バッハ:2台のチェンバロ協奏曲 BWV1060(ハ短調)— 起源・構成・演奏上の聴きどころ

概要 — BWV1060とは

ヨハン・ゼバスティアン・バッハの「協奏曲 2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調 BWV1060」は、鍵盤協奏曲群(BWV1052–1065)に含まれる作品の一つです。現存するのは2台のチェンバロ(またはチェンバロ相当の鍵盤楽器)と弦楽合奏、通奏低音のための版で、3楽章(急—緩—急)の典型的な協奏曲形式をとります。楽想には強い感情表現と対話性があり、バッハのコンチェルト技法が凝縮されています。

作曲時期・来歴と原作論争

BWV1060は、他の多くの鍵盤協奏曲と同様にライプツィヒ時代(おおむね1730年代ごろ)に鍵盤用に編曲・整理されたものと考えられています。しかし、学界ではこのチェンバロ版が元来の形ではなく、失われた弦楽器の協奏曲からの転用(トランスクリプション)であるという見解が主流です。多くの音楽学者は、原作は二つのヴァイオリンのための協奏曲であり、現存するチェンバロ版は調性が一音下げられた転写(チェンバロ向けの移調)であると推定しています。これを受けて、現代の復元(reconstruction)は原調をニ短調(D minor)に戻し、二つの独奏ヴァイオリンと弦楽合奏のための協奏曲として演奏されることが少なくありません。

スコアに見る証拠と議論のポイント

原作がヴァイオリン協奏曲であったとする根拠は主に楽器的な筆致にあります。独奏パートにヴァイオリン的に扱いやすい範囲や二重奏的な対位法が多く見られ、二つの独奏声部が互いに模倣・掛け合う書法はヴァイオリン二重奏に自然に適合すること、またチェンバロ版に見られる和音や装飾が弦楽器に戻すと非常に説得力を持つことなどが挙げられます。一方で、チェンバロ版自体もバッハの手になる実用的な演奏用改作として高い芸術性を示しており、原作の存在とその正確な姿をめぐる議論は現在も続いています。

楽曲構成と音楽分析

楽曲は次の3つの楽章で構成されます(チェンバロ版)。

  • 第1楽章:Allegro(ハ短調) — 力強い短調の主題を巡るリトルネッロと独奏の応答。二台のソロが交互に、または協働してフレーズを彩り、バッハ特有の対位法的駆け引きが展開されます。
  • 第2楽章:Adagio(変ホ長調) — 柔らかく詩的な緩徐楽章。長い旋律線と和声の進行が中心で、チェンバロで歌うかのような表現が求められます(復元版ではヘ長調などに置き換えられることがあります)。
  • 第3楽章:Allegro(ハ短調) — 軽快で躍動的な終楽章。リズミカルな動機の反復と掛け合いで締めくくられます。

形式的には、外楽章におけるリトルネッロ形式と独奏のソロ・トゥッティの交替、そしてソロ同士の対話(模倣、反進行、掛け合い)が聴きどころです。和声面では短調の激情と、緩徐楽章での長調への転換が対比を生み、バロック期の情感論(アフェクト)を強く感じさせます。

演奏上の特徴と表現のポイント

BWV1060を演奏する際の大きな魅力は、二つの独奏楽器間の「会話」にあります。チェンバロ版では、二台の鍵盤がそれぞれソロとしての性格を保ちつつ、リズムや装飾、アゴーギクで微妙なキャラクターを付与します。復元されたヴァイオリン版では、対位的な二つの独奏ヴァイオリンがフレーズを受け渡すことで、より声楽的・歌唱的な印象が強調されます。

  • アーティキュレーションと装飾:チェンバロではアーティキュレーションでフレーズ感を作る必要があり、歴史的演奏法に基づく装飾の選択が重要です。ヴァイオリン版では、ボウイングとバイブレーションで表情を付けます。
  • テンポ設定:外楽章は活力を保ちつつもリトルネッロとソロの対比が鮮明になる速度が望ましい。緩徐楽章は呼吸感と線の連続性を重視します。
  • アンサンブル:チェンバロ二台に対する弦楽合奏のバランスが鍵。通奏低音(チェロやコントラバス、オルガン/チェンバロ)との協調で和声の基盤を作ります。

復元(リコンストラクション)と演奏史

20世紀以降、BWV1060の原作として想定される二重協奏曲の復元が複数行われ、現在ではチェンバロ版とヴァイオリン復元版の双方が演奏・録音されています。復元版は楽器の技術的な可能性や演奏実践の観点から音楽的に自然に響くように配慮されており、原曲の姿を想像する手がかりを与えてくれます。一方でチェンバロ版はバッハ自身またはその近しい楽譜伝承によって整えられた形として、それ自体が完成された作品として評価されています。

聴きどころ(楽章ごとに)

  • 第1楽章:冒頭の力強いリトルネッロ主題、ソロ間の応答、対位法的な挿入句に注目。二つの独奏が互いに引き出し合う緊張感が聴きどころです。
  • 第2楽章:長い歌う線、和声の微妙な色彩変化、独奏楽器のニュアンスが曲の中心。息の長いフレージングと装飾の選択で感情が左右されます。
  • 第3楽章:リズミカルで解放感のある終楽章。動機の反復とソロの即興風の展開が爽快感を与えます。

録音と実演の選び方

演奏を聴く際には、チェンバロ版と復元ヴァイオリン版のどちらを選ぶかで印象が大きく変わります。歴史的演奏法(原典版・ピリオド楽器)に基づく録音は駆け引きやリズムのキレが際立ちますし、モダン楽器・ピアノ版では異なる色合いと豊かな音量感が楽しめます。解説や版の表記(復元版かチェンバロ原版か)を確認して聴き比べることをおすすめします。

まとめ

BWV1060は、バッハの転写・改作術と協奏曲の構成力が結実した傑作であり、二つの独奏が織りなす対話と和声の深さが魅力です。チェンバロとしての味わい、あるいは復元ヴァイオリン版での声楽的な情感のどちらにも価値があり、演奏史的・楽器的な視点から繰り返し味わえる作品です。原作の完全な姿は不明な点も残りますが、それ自体が学術的関心を呼び、現代の演奏家や研究者にとって興味深い題材となっています。

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参考文献