音楽の「ピッチ」を徹底解説:物理・知覚・調律・実践まで

ピッチとは何か — 基本定義

ピッチ(音高)は、私たちが「高い」「低い」と感じる音の性質のことを指します。物理的には音の基本周波数(fundamental frequency, F0)と強く結びついていますが、必ずしも周波数と一対一対応するわけではありません。複雑な倍音を含む音や欠けた基音(ミッシングファンダメンタル)の場合でも、聴覚は基音を推定してピッチを決定します。

物理的側面:周波数・倍音・スペクトル

純音(単一周波数の正弦波)のピッチはその周波数で決まります。周波数はヘルツ(Hz)で表され、A4=440 Hz のように基準が使われます。一方、楽器や声は複数の倍音(整数倍の周波数成分)を含む複雑なスペクトルを持ちます。音色(ティンバー)は倍音の相対的な強さや位相によって決まり、ピッチはその倍音構造全体から知覚されます。

知覚的側面:高さ(height)と鋼(chroma)

ピッチの知覚には「ピッチの高さ(pitch height)」と「ピッチのクロマ(pitch chroma)」という概念があります。高さは低⇔高の連続的感覚、クロマはオクターブ等価性に基づく音名(ド・レ・ミ等)の性質です。例えば、C4 と C5 は高さは異なるが同じクロマ(C)として認識されます。これらは音楽理論や耳の処理において重要な区別です。

心理音響学:どのように脳はピッチを推定するか

ピッチ知覚の理論は大きく分けて「場所理論(place theory)」と「時間理論(temporal theory)」があります。場所理論は、内耳のコルチ器における場所(基底膜のどの位置が振動するか)で周波数が表されるとする説です。時間理論は、聴神経の発火タイミング(位相ロッキング)や相対的な時刻情報がピッチを伝えるとする説です。現在では両者が補完的に働くと考えられています。低〜中周波数では時間的情報が、特に高調波に富む複雑音ではスペクトル(場所)情報が重要になります。

ミッシングファンダメンタル(欠けた基音)

ある音で基音成分が物理的に含まれていなくても、倍音列の間隔から基音を脳が推定し、基音のピッチを知覚する現象があります。これをミッシングファンダメンタルと呼び、楽器合奏や電話回線での低域欠落など、現実的な状況でも普通に起こります。この現象はピッチが単なる局所周波数ではなく、全体スペクトルのパターン認識によって決まることを示します。

ピッチの尺度:セントと周波数比

音楽上の微小なピッチ差は「セント(cent)」という対数尺度で表されます。1オクターブは1200セント、半音(平均律)は100セントです。二つの周波数 f1, f2 の差をセントで表す式は次の通りです:cent = 1200 × log2(f2 / f1)。この尺度は人間の対数的な周波数知覚に適しており、耳が感じる比率差を直感的に扱えます。

ピッチ分解能(差分弁別)— JND の実際

ピッチ差を検出できる最小単位(just noticeable difference, JND)は条件によって大きく変わります。純音では周波数帯によって変動し、一般に中音域で数Hz(相対的には数セント)程度です。訓練を受けた音楽家は理想条件下で1〜5セント程度の差を検出できることが報告されていますが、一般聴衆では5〜20セント程度が一般的です。複雑音や和音では識別がさらに難しくなります。

調律と平均律・純正律の違い

演奏で使われる音階の基準(調律法)は音楽の和声的性格に大きな影響を与えます。

  • 平均律(Equal temperament): 12平均律は各半音が等しい比率(各半音が2^(1/12))で分割されたもので、鍵盤楽器で広く使われます。妥協的な調律で、どの調でも演奏可能。
  • 純正律(Just intonation): 単純な整数比(3:2 完全5度、5:4 長3度など)に基づく調律で、特定の調では和音が非常に和らぐ。しかし転調に弱い。
  • ピタゴラス音律やミーントーンなど歴史的調律: 中世~近代の様々な音楽様式に合わせた調律法。

コンセートピッチ(標準音高)の歴史とA4=440Hz

現代の国際標準ではISO 16によりA4は通常440 Hzと定められています(いわゆる“A440”)。しかし歴史的には地方や時代によって標準ピッチは大きく変わり、バロック期の演奏では約415 Hz(バロック・ピッチ)が用いられることもあります。19世紀には「高ピッチ化(pitch inflation)」が起こり、オーケストラや歌手の要請でピッチが高められた例もあります。現代でもオーケストラによっては442 Hzや443 Hzを用いることがあります。

音楽実践:チューニングと計測ツール

正確なピッチ合わせにはいくつかの方法があります。耳による合わせ(プレイ・ア・コンセントでの5度合わせ、ピアノ合わせの耳慣らし)に加え、クロマチックチューナー、ストロボ・チューナー、スペクトラムアナライザ、ピッチトラッキングソフト(DAW内のプラグイン)などがあります。ストロボ・チューナーは視覚的に高精度で、プロの現場で広く使われます。

表現とピッチ:ビブラート、ポルタメント、音程揺れ

音楽表現におけるピッチ変化は感情や表情を伝える重要な手段です。ビブラートは周期的なピッチ揺れで、声や弦楽器、管楽器で広く使われます。ポルタメントやポルタートは滑らかな音高移行(ポルタメント)や短い滑り(ポルタート)で、ジャンルや様式でその量や速度を使い分けます。微妙なインターバルの偏差(テンション)をわざと用いることもあります。

現代技術:ピッチ補正と自動チューニング

デジタル信号処理の発達により、Autotune や Melodyne のようなピッチ補正ソフトが普及しました。これらは録音後にピッチを正確に移動させたり、特定のスケールに合わせたり、逆に独特のエフェクト(機械的で断続的なピッチ変化)を生むためにも使われます。音楽制作では自然な補正と芸術的な効果の使い分けが重要です。

文化的・言語的側面:音楽と音声のピッチ

ピッチは音楽だけでなく言語にも深く関わります。イントネーション(文の上がり下がり)は意味や感情を伝え、声の基本周波数は話者の性別や感情を反映します。また、文化によって音階やピッチの許容誤差、装飾の仕方が異なるため、ある文化で“正しい”ピッチが別の文化では異なることもあります。

実践アドバイス:演奏者・作曲家へのポイント

  • 基準ピッチを明確にする: 合奏前にAを合わせる、またはセクションごとの基音を確認する。
  • 耳を鍛える: 相対音感トレーニング(インターバルや和音の聞き分け)で微小なピッチ差を識別できるようにする。
  • 楽曲と様式に応じた調律を選ぶ: 古楽ならバロック・ピッチ、ポップでは平均律が一般的。
  • 録音時はモニタリングとチューニング機器を併用: 目と耳の両方で確認すること。

まとめ

ピッチは単なる周波数ではなく、物理的成分・聴覚処理・文化的慣習が交差する複合的な概念です。演奏や制作においては物理的測定(Hz)と知覚的尺度(セント・音楽的機能)の両方を理解することが重要です。歴史的背景や表現手法、技術的ツールを踏まえてピッチに向き合うことで、より豊かな音楽表現が可能になります。

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参考文献

Britannica: Pitch (music)

Wikipedia: Pitch (music)

Wikipedia: A440 (pitch standard)

Wikipedia: Cent (music)

ISO 16: Acoustics — Standard tuning frequency (ISO)

Hermann von Helmholtz, "On the Sensations of Tone" (古典的基礎文献)

Brian C. J. Moore, "An Introduction to the Psychology of Hearing" (参考文献)