バッハ BWV 984 ― 協奏曲第13番 ハ長調:成立・構造・演奏の深堀り

概要

BWV 984(協奏曲 ハ長調)は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハがハープシコード用に編曲した協奏曲群(一般にBWV 972–987としてまとめられる作品群)の一つとして位置づけられています。これらの編曲は主にヴィヴァルディらイタリアの協奏曲をモデルに、バッハがヴァイマル時代(1713–1714年頃)に手を加えたと考えられており、BWV 984もその一環として伝えられています。ハ長調という明るい調性を持ち、典型的な〈速—緩—速〉の三楽章構成をとる点でイタリアン・コンチェルトの伝統に則っています。

成立と来歴

Bachはヴァイマル時代にイタリア協奏曲を研究し、多数の管弦楽曲を自らの鍵盤用に写し、改編しました。BWV 984はその中の一曲であり、原曲(オリジナルの合奏協奏曲)が誰によるものか、あるいは原曲が完全に現存するかについては必ずしも明瞭ではありません。多くの編曲ではヴィヴァルディや同時代イタリア作曲家の影響が顕著ですが、BWV 984に関しては原曲が特定されていないか、少なくとも広く一致した同定がなされていないことがある点に注意が必要です。

編成と楽器的特徴

原作が合奏協奏曲であれば、もともと弦楽器群と通奏低音のために書かれた音楽が、バッハによって独奏チェンバロ(当時はハープシコードやチェンバロ)が主役となるように編曲されています。鍵盤用編曲では、オーケストラ的なリトルネル(合奏のリフレイン)と独奏ソロ部分が鍵盤の技法によって再現され、スケールやアルペジオ、トリル、速い跳躍を多用することで独奏効果を強調します。チェンバロのピアノフォルテのような動的な音量差は得られないため、音色やタッチ、アーティキュレーションで対比をつける演奏技術が重要になります。

楽曲構成と分析(楽章ごと)

  • 第1楽章(速)

    典型的なリトルネル形式に基づく活発な第1楽章は、明快な主題(リトルネル主題)が合奏によって提示され、それが独奏的なエピソードへと展開されます。ハ長調の明るさを活かしたトニック—ドミナント中心の推進力が作品を牽引し、鍵盤では快速なスケールやアルペジオ、スタッカート的な切れ味が効果的に用いられます。バッハは合奏的な反復材料を巧みに鍵盤へ移し替え、独奏者にとって技巧性と音楽性の両方が問われる書法にしています。

  • 第2楽章(緩)

    中間楽章は歌謡的で内省的な性格を持ち、しばしば通奏低音と単旋律的なソロとの対話が中心になります。鍵盤への編曲では、原曲の歌うような弦の線を鍵盤で模倣し、装飾やスラー、トリル類を用いることで持続音の表情を工夫します。和声進行は比較的単純に見えて、細かな転調や短いモティーフの反復によって深い感情表現を生み出します。

  • 第3楽章(速)

    終楽章は再び活力に満ちたリズムで、舞曲的な性格やフィーゴレット的な跳躍を含むことが多いです。フィナーレらしく主題の変奏や対位法的な絡みを含み、独奏鍵盤の即興的な装飾やカデンツァ風の部分が効果を発揮します。全体として均整の取れた締めくくりを提供します。

作曲技法とバッハ独自の介入

BWV 984を含む編曲群でバッハは単なる写し手にとどまらず、和声の増強や対位法的挿入、鍵盤向けの即興的技巧(パッセージワーク、分割された和音、装飾的パッセージ)を加えています。これにより、原曲の構造的骨格は残しつつも、鍵盤曲としての独自性が際立ちます。また、リトルネル形式の繰り返しと変奏を通じて、バロック的な形式感と即興性のバランスが取られています。

演奏上のポイント(実践的アドバイス)

  • タクトとテンポ:バロックの協奏曲的速さはモダンなテンポ感と異なります。第1・第3楽章はテンポ感の揺らぎを抑えつつも、リトルネルの推進力を保つことが重要です。第2楽章は呼吸を感じさせるテンポ設定とし、装飾は歌唱的に扱います。
  • アーティキュレーションと装飾:チェンバロは音量差が小さいため、スラー、スタッカート、指使いの工夫でフレーズを描くこと。トリルやモルデント等の装飾は史料に基づき適度に用い、過剰な浪費を避ける。
  • 音色とレジストレーション:使用楽器(チェンバロ、フォルテピアノ、現代ピアノ)によって音色戦略が異なります。チェンバロではクリアなタッチとペダルレスの表現、フォルテピアノではダイナミクスを活かした造形が可能です。現代ピアノで演奏する場合はバロック的な語法を意識してレガートとアーティキュレーションを調整します。
  • アンサンブル:オーケストラ原型を想定する演奏では、弦群と独奏鍵盤のバランスが重要です。通奏低音(チェロ・バスーン等)との呼吸合わせを密にし、合奏リトルネル部分では鋭いリズム感と統一された音色を保ちます。

版と校訂について

BWV 984のテクストは写本資料に基づくものが中心で、近現代の校訂版(Bärenreiter、Henle等)で整理されています。校訂者は原曲の奏法や音の配列を推定して鍵盤向けに再構成しているため、演奏者は複数の校訂を比較して解釈を固めることが望ましいです。新バッハ全集(Neue Bach-Ausgabe)や主要な古楽出版社の版を参照すると、写譜の相違点や編集方針を確認できます。

聴きどころと現代的評価

BWV 984は、バッハがイタリアン協奏曲のエネルギーを吸収して自らの語法と融合させた過程を示す重要な証拠です。音楽史的にはバッハのオーケストラ楽曲理解、そして後の鍵盤協奏曲(バッハ自身による鍵盤協奏の成立)に影響を与えたと評価されます。聴きどころとしては、リトルネル主題の受け渡し、鍵盤における合奏的表現の再現、緩抒楽章の歌い回し、終楽章の機知に富んだリズム処理などが挙げられます。

おすすめの聴き方と録音選び

原曲のスペクトラムが不明確な作品ほど、演奏解釈の幅が広く、チェンバロ(古楽)による演奏とピアノ(モダン楽器)による演奏でまったく異なる魅力が出ます。まずは古楽器(チェンバロ+弦楽合奏)による歴史的演奏法に基づく録音で作品の骨格をつかみ、その後にモダンなピアノ解釈や他の校訂版を比較することで、作品理解が深まります。歴史的に名高い演奏家や団体の全集録音や、鍵盤作品の専門家による録音は参考になります(例:チェンバロ奏者や古楽アンサンブルの全集録音を探すと良いでしょう)。

学術的な位置づけと影響

BWV 984は、バッハの編曲活動という観点からは「教材的」側面も持ちます。バッハはイタリアン・コンチェルトを研究することで、同時代の形式や和声、対位法を習得し、それを自作や後年の鍵盤協奏曲に反映させました。したがって本作は単なる写しではなく、学習と創造の交差点にある作品として位置づけられます。

まとめ

BWV 984(協奏曲 ハ長調)は、バッハがイタリアの協奏曲様式を取り入れ、鍵盤向けに再構築した一例です。原曲の同定が難しい部分はあるものの、作品自体は明快な構造、美しい歌心、鍵盤ならではの技巧性を兼ね備えています。演奏・聴取の際は、版の差異、楽器選択、テンポ設定、装飾の使い方に注意を払い、複数の録音や版を比較することが深い理解につながります。

エバープレイの中古レコード通販ショップ

エバープレイでは中古レコードのオンライン販売を行っております。
是非一度ご覧ください。

エバープレイオンラインショップのバナー

また、レコードの宅配買取も行っております。
ダンボールにレコードを詰めて宅配業者を待つだけで簡単にレコードが売れちゃいます。
是非ご利用ください。
https://everplay.jp/delivery

参考文献