バッハ BWV 1059 — 失われた協奏曲の断片から読み解く鍵盤協奏曲の世界

導入 — BWV 1059とは何か

BWV 1059はヨハン・ゼバスティアン・バッハの《チェンバロ協奏曲》群に付された番号のひとつで、他の多くの協奏曲とは異なり「断片(フラグメント)」として知られています。現存するのは短い楽想だけで、完全な自筆譜や広範なスコアは残っていません。したがって学術的には「失われた協奏曲の痕跡」として扱われ、そこから当時の作曲手法や編曲習慣、あるいはバッハが鍵盤協奏曲に込めた思想を推測する手がかりが数多く得られます。

資料と伝来 — 断片はどのように残ったか

BWV 1059の現存部分はオリジナルの全曲ではなく、短い断片的な楽想です。こうした断片はしばしば写譜本や教員用の教材、あるいは弟子や同僚の手による写しの中に紛れ込んで伝わることがあります。バッハ研究の主要なデータベースや研究図書では、BWV 1059を“失われた協奏曲の断片”として分類しており、断片の楽想から当時の編成(チェンバロ独奏+弦楽合奏+通奏低音)や調性(ニ短調)を読み取ることができます。

音楽的特徴 — 断片から読み取れる様式要素

断片は短いながらもバッハらしい要素を示します。以下に主要点を挙げます:

  • 調性と気分:ニ短調という暗めの調性が選ばれており、劇的で緊張感のある色彩が想起されます。バロック期の短調はしばしば重厚さや厳格さを表出します。
  • リトルネッロと協奏的構造の痕跡:完全な楽章は残っていないものの、提示される主題素材はリトルネッロ(合奏リフレイン)と独奏の掛け合いを前提にした典型的な協奏曲形式を想定させます。
  • 対位法的展開:短い断片内にも対位法的動機の断片が認められ、これが独奏鍵盤と弦との応答として展開された可能性が高いことを示唆します。
  • 鍵盤の技巧:チェンバロ独奏に適した分散和音や速いトリル、装飾的な通奏線が示唆され、ソロ楽器としてのチェンバロの役割が想像できます。

他の作品との関係性 — 編曲と原曲の可能性

バッハは自身のヴァイオリン協奏曲や他作曲家(特にヴィヴァルディ)の作品を鍵盤用に編曲することが多く、BWV 1052〜1058の多くはそうした編曲や再利用の域にあります。BWV 1059についても、現存する断片が別の器楽曲や消失した協奏曲の一部であった可能性が考えられます。すなわち、BWV 1059はオリジナルのヴァイオリン協奏曲や室内楽を原型とした鍵盤協奏曲の断片で、バッハ自身が鍵盤用に手を加えようとした際に一部が写譜等に残された、という仮説が研究者の間で検討されてきました。

復元と演奏 — 断片をどうやって“全曲化”するか

断片のみが現存する作品は、現代の音楽学者や演奏家にとって挑戦の対象となります。復元(reconstruction)を試みる際の基本的方針は次の通りです:

  • 断片の調性・動機・リズムを基に、バッハの協奏曲語法(リトルネッロ形式、通奏低音の扱い、対位的エピソード)を参考にして不足部分を補う。
  • 同時代およびバッハ自身の類似作品(例えばニ短調系の協奏曲や鍵盤協奏曲群)の構造をモデルにして楽章構成を再構築する。
  • 装飾や連結部は当時の奏法・装飾体系を踏まえて実演家が解釈を加える。

こうした復元は複数存在し得ます。復元版は学術的な検討に基づいて楽譜として世に出される一方、演奏会や録音では復元者や演奏者の解釈の違いが色濃く反映されます。そのため、BWV 1059の「全曲版」を聴く際には、どのような方法論で復元されたかを確認することが重要です。

楽曲としての魅力と現代への示唆

断片に過ぎないBWV 1059ですが、その限られた素材からもバッハの濃密な造形感が伝わってきます。短調の持つ情緒的重み、鍵盤と弦の対話の可能性、対位法と協奏的ダイナミクスの融合──こうした要素は、完全な作品でなくとも聴き手に鮮烈な印象を与えます。また、断片の扱いは以下のような現代的示唆を与えます:

  • 歴史楽器演奏と学術研究の協働:史料学的裏付けと実演的判断が交錯する領域であり、演奏家と学者が共同で新たな音楽を提示できる。
  • 創造的補作の倫理:失われた部分を補う際には原典に忠実であることと、演奏者の創造性を如何に両立させるかという問題提起がある。
  • 聴取者の受け止め方:完全版を期待する聴衆と、断片の未完性を美学として受け入れる聴衆とで評価が分かれる。

演奏上の注意点 — 実演家への助言

BWV 1059(あるいはその復元版)を演奏する際に心がけたい点は次の通りです:

  • 音色とレジストレーション:チェンバロはコントラストを出しすぎず、弦楽合奏とのバランスを常に意識する。通奏低音(チェロ/バスーン)の存在感を保持する。
  • テンポ設定:短調かつ協奏曲的な張りを損なわない中庸なテンポを基礎にし、リトルネッロと独奏部で明確なテンポ感の差を出す。
  • 装飾とルバート:バロック語法に則った装飾を用いつつ、ロマンティックな過剰な揺れは避ける。フレージングは対位線を生かすこと。
  • 復元版の表記理解:復元では現代的解釈が含まれる場合があるため、版注や復元者の解説を参照して演奏上の根拠を確認する。

代表的な録音・参考演奏(復元を含む)

BWV 1059そのものは断片ゆえに録音が限られますが、復元版や断片部分を収録した演奏が散見されます。録音を選ぶ際は、復元者と演奏アプローチの注記を確認し、歴史的楽器か現代楽器か、テンポ感や装飾の方針が自分の好みに合うかを基準にすると良いでしょう。

まとめ — 断片が語るもの

BWV 1059は“完全な作品”として残らなかったからこそ、今日の研究者や演奏家にとって多様な思考実験の素材となっています。短い楽想からでもバッハの作曲語法や協奏曲というジャンルに対する考えが浮かび上がる点が、この断片の最大の価値です。復元の試みは、史料学的厳密さと演奏芸術の創造性をつなげる作業であり、その過程自体がバッハの音楽を現代に再活性化するプロセスになっています。

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参考文献