バッハ BWV1076 — 6声の三重カノンを深掘りする

概要:BWV1076とは何か

BWV1076 は、一般に「6声の三重カノン(six‑voice triple canon)」として知られるヨハン・セバスチャン・バッハの対位法作品です。長年にわたって研究者や演奏家の関心を集めてきたこの作品は、複数の独立したカノン線が同時に機能する高度な対位法の実践例であり、18世紀後半のバッハの作曲技法の精髄を示しています。楽譜上は6つの声部が3組の対位ペアとして配置され、各ペアが互いに模倣関係を成すことで“三重”のカノンを成立させています。

歴史的背景と成立事情

この種の多声音のカノンは、バッハが生涯を通じて取り組んだ対位法の総合的表現の一端です。特に王の主題(いわゆる "王のテーマ")を素材に多彩なカノンやリチェルカーレを作成した『Musikalisches Opfer(音楽の捧げ物)』の伝統と技法が想起されます。BWV番号の並びや伝承資料の扱われ方から、研究者の多くはBWV1076をバッハ後期の対位技法の一例として位置づけていますが、成立年や初演に関する一次史料は限定的で、作品がどの場でどのように意図されたかについては諸説があります。

形式と構造の解析

6声の三重カノンは、基本的に3組の二声カノンが重ね合わされた構造を持ちます。各カノンは同じ主題から出発するか、あるいは変形(転回=inversion、増大=augmentation、逆行=retrograde など)を用いることで個性を与えられます。BWV1076 においては、以下の点が注目されます。

  • 声部配置:6つの声が上下に分かれて3つの対位ペアを形成。各対は時間差を持って入り、模倣関係を維持する。
  • 主題と素材:単純な動機が対位法的に展開され、短いモティーフが様々な変形を受けながら全体の統一感を保つ。
  • 調性と和声進行:外見上は厳格な対位法に従いながら、和声的にはバロックの通奏低音的な進行と一致する場面があり、和声的な締めと対位の自由が巧みに両立している。
  • 技法の利用:転回(inversion)、増大(augmentation)、縮小(diminution)、並行移動やスタッカートを利用した切れ目の作り方など、多様な対位法的手法が組み合わされる。

音楽的特徴:聴きどころ

演奏で注目したいポイントは、各対位ペアのバランスと互いの密度感です。三重カノンでは、同時に三つの模倣が重なる瞬間に和声的な色彩が濃くなり、聴覚上の焦点が分散しがちです。ここで重要なのは以下の点です。

  • 行き先の明確化:各声部のフレージングで強弱やイントネーションを明確にして、聴者が模倣の開始点や転換を追えるようにする。
  • テクスチャの透明性:音価の処理やアーティキュレーションを揃えることで、密度の高い瞬間でも対位線が埋もれないようにする。
  • 速度設定:あまり速すぎると対位法の輪郭が失われ、遅すぎると線が縦に引き伸ばされてテンポ感が損なわれる。各声の入れ替わりや追随が自然に聞こえる中庸のテンポが望ましい。

演奏編成と実演上の工夫

原則として6声の作品なので、鍵盤楽器(チェンバロやオルガン)で左右の手や複数のパートとして演奏する方法と、弦楽アンサンブル(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロなど)で各声を独立させる方法のどちらも可能です。鍵盤では指使いやペダリング(チェンバロでは装飾とタッチ)で線の明瞭さを出す工夫が必要です。弦楽合奏では、イン・トウィンド(息や弓の一致)とダイナミクスの共有がカノン線の追従を助けます。

対位法的意義と学術的評価

Bach の多声音カノンは単なる学問的練習にとどまらず、音楽的な表現性と構成力を併せ持つ点で高く評価されています。三重カノンのような複合的な対位法は、複数の時間軸を同時に提示することで「音楽的な論理」を聴衆に提示します。学者はこれをバッハの〈学識〉と〈創造性〉の融合と見なし、彼の音楽観、すなわち数学的秩序と感性的音楽表現の統合を示す証拠と解釈します。

版と参考演奏(入門ガイド)

信頼できる楽譜としては、ニュー・バッハ・アウスガーベ(Neue Bach-Ausgabe)や歴史的校訂版が基本です。近年は原典版やファクシミリを元にした校訂も複数出ており、校訂ごとの記譜上の差異(音価や装飾の記載)に注意が必要です。録音は鍵盤独奏(チェンバロ)から室内楽編成まで多様で、速めのテンポで構築的に聴かせる演奏もあれば、ゆったりと各線を浮かび上がらせる演奏もあります。初めて聴く場合は、テンポの異なる複数の録音を比較することを推奨します。

学習と分析のための実践的アドバイス

作曲を学ぶ立場や分析を行う場合、次の順序で取り組むと理解が深まります。

  • 個々の声部を単独で演奏し、主題のカーブと重要ポイントを把握する。
  • 二声のカノンとして各対位ペアを練習し、模倣の時間差と転回(ある場合)に注目する。
  • 三組を重ねて全体を通し、和声的な干渉点(クロスリズムやテンションの生じる瞬間)を確認する。
  • 必要に応じてスコアに分析記号(転回、増大の印、始点と終点)をマーキングする。

総括:なぜBWV1076を聴くべきか

BWV1076 の価値は、その高度な対位法の技術的完成度だけではなく、音楽としての魅力にあります。複数の時間軸が同時に進行する中で生まれる緊張と解決は、聴き手に深い満足感を与えます。また、演奏・研究の両面で学びの多い作品であり、バッハの対位法的世界観を体験する上で優れた教材ともなります。

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参考文献