全音(Whole Tone)徹底解説 — 理論・調律・作曲での応用

導入:全音とは何か

音楽理論における「全音(ぜんおん)」は、半音(semitone)の2倍に相当する音程の単位で、近代的な表記では「長2度(major second)」に対応します。西洋の平均律(12平均律)では、全音は2半音で、音の高低を示す単位「セント(cent)」では200セントに相当します。日本語で「全音」と言うときは、単に長2度を指すことが多いですが、調律やスケール(例:全音音階=whole-tone scale)に関する話題でも重要な概念になります。

数値と比率:各調律体系における全音の大きさ

全音の具体的な大きさは調律体系によって異なります。いくつか代表的な値を示します。

  • 平均律(12平均律):2半音=200セント。周波数比は2^(1/6) ≒ 1.122462048。
  • ピタゴラス音律(Pythagorean):全音は9:8(約203.91セント)。ピタゴラス由来の純正な五度の積から生じる比率です。
  • 純正律(Just intonation, 5リミット含む):全音には主に2種類あり、10:9(約182.40セント)と9:8(約203.91セント)。用途や声部間の調和により使い分けられます。

このように「全音」と一口に言っても、約182〜204セントと20セント程度の幅が生じ得ます。これは楽器の調律や和声進行、合唱のピッチ感に実務上の違いを生みます。

理論的特徴:和声と機能

全音は長2度として機能的な役割を持ちます。例えば、主音(トニック)から上行する全音は、ド→レ、ラ→シなど、スケール内の主要な全音移動です。全音は機能和声の流れで導音(leading tone)ほど強い方向性を持たないものの、旋律線の自然な動きや和音の隣接関係において重要です。

また、全音が連続する場合(例:全音音階)は、とりわけ調性の中心感(トニシティ)を曖昧にします。これが作曲家にとっては独特の色彩や浮遊感を生む手段となります。

全音音階(Whole-tone scale)とその性質

全音を連続して構成されるスケールは「全音音階(whole-tone scale)」と呼ばれ、6音からなる六音階(hexatonic)です。半音を含まないため、短調・長調のような従来の機能和声を創出する「導音」を持たず、音階自体がシンメトリック(対称)であることが特徴です。

  • 転回の有限性:全音音階は2種類の転調しか持たない(2つの等間隔クラスに分割される)ため、Messiaen が「限られた転調の模式(modes of limited transposition)」に分類した一つです。
  • 和声的帰結の不確定性:導音の不在により、トニックへの帰着感が弱く、和声が曖昧になる。
  • 拡張和声との親和性:増三和音(augmented triad)や増四度・増五度系の響きと馴染む。全音音階は複数の増三和音を含み、これらを基にした和声的な連鎖が自然に生まれます。

作曲史における利用例

19世紀末から20世紀初頭にかけて、全音音階や全音による響きは印象派や後期ロマン派、近現代の作曲家に好んで用いられました。

  • クロード・ドビュッシー:『Voiles(帆)』などで全音音階を積極的に用い、浮遊感と曖昧な調性感を表現しました。
  • モーリス・ラヴェル:色彩的な和声の一部に全音的要素を取り入れています。
  • オリヴィエ・メシアン:『限られた転調の模式』の一つとして全音音階(Mode 1)を明確に理論化し、色彩・リズムと結び付けて使用しました。
  • スクリャービンなど:超機能和声や神秘和音へ向かう過程で全音的な響きを取り入れる例があります。

調律と実演:実務的な注意点

楽器や演奏状況によって、全音の取り扱いは変わります。ピアノやギターなどの固定音高楽器は平均律に固定されるため全音は常に200セントで表現されます。一方、声楽や管弦楽では演奏者が微細にピッチを変化させ、より「純正」に近い比率(9:8や10:9)を目指すことがあります。

合唱や古楽の実演では、調性の明確化や和声音の純度を重視して、全音の微細な調整が行われることが一般的です。現代音楽や印象派の作品を演奏する際は、作曲家が意図した響き(例えば曖昧さや浮遊感)を尊重して平均律的な200セントに依存しない微調整が行われることもあります。

理論的な派生:全音と和声構築

全音を基礎にした構造はさまざまな和声的発想を生みます。例えば:

  • 全音をスキップしながら和音を作ると、増三和音(オーギュメントトライアド)が頻出する。増三和音は3つの等間隔の長3度で構成され、全音音階内に複数の重複する増三和音の集合を含みます。
  • 全音間隔を用いた旋律は方向性が弱く、モーダルな進行やモチーフの循環に適している。結果として、調性感を固定しない音響やテクスチャ志向の楽曲に有効です。

耳と認知:全音の聴覚的印象

人間の耳は半音と全音を明確に区別できますが、全音の微小な差(例えば9:8と10:9の差)は敏感に感じられる場合とそうでない場合があります。合唱や室内楽など密閉された音色環境では、10〜20セントの差が音色や和声の「純度」に影響を与えます。一方、楽器の倍音構造や演奏スタイルによってはその差が目立ちにくくなることもあります。

演奏・作曲のための実践的アドバイス

  • 印象派風の曖昧さを狙うときは、全音音階や全音の並びを素材にする。和声の帰着を避けたい場合に有効。
  • 合唱や室内楽で純正な響きを求めるときは、9:8(大きめの全音)と10:9(小さめの全音)の使い分けを意識する。共鳴する部分を合わせると和音がより安定する。
  • 即興やジャズの領域でも、全音的なフレーズや全音スケールは色彩的に使える。ただし、機能和声の文脈では注意が必要。

まとめ:全音の多面性

全音は単なる「2半音」という定義を超え、調律体系、和声の構築、作曲上の表象、そして演奏上の微細な音程調整にまで影響を及ぼす重要な単位です。平均律では明確に200セントで統一されるため実務的には扱いやすい一方、歴史的・理論的観点では9:8や10:9といった比率の違いが音楽表現に豊かなバリエーションをもたらします。全音音階は限定的な転調性と独特の曖昧さを生み、20世紀の作曲家たちにとって重要な表現手段となりました。

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参考文献