バッハ BWV1087 ― アリアのバス上の14のカノンを深掘りする

導入:BWV1087とは何か

J.S.バッハのBWV1087は、いわゆる「ゴルトベルク変奏曲(BWV988)」のアリアの最初の八つの低音(バス)を素材に作られた十四のカノン(対位法的模倣曲)から成る小品集です。短い主題に対して様々な対位技法やリズム変形を施すことで、カノンの多様な可能性を示した作品で、バッハの対位法的技巧と遊び心が凝縮されています。

歴史的背景と成立

BWV1087は形式的にはゴルトベルク変奏曲に関連づけられる作品ですが、楽譜の配置や伝来の経緯から、ゴルトベルク変奏曲の補遺的な位置づけで扱われることが多いです。作曲年代は明確に一つには定められていませんが、ゴルトベルク変奏曲と同時期、またはそれに近い時期に構想されたと考えられています。作品番号BWV1087として分類されていることからも単独の作品群として認識されています。

楽曲の基本構造

十四のカノンは、全てアリアの冒頭に示される八音からなる低音の素材(通奏低音的な短い主題)を基にしています。各カノンは同じ八音の bass line を用いつつ、次のような対位法的操作を行います:

  • 一定の音程による模倣(例:二度、三度などの間隔によるカノン)
  • 反行(反行模倣、contrary motion)や反転(inversion)
  • 増倍・縮小(augmentation/diminution)による時価の変更、すなわちメンシュア(分割比)を変えたカノン
  • 音価や休符の組合せによるリズム的な変容や入りのずらし(stretto)的手法

これらの技法が組み合わされた結果、14曲それぞれが異なる聴感をもつ対位法の探求になっています。外形としては短いインベントリの集合に見えますが、内容は高度な対位法的精緻さを持ちます。

各カノンの特徴(概説)

ここでは個々のカノンを楽式的・技法的観点から概説します。曲順は一般的な版に基づくもので、示される技法は代表的なものです。

  • 第1番:同一音程による同度カノン(unisono)に相当するシンプルな模倣。主題の形が最も明瞭に聴こえる。
  • 第2番~第6番:二度、三度、四度、五度、六度といった音程関係での模倣。和声的な色合いの差が出る。
  • 中盤の番号:反行(逆行)や反転を取り入れたカノン。主題の形を上下逆に使うことで新たな旋律線が生まれる。
  • 増やし(augmentation)・縮め(diminution)の技法を用いたメンシュア・カノン:同一主題を異なる拍価で進行させ、時間軸における層を作る。
  • 終盤:複合的手法の適用。縮退的な対位や複数の変形を組み合わせ、対位法の妙を集約する。

作曲者は単に学問的な展示にとどまらず、聴覚上の美しさと変化を重視しており、各カノンは短いながらも音楽的な完成度を保っています。

対位法的・分析的観点

BWV1087を分析するときのポイントは以下の通りです。

  • 素材の統一性:全曲が同一の低音動機に依拠しているため、和声の枠組みは一定であり、各カノンの差異は主に対位法的操作に由来します。
  • 音程関係と和声の変容:同じ低音に対して異なる移動や転回を与えることで、和声的に異なる色彩が生まれます。これが短い主題に豊かな表情を与える鍵です。
  • 時間的操作(メンシュア):同一旋律を異なる拍価で響かせると、同時に重ねられた場合のハーモニーが変化し、想定外の和声進行が生成されます。これはバッハのカノン技法における魅力の一つです。
  • 聞き手への工夫:短いフレーズの反復と変化により、聴覚的には単純さと複雑さがバランス良く保たれ、学術的関心だけでなく演奏・鑑賞上の満足も得られます。

演奏・編曲上の留意点

BWV1087は原則的に鍵盤(クラヴィーア)向けの作品と考えられますが、各カノンが二声や三声相当の構造を持つため、室内楽編成やアンサンブル化も可能です。演奏上のポイント:

  • 対旋律のバランス:カノンは模倣線同士の均衡が重要。主題がどの声部で出るかを明確にし、聴き手が模倣関係を追えるようにする。
  • テンポの設定:短い主題の明瞭さを保ちつつ、増幅・縮小を用いる曲では拍価の差を自然に感じさせるテンポ選択が必要。
  • アーティキュレーションとフレージング:バッハの器楽曲ではフレーズ感と音価の処理が様式的理解に直結するため、装飾やレガート/スタッカートの扱いを慎重に。

楽譜・版・録音の選び方

現代ではBWV1087は複数の版や録音で入手可能です。校訂版は原典稿や初版をなるべく尊重したものを選ぶと良く、現代のピアノ録音・チェンバロ録音ともに魅力的な解釈が多数あります。ゴルトベルク変奏曲のプログラムに付して演奏されることもあり、セット全体としての統一感や対比を考慮した選曲が求められます。

音楽史的・教育的意義

BWV1087は教育的な価値も高く、対位法やカノン技法の教材として引用されることが多いです。短い素材の中で様々な応用を示すため、対位法の学習者にとって実践的な分析対象になります。また、バッハの創作における形式詩的な遊び、すなわち技術的探求と美的配慮の両立を理解するうえで重要な一群です。

聴きどころの提案

初めて聴く人には、以下のように聴き進めることを勧めます。まず第1番で主題の響きを把握し、続く番号ごとにどのような変化があるか(音程関係/反行の有無/拍価の変化)を意識して聴いてください。増幅や反転が現れるたびに、同一素材がどれほど多様に変容するかを体感できるはずです。短めの曲群なので、繰り返し聴くことで細部が見えてきます。

結論

BWV1087は、バッハの対位法的思考を短いフォーマットに凝縮した傑作群です。ゴルトベルク変奏曲の関連作品としてだけでなく、対位法研究や演奏レパートリーとして独立した魅力を持ちます。簡潔な主題から生まれる多彩な展開は、バッハが如何にして素材の可能性を最大限に引き出したかを示す好例であり、聴き手・演奏者双方に新たな発見をもたらします。

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参考文献