バッハ BWV 983(協奏曲第12番 ト短調)――作品の背景と深掘りガイド
イントロダクション
バッハのBWV 983(一般に『協奏曲第12番 ト短調』と呼ばれることがある)は、バロック期の鍵盤協奏曲群の一部として位置づけられる作品です。現代の番号付けや呼称は編集上の便宜によるものであり、作品の成立過程や原曲の有無、あるいは編曲元の特定については必ずしも明瞭ではありません。本稿では、史的背景、楽曲構造、様式的特徴、演奏上の注意点、そして研究上の論点をできるだけ厳密に整理し、BWV 983を深く理解するための道筋を示します。
BWV番号と『協奏曲第12番』の呼称について
まず整理しておきたいのは、BWV番号は作曲年代順ではなくジャンル別のカタログ番号であるということです。BWV 972〜987の範囲は鍵盤協奏曲や鍵盤用の協奏曲編曲群にあたり、これらはしばしば編曲(transcription)とオリジナルの混在するコレクションとして研究されています。したがって『協奏曲第12番』という通称は編集上の通し番号であり、バッハ自身がそのように題していたわけではありません。
史的背景と伝承
バッハは若い頃からイタリア楽派、特にヴィヴァルディの協奏曲様式に学び、後年にその協奏曲を鍵盤用に編曲する作業を行いました。BWV 972〜978などはヴィヴァルディ作品の編曲例として明確に源が特定されていますが、BWV 983については編曲元が特定できないか、あるいはバッハ自身の独自的発展が強く残る作品である可能性が指摘されています。本文献は写本伝承に頼る部分が大きく、正確な作成年代や原曲の位置づけについては研究者の間で慎重な議論が続いています。
編成と演奏上の前提
BWV 983を含む鍵盤協奏曲群は、基本的に鍵盤独奏(バッハの時代にはチェンバロ)と弦楽合奏+通奏低音という編成を想定しています。現代においては歴史的演奏法に基づくチェンバロ演奏に加え、フォルテピアノやコンサートグランドピアノでの演奏も多く、曲想や解釈により多様な表現が可能です。楽器選択、テンポ、装飾音の扱い、通奏低音の実体(チェロとリュート/アークール、オルガンなど)といった要素が演奏の性格を大きく左右します。
形式と様式的特徴(概観)
BWV 983に限らず、バロックの鍵盤協奏曲では三楽章(速―緩―速)の構成が基本です。第1楽章では協奏様式の典型であるリトルネル(ritornello)形式が用いられ、合奏(tutti)の主題と独奏(solo)の応答が交互に現れることで対比と発展が生まれます。第2楽章は歌唱的で内省的な緩徐楽章、第3楽章は舞曲的なリズムや技巧的なパッセージを伴うことが多い、というのが一般的な特徴です。
楽曲分析の視点(深掘り)
- モティーフと融着:バッハは短い動機素材を徹底的に再利用し、転調や対位法的な拡大によって楽曲全体を構築します。BWV 983でも短いリズム型や不連続な跳躍が主題化され、それが独奏部で装飾的に展開される様子が想定されます。
- 調性と和声進行:ト短調という短調のカラーは、短調特有の対比(和声的短調→平行調や属調への展開)を用いた抒情性と緊張感の構造に適しています。中間部での平行長調への短い遷移や、終結部でのドミナント処理により、劇的な高まりを作ることが多いです。
- リトルネルと独奏の役割分担:合奏のリトルネル主題は楽曲の構造的支柱として機能し、独奏部はその主題を補注・展開・装飾する役割を担います。バッハは時に独奏に対位主題を与え、単なる装飾以上の積極的な対話を成立させます。
- 対位法的要素:協奏様式の中にもバッハらしい対位的技巧が浸透しており、左手内声や通奏低音と独奏旋律の間で模倣が行われる場面が存在します。これが音楽の深層的な連続性と論理性を生み出します。
演奏実践上のポイント
- テンポ設定はスタイルの根本。急楽章では舞踏性と機械的精度の均衡を、緩楽章では歌を中心にしたフレージングを重視する。
- 装飾は原典の符頭や短いトリル記号を出発点とし、様式に即した補筆(装飾の付加)を行う場合でも過度なロマンティック化は避ける。
- 通奏低音の実体をどう確定するか(オルガンかチェロ+リュート、あるいはバロック・チェロ群か)はアンサンブル全体の音色とリズム感に直結する。
- モダンピアノで演奏する場合、装飾とレガートの処理、ペダリングをどの程度抑制してバロック的な軽やかさを保つかが鍵となる。
解釈上の諸問題と研究動向
BWV 983を含む鍵盤協奏曲群では、原曲が他者の協奏曲であるのか、あるいはバッハ自身の創作なのかの判別が重要なテーマです。写本の差異、筆者の異同、伴奏の省略や補筆の有無など、テクスト批判的な処理が必須です。また、近年の演奏史研究は「鍵盤協奏曲はバッハの教育教材としての側面も持つ」と指摘しており、技術的訓練と音楽的発展を同時に実現する作品群として見る視座が広まりつつあります。
レコメンデーション(聴きどころ)
BWV 983を初めて聴く際には、以下の点に注意して聴くと理解が深まります。まず合奏リトルネルの主題の“骨格”を追い、その変奏として現れる独奏の装飾がどのように主題を変容させているかを確認すること。次に和声進行の転換点(特に短調から長調への一時的な転換)での表情の変化を聴き取り、最後にリズム的な推進力と対位法的な細部が楽曲全体の論理をどのように支えているかを俯瞰すると、バッハの構築力が実感できます。
結び
BWV 983は、バッハの鍵盤協奏曲群に内在する複層的な魅力を示す作品であり、史的検証と演奏上の工夫によって新たな側面が常に発見される余地を残しています。本稿が、楽曲の理解を深め、実演や鑑賞に役立つ指針となれば幸いです。
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参考文献
- Keyboard concertos by J. S. Bach — Wikipedia(鍵盤協奏曲群の概説。各BWVの背景参照)
- IMSLP:BWV 983 検索結果(楽譜・写本の参照に便利)
- Bach Digital(バッハ作品に関するデジタルライブラリ。原典資料・写本情報の検索に有用)
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