音楽制作で差が出る“リリースタイム”徹底解説 — 圧縮・シンセ・マスタリングでの実践ガイド
リリースタイムとは何か
リリースタイム(release time)は、音響機器やプラグインにおける包絡(エンベロープ)の「放す」速度を指す用語で、主にコンプレッサーやゲート、シンセサイザーのADSRエンベロープで使われます。コンプレッサーでは信号がしきい値(スレッショルド)を下回った後にゲインリダクションが元に戻るまでの時間を示し、シンセのエンベロープではキーを離した後に音量が消えるまでの時間を示します。単位は通常ミリ秒(ms)や秒(s)で表されます。
技術的な基本原理
コンプレッサーのリリースは時間定数で定義され、検出回路(ピーク検出/RMS検出)の出力がしきい値を下回った際に、ゲインリダクション量が元に戻るまでの速度を決めます。ピーク検出は瞬間的な高レベルに敏感で短いリリースが有効な場合もありますが、短すぎるとポンピング(音量が不自然に上下する現象)を生みます。RMS検出は信号の平均的なエネルギーを捉えるため、より音楽的で遅めのリリースと相性が良いです。
リリースタイムの種類とアルゴリズム
- 固定(スタティック)リリース:ユーザーが設定した一定時間で戻る。簡潔で予測可能。
- プログラム(オート)リリース:入力信号の特性(レベル、持続、トランジェント)に応じてリリースを自動調整。自然な動作を目指す。
- ニューラル/アダプティブ:近年の一部プラグインではより高度な解析を行い、周波数や瞬間のダイナミクスに応じて細かくリリースを変える。
- マルチバンド:周波数帯毎に別個のリリースを持つ。低域は長め、高域は短めにすることが多い。
音楽的な影響と実践的な設定ガイド
リリースタイムはサウンドの「余韻」「パンチ感」「持続感」を左右します。以下は一般的な楽器や用途ごとの目安ですが、あくまで出発点として捉えてください。
- キック/バスドラム:短め(20〜80ms)でパンチを残す、または長め(100〜300ms)で自然なサステインを維持。
- スネア/スナップ系:中〜短(30〜120ms)でアタックを保つ。
- ベース:中(50〜200ms)。低域の安定感を重視するならやや長め。
- ボーカル:中(100〜300ms)からプログラム依存。フレーズの消え方や呼吸を自然に残すために短すぎない設定が多い。
- ドラムバス/ステム:やや長め(200〜600ms)でトラック群を“接着”させる(グルーミング)。
- マスタリング:慎重に。短すぎるとポンピング、長すぎるとダイナミクスの制御が甘くなる。多くは100〜300msの範囲またはプログラム依存。
テンポとの関係(テンポ同期)
リリースを楽曲のテンポに合わせたい場合、ミリ秒とBPMを変換して近い音価に設定することが有効です。基礎式は「四分音符の長さ(ms) = 60000 / BPM」。例えばBPM=120では四分音符が500ms、八分音符が250ms、三十二分音符が62.5msになります。これを基準にリリースを八分音符相当や四分音符相当に設定すると、フレーズの自然な減衰とコンプレッションの復帰が整いやすくなります。
リリースとアタックの相互作用
アタックとリリースはトレードオフの関係にあります。アタックが遅いとアタック音(トランジェント)が通り、速いと潰れてソフトになります。同様にリリースが速いとすぐにゲインが回復して次の音のアタックに影響を与えるため、結果的にリズムに同期したポンピングが生じることがあります。音色を重視するか、リズムの一体感(グルーミング)を重視するかで両者を調整します。
よくある問題と対処法
- ポンピング/呼吸感が出る:リリースが短すぎる可能性。リリースを遅くするか、サイドチェインの検出にハイパスフィルタを入れて低域の影響を減らす。
- 持続が不自然に伸びる:リリースが長すぎる可能性。楽曲のフレーズ感に合わせて短縮するか、マルチバンドで低域だけ長めにする。
- ドラムのアタックが失われる:アタックを早めに(アタックタイムを短く)する、または並列コンプレッションでアタックを補う。
シンセサイザーのエンベロープ(ADSR)との違い
シンセのADSRでは、Releaseはキーを離した後に音量やフィルターが減衰する時間を指し、コンプレッサーのリリースとは機能が異なりますが、感覚的には関連があります。シンセのリリースを長くすると音の余韻が伸び、短くすると即座に切れる。コンプレッサーのリリースが短いとシンセのリリース感が失われることがあるため、両者のバランスを取ることが重要です。
測定と可視化
リリース動作を確認するには、プラグインのゲインリダクションメーターや波形表示、オシロスコープ的表示を使うと分かりやすいです。DAWのオートメーションや外部解析ツールでリダクション量の時間変化を観察して、設定が意図した動作をしているかを確認します。必要ならテスト用にクリックやインパルスを用いて応答時間を計測することも可能です。
現代のトレンドと自動化
近年はアルゴリズムの改良により「プログラム依存リリース」やAIベースのダイナミクス処理が増え、トランジェントに応じてリリースを動的に変えるプラグインが主流になりつつあります。これにより、手動調整の負担は減りましたが、最終判断は耳で行うこと、そして意図的に固定値を使ってサウンドを作るセンスは依然重要です。
実践的チェックリスト
- まずアタックを決める(トランジェントを残すか潰すか)。
- 次にリリースを設定して、ゲインリダクションがフレーズの自然な終了に合わせて回復するか確認する。
- メーターと耳を両方使う。目でポンピングを確認し、耳で違和感がないか判断する。
- 必要に応じて検出回路にハイパスフィルタを入れ、低域がリリースを引きずるのを防ぐ。
- 並列/マルチバンド/ステレオリンク設定で微調整を行う。
まとめ
リリースタイムは一見地味ですが、楽曲の持つグルーヴ感、パンチ、余韻に直結する重要なパラメータです。数値的な目安はありますが、最終的には楽曲の文脈と耳での判断が最優先。テンポや楽器の特性、検出方式(ピーク/RMS)を理解した上で、メーターと聴感を併用して調整することで、ミックスやマスタリングの完成度は大きく向上します。
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参考文献
- Envelope (music) — Wikipedia
- Audio compressor — Wikipedia
- Understanding Compression — Sound On Sound
- Attack and Release Controls Explained — iZotope
- Compression Guide — Waves Audio


