光ります。演奏者・聴衆ともに、原曲の可能性とバッハ固有の処理(対位法、和声の充実、装飾の意図)を感じ取り、時代の様式とバッハの個性を同時に味わうことができるでしょう。
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参考文献
- Wikipedia: Keyboard concertos by Johann Sebastian Bach
- IMSLP: Concerto in F major, BWV 978 (score and parts)
- Bach Digital(総合データベース)
- Bärenreiter / Neue Bach-Ausgabe(校訂版情報)
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