バッハ「ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ第1番 BWV 1027」—響きと対話の魅力を掘り下げる

はじめに:作品の概要と位置づけ

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)による「ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ第1番 ト長調 BWV 1027」は、ヴィオラ・ダ・ガンバ(ガンバ属)とチェンバロ(ハープシコード)のために書かれた3曲のソナタ(BWV 1027–1029)の一つです。これらはバロック期における独特な二重奏様式、すなわち鍵盤楽器を単なる通奏低音ではなく、右手(上声)を含めて独立した対位的パートとして扱う『オブリガート・ハープシコード』の典型を示しています。BWV 1027は作品のなかでも明るいト長調という色彩をもち、ヴィオラ・ダ・ガンバの歌う声線とチェンバロの精緻な対話が際立つ傑作です。

成立と歴史的背景(確定的でない点と推測)

これらのガンバ・ソナタの正確な成立年は明確ではありませんが、一般にはライプツィヒ期(1723年以降)に、特にコレギウム・ムジクムや宮廷音楽の場で活動していたヴィオラ・ダ・ガンバ奏者のために作曲されたと考えられています。依頼者として有力視されるのは、ライプツィヒで活動していたヴィオラ・ダ・ガンバ奏者クリスティアン・フェルディナント・アーベル(Christian Ferdinand Abel)で、バッハと親しく協働した記録が残ります。ただし直接の自筆譜がないこと、複数の写譜が存在することから、作曲時期や初演の詳細は確定していません。

編成と楽譜の特徴

編成はヴィオラ・ダ・ガンバ(独奏)とチェンバロ(独立二段譜)で、チェンバロの右手はしばしば旋律的・対位的役割を担い、左手は通奏低音的な機能を果たします。この書法は、従来の『ソロ楽器+通奏低音』という形式を越えて、鍵盤と弦楽器が平等に音楽的対話を行う室内楽的性格を強めます。バッハはチェンバロに明確な二声部以上の独立パートを書くことで、各声部の対位法的な絡み合いを精密にコントロールしています。

楽章構成と音楽的特徴

  • 第1楽章(Adagio — Allegro)

    冒頭は短いアダージョ的な導入で始まり、歌うような動機が提示されます。続くアレグロは明るいト長調で、ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロ右手が主題を受け渡しながら精巧な模倣や対位法を展開します。主題の動機は跳躍と分散和音を含みつつ、バッハらしい対位的展開へと発展。旋律的な歌と厳格な対位が同居し、表現の幅が広いのが特徴です。

  • 第2楽章(Adagio)

    中間楽章は静謐で叙情的なアダージョ。ガンバの深く温かな歌声が前面に出され、チェンバロは装飾的かつ支えとなる役割を果たします。ここでは装飾や離れた和声の使い方により、感情の内省や呼吸のあるフレージングが求められます。バッハの緩徐楽章らしく、和声の進行と声部間の繊細な絡みが聴きどころです。

  • 第3楽章(Allegro)

    終楽章は活発で舞曲的な性格を持つアレグロ。リズムが前面に出る楽節と対位法的なパッセージが交互に現れ、技術的な鮮やかさとアンサンブルの緊密さが要求されます。しばしば舞曲風の軽やかな趣きが感じられ、終始明るいト長調でまとめられます。

対位法と声部の役割—チェンバロの“ソリスト化”

BWV 1027を含むガンバ・ソナタ群で注目されるのは、チェンバロの扱い方です。鍵盤の右手が独立した旋律線を奏でることで、実質的に二つのソロが対等に対話する二重奏の形を作り出しています。これはバロック期の通奏低音文化からの発展であり、バッハの対位法的な構想が小規模な室内楽にまで徹底されていることを示します。結果として、演奏者はそれぞれが『ソロ奏者』としての自覚を持ちながら、フレージングやアゴーギクを精密に呼吸させる必要があります。

演奏と楽器選択の問題点(歴史的演奏習慣と現代解釈)

現代ではヴィオラ・ダ・ガンバではなく、チェロで演奏されることや、チェンバロの代わりにピアノで演奏されることも多いです。歴史的楽器(ヴィオラ・ダ・ガンバ、ピリオドチェンバロ)による演奏は音色やテンポ感、装飾の扱い方に昔ながらの空気を与え、バッハの書法と音響的に親和します。一方でチェロとピアノの組合せは現代的な響きとダイナミクスをもたらし、異なる魅力を引き出します。

重要なのは、チェンバロのパートが単なる伴奏ではなく独立した声部であることを認識することです。ピアノで演奏する場合も、右手の独立性やタッチの明晰さを保持することが肝要です。

楽譜資料と校訂

自筆譜が残らない作品のため、現在流布している楽譜は写譜や後世の校訂を基にしています。編集によって装飾や拍節の取り扱いが異なることがあるため、演奏者は複数の版を参照し、原典版(Urtext)や信頼できる校訂版を確認することが望ましいです。IMSLPなどの公開スコアで主要な写譜や近代版にアクセスすることができます。

聴きどころと演奏上のアドバイス

  • 第1楽章:導入のアダージョはテンポ感と呼吸を明確に。アレグロでは模倣の出入をクリアにし、主題の輪郭を揃えること。
  • 第2楽章:歌わせる呼吸、ヴィブラートの使い方(歴史的観点では控えめ)やチェンバロの装飾を自然に配置することが表現の鍵。
  • 第3楽章:リズムの切れ味と対位の明瞭性。同時に舞曲的軽快さを失わないバランス。
  • アンサンブル:テンポの柔軟な共有、フレーズ終わりの共鳴感、音量バランスに特に注意。

音楽史的意義と今日の評価

BWV 1027はバッハが鍵盤楽器をいかに室内楽的に再解釈したかを示す好例です。チェンバロの右手に独立旋律を与えることで、室内楽の構造を高度に洗練させ、小編成でも豊かな対位法を実現しました。今日ではヴィオラ・ダ・ガンバ愛好家やバロック演奏家だけでなく、古典的な室内楽のレパートリーとして幅広く演奏・録音されており、その音楽的完成度と表現の豊かさが高く評価されています。

レパートリーとしての扱いと現代的な広がり

歴史的復興運動を契機に、ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロの組合せは再評価され、古楽器演奏の重要なレパートリーになりました。加えて、チェロやピアノ編成による演奏や編曲も多く、作品の普遍性と適応力が示されています。教育現場では対位法や綿密なアンサンブル訓練の教材としても利用されることがあり、作曲技法の学習にも適しています。

結び:聴く・学ぶ・演奏するために

BWV 1027は短い編成ながらバッハの作曲技術と深い音楽性が凝縮された作品です。ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロの対話を注意深く聴くと、声部間の呼吸、和声の微妙な動き、そして対位法的な遊びが次々に現れてきます。演奏者にとっては二人が互いの声を聴き合い、細部を合わせることが最大の挑戦であり、同時に最大の喜びでもあります。聴き手としては、その対話の過程を注意深く追うことで、バッハの室内楽の深さと繊細さを新たに発見できるでしょう。

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参考文献