ヴォードヴィルとは何か──起源・様式・映画・テレビへの影響を徹底解説
ヴォードヴィル(ボードビル)とは:定義と語源
ヴォードヴィル(日本では「ボードビル」「ヴォードヴィル」と表記されることが多い)は、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカを中心に隆盛した大衆向けのバラエティ興行の総称です。短い独立した演目(歌・喜劇・マジック・アクロバット・動物芸など)を連続して上演する形式で、一回の興行が多数の別個の「ターン(turn)」で構成されるのが特徴です。
語源はフランスの“vaudeville”に由来します。フランス語の起源には諸説ありますが、中世~近世の祝祭歌や滑稽な短歌(vaux-de-Vire など)に遡るとされ、19世紀のフランスでは台詞と歌を交えた軽妙な喜劇形式を指しました。英語圏に移入されると、都市化・移民社会の中で大衆娯楽として特有の発展を遂げました。
アメリカでの興隆:興行形態と興行主
アメリカにおけるヴォードヴィルの発展は、産業化と都市化、鉄道網の発達が背景にあります。移動が容易になったことで巡業(ツアー)によるエンターテインメントが拡大し、個人興行から組織化された「回路(circuit)」経営へと変化しました。
代表的な興行主に、トニー・パスター(Tony Pastor、1828–1908)やベンジャミン・フランクリン・キース(B.F. Keith、1846–1914)らがおり、特にパスターは中流階級・家族同伴層を意識した“クリーン”なプログラム編成で知られます。キースやエドワード・アルビーらは劇場チェーンを構築し、Keith-Albee や Orpheum といった大規模回路が全米に展開されました。こうした回路化は興行の安定と演者の全国的な流通をもたらしました。
形式とコンテンツ:ヴォードヴィルの典型的な構成
ヴォードヴィルの舞台は短い「ターン」の連続で成り立ちます。典型的なラインナップは以下のような要素で構成されました:
- コメディ(スケッチ、ワンライナー、物真似)
- 歌唱とダンス(ソロ、アンサンブル、コーラスガール)
- 身体演技(アクロバット、綱渡り、曲芸)
- マジックやイリュージョン
- 動物芸や大道芸
- 短い劇・寸劇、時に社会風刺を含むもの
興行は「下手(しもて)」や「上手(かみて)」といった舞台用語で配置され、幕間には舞台転換や大道具の入替が行われました。重要なのは、観客が飽きないようにテンポ良く多様な刺激を与えるプログラミングです。
社会的意味:家族娯楽としての位置づけ
19世紀中頃までは演劇・興行はしばしば下層階級向けと見なされましたが、トニー・パスターが導入した「家族向け」路線は中流階級の支持を獲得し、ヴォードヴィルを一大産業へ押し上げました。女性や子どもも安全に楽しめるというイメージは、広告や劇場のインテリア、客席の整理などにも反映されました。
映画・ラジオ・テレビへの波及と衰退
ヴォードヴィルは20世紀初頭の映画産業と深く関わります。多くのヴォードヴィル演者が映画へ移行し、短篇映画や初期のトーキー(音声映画)ではヴォードヴィル出身のコメディやパフォーマンス技術が多用されました。マルクス兄弟やバスター・キートンなど、後の映画史を彩るスターの多くが舞台出身です(ただしチャールズ・チャップリンはイギリスのミュージックホール出身で、系譜は近接するが異なる面もあります)。
一方で、ラジオと映画トーキーの登場、さらには1920年代末から1930年代にかけての映画企業による劇場チェーンの再編(Keith-Albee-OrpheumがRKOへ統合されるなど)により、従来のヴォードヴィルは次第に衰退していきます。生のバラエティに対する需要はラジオ・映画・後のテレビへと移行し、形式は変容しながら現代の番組文化へ受け継がれました。
映画やテレビに残るヴォードヴィル的遺産
ヴォードヴィルの遺産は多方面に及びます。まず時間設計やギャグの間(間合い)の感覚、短いエピソードを連続させる編集感覚、並列的なショー構成などが映画やテレビのコメディに取り込まれました。バラエティ番組(米国のEd Sullivan Showや日本の歌謡・バラエティ番組)は、まさに舞台の“番組表(bill)”をテレビに移し替えた形式と言えます。
また、スター養成の場としての役割も重要です。舞台で磨かれた即興性や観客への対応力は、映画やラジオ、テレビでの演技力へと直結しました。サイレント・コメディの視覚的ギャグやスラップスティック(滑稽な身体表現)は、ヴォードヴィルに由来する要素が大きいとされます。
日本におけるボードビル:受容と変容
日本では「ボードビル(ボー ドビル)」という呼称で明治後期から大正・昭和初期にかけて輸入され、都市部で独自に発展しました。浅草を中心とした大衆娯楽地区では、洋風のダンスや歌、喜劇を取り入れた興行が行われ、やがて日本的な演芸(漫才・寄席芸など)と相互に影響し合いました。特に大正末〜昭和初期の浅草オペラや浅草の演芸場は、洋風のショーと伝統芸能の融合を生み出しました。
その後、映画やラジオ、そして戦後のテレビの普及により、舞台形式としてのボードビルは減少しましたが、様式としての影響はお笑い番組やバラエティ番組、劇場型の興行に残っています。日本の「バラエティ」文化における司会進行やコーナー構成、短い演出でテンポを重視するスタイルは、ヴォードヴィル由来の側面を含んでいると言えるでしょう。
ネオ・ヴォードヴィルと現代表現
20世紀末以降、いわゆる「ネオ・ヴォードヴィル」と呼ばれる revival や cabaret、スラムカンパニー的な小劇場の多様なプログラムが再評価されます。シルク・ドゥ・ソレイユのような現代サーカス、バーや小劇場でのコメディナイト、ライブ・バラエティ等は、ヴォードヴィルの多種多様な要素を再構築して新たな観客体験を作り出しています。
また、インターネット時代の短尺動画(TikTokやYouTubeの短いコント・パフォーマンス)も、短い“ターン”を連続消費する点でヴォードヴィル的な受容様式と親和性があります。
文化史的評価と今日の視点
ヴォードヴィルは単なる大衆娯楽以上の意味を持ちます。多文化社会のなかで異なる表現が出会い、商業化とプロフェッショナリズムが進展したことで現代エンターテインメント産業の基盤を築きました。一方で、興行の商業性ゆえにステレオタイプや差別的表現が用いられた歴史的側面もあり、それらを検証・批判的に捉える視点も不可欠です。
まとめ:ヴォードヴィルの現代的意義
ヴォードヴィルは、舞台芸能のフォーマット、スターシステム、演出技法を近代的大衆文化へと転換させた重要な現象です。映画やテレビ、現代のライブ文化やネット時代の短尺コンテンツに至るまで、その影響は形を変えつつ息づいています。歴史的には短命な黄金時代を経て消えたように見えても、形式と感性の遺伝子は今日の多様なエンターテインメントへと受け継がれているのです。
参考文献
- Britannica - Vaudeville
- Library of Congress - Vaudeville Collections
- Wikipedia (English) - Vaudeville
- Wikipedia (日本語) - ボードビル
- Smithsonian - Vaudeville Spotlight


