和音の倒置とは?理論・記譜・実践まで徹底解説
はじめに — 倒置を理解する意義
和音の倒置(inversion)は、和声の組み立てと進行において非常に重要なテクニックです。単に低音が変わるだけでなく、和音の安定性、機能、声部進行、そして編曲上の響きが大きく変化します。本稿では倒置の基本概念から記譜法、三和音と七の和音それぞれの倒置、古典的ルールと近現代的応用、さらに演奏・作曲での実践的な使い方まで、体系的に解説します。
倒置の定義と基本概念
和音の倒置とは、和音構成音のうち「根音(ルート)」が最低音(ベース)にない状態を指します。三和音(三音和音)では以下の3種類が基本です。
- 根音位置(root position): ルートが低音にある。記号は省略するのが一般的。
- 第一転回(first inversion): 第三音が低音に来る。通例「6」と表される(figured bassの6)。
- 第二転回(second inversion): 第五音が低音に来る。通例「6/4」と表される。
七の和音(四音和音)では、さらに第三転回まで存在します。通常、figured bassでは以下のように表されます(簡略):
- 根音位置: 7
- 第一転回: 6/5
- 第二転回: 4/3
- 第三転回: 4/2(しばしば単に2と表記)
記譜法と分析表記
古典的には通奏低音(figured bass)やバロック期の写譜記号で倒置を示しました。近現代では以下の表記が一般的です。
- ローマ数字分析 + 図示: I, V6, ii6/5 など。
- スラッシュコード(ポピュラー音楽): C/E(Cの第一転回)、G/D(Gの第二転回)など。ベース音を斜線の右に示す。
- figured bass: 6, 6/4, 6/5, 4/3, 4/2 など。和声学の文脈で使われる。
三和音の倒置 — 理論と機能
三和音の倒置は、和音の安定性や役割を微妙に変えます。
- 第一転回(6): 根音が低音でないため安定度は根音位置よりやや弱いものの、使用範囲は広い。結合の滑らかさ(声部間の小隔たり)が得られ、ベースラインを滑らかにするためによく使われます。古典和声では、第一転回では任意の音を倍音しても良い(leading toneの重複を避けるのが基本)。
- 第二転回(6/4): 構造上不安定で「転回和音」としての独立した機能は少ない。典型的な用法として「カデンシャル6/4(cadential 6/4)」があり、I6/4→Vという形でVの前の装飾的重音として現れます。その他に、通過的6/4(passing 6/4)やペダル6/4(pedal 6/4)、分散(アルペジオ)6/4など機能的に説明される用法があります。
七の和音の倒置 — 数字の読み方と用法
七の和音(例: V7)は根音位置でもかなり不安定(支配力が高い)ですが、倒置を用いることで低音ラインや和声の導入が柔軟になります。
- 第一転回(6/5): ベースが第三音(通常は和音の短三度または長三度)に。進行上はしばしば和声的に弱まるので、接続や代理に使いやすい。
- 第二転回(4/3): ベースが第五音に来る形。解決先が異なる場合があり、声部進行を滑らかにする。
- 第三転回(4/2 または 2): ベースが第七音(テンション/導音的役割を持つことが多い)に来る最も不安定な形。即時の解決(特に上行/下行の半音の導き)が必要なケースが多い。
声部進行(ボイシング)と倍音の規則
倒置を使う際の古典的なガイドラインと現代的な柔軟性を理解しておくと、ミスを避けやすくなります。
- 古典和声の基本: 根位置では根音の倍音が第一選択。第一転回ではどの音を増やしてもよいが、導音(第7音)を重複させないことが原則。第二転回は特別扱いで、通常は機能が限定される(前述の6/4用法)。
- 声部間の間隔: 上声部(ソプラノ・アルト)間は通常オクターブ以内に保つ。ピアノやギターの編曲では広い開放ボイシングを使うが、声部写譜や合唱では声域に注意。
- 和声的なテンション: 倒置はテンション(9th, 11th など)やサスペンションと組み合わせて使われることが多く、低音の変化が和音の響きに影響を及ぼす。
歴史的背景と理論の起源
倒置はバロック期の通奏低音文化と深く結びつきます。通奏低音ではベースの動きに対して即座に和声の数字(figures)を記して和声を示す技術が発達し、それが現代のfigured bass記法や和声分析法の源流になりました。ルネサンスからバロック、古典派を経てロマン派、そして近現代音楽へと倒置の用法は変化し続けています。ロマン派以降は表現目的で倒置が自由に使われ、ジャズやポピュラー音楽ではスラッシュコードやルートレスボイシングなどが発展しました。
実践例 — 作曲と編曲での使い方
以下に実践的な使い方を列挙します。
- ベースラインを滑らかにする: 進行 I → vi を I → vi6(または C → Am/C)にすることでベースの動きを半音または全音でつなげることが可能。
- 和声の借用と代理: 第一転回や第一・第二転回の七の和音を使うことで、代理和音やためを作り出せる(例: V6/5 を使ってVへ行く動きを柔らかくする)。
- カデンシャル6/4: 古典的な終止形で、I6/4→V(または I6/4→V7→I)を用いると強い終止感を作る。
- ポップスのスラッシュコード: ベースラインに対する和声的アクセントを簡潔に記述できる(例: C/G, Am/C など)。
- ジャズのルートレスボイシング: ピアノやギターでルートを省き、第一転回や第二転回の形を使ってテンションを強調する。
練習課題 — 身につけるためのワーク
- ピアノで三和音を順に根音位置→第一転回→第二転回で弾き、低音が変わると響きがどう変わるか耳で確認する。
- 簡単な和声進行(I–vi–IV–V など)を複数の倒置で弾き比べ、ベースラインが滑らかになる組合せを探す。
- スコアを見て倒置を分析する(バッハやモーツァルトの楽譜からカデンシャル6/4や通過6/4を探す)。
- ポップス楽曲のコード譜でスラッシュコードを見つけ、原曲のベースラインと照合する。
注意点とよくある誤解
- 「倒置=弱い和音」という単純な理解は誤りです。倒置は機能やコンテクストによって強力な進行効果を持つことがあります(例: カデンシャル6/4)。
- 倍音のルールは厳格な掟ではなく指針です。現代の編曲やジャズでは導音を重複させることも一般的に行われますが、クラシックの和声分析や合唱編成では注意が必要です。
- figured bassの数字解釈は文献によって書き方が異なることがあります。分析を書く際は使用している教本や流派の記法に従うと良いでしょう。
まとめ — 倒置を使いこなすために
倒置は和声の色彩豊かな道具であり、ベースラインの操作、和声機能の微調整、編曲上の響きをコントロールするために不可欠です。基本概念(第三音・第五音を低音にすること)、記譜法(6, 6/4, 6/5 など、ポピュラーではスラッシュコード)、そして実際の用法(カデンシャル6/4、通過6/4、ペダル6/4、第一転回の滑らかさ)を理解すれば、クラシックからジャズ、ポップスまで応用範囲は広がります。まずは耳で違いを確かめ、スコア分析と演奏で経験を積むことをおすすめします。
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参考文献
- 倒置 (音楽) — Wikipedia(日本語)
- Inversion (music) — Wikipedia(英語)
- Musictheory.net — Inversions
- Teoria — Chord Inversions
- Figured bass — Wikipedia(英語)
- Slash chord — Wikipedia(英語)
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