和声的マイナー音階（ハーモニック・マイナー）：理論・和声・実践ガイド

2025年12月29日 最終更新日時 : 2025年12月29日 エバープレイ編集部

和声的マイナー音階とは何か

和声的マイナー音階（ハーモニック・マイナー）は、自然的マイナー（ナチュラル・マイナー）から第7音だけを半音上げた短音階の一種です。たとえばAナチュラル・マイナー（A B C D E F G）の第7音GをG#に上げるとA和声的マイナー（A B C D E F G#）になります。特徴的な増2度（6度と7度の間の拡張、例：F–G#）と導音（leading tone、短調における7度が長7度になることで生じるトニックへの強い上行傾向）を持ち、和声上の需要を満たすために生まれたスケールです。

音階構成と度数表現

和声的マイナーは全・半音の配列で表すと、次のようになります（T＝長2度、S＝半音）：T–S–T–T–S–(T+S)–S、または度数で示すと1, 2, b3, 4, 5, b6, 7（ナチュラル・マイナーの♭7が♮7に上がる）。この上行・下行の違いを持つ旋律的マイナーと区別され、和声的マイナーは上下同形です。

和声的マイナーが作る和音（和声構造）

和声的マイナー上の三和音・7thコードは、短調に必要な支配和音（VあるいはV7）や導音上の減少和音を自然に生み出します。A和声的マイナーを例にすると、三和音は次のようになります。

  • i：A–C–E（短三和音）
  • ii°：B–D–F（減三和音）
  • III+：C–E–G#（増三和音）
  • iv：D–F–A（短三和音）
  • V：E–G#–B（長三和音）
  • VI：F–A–C（長三和音）
  • vii°：G#–B–D（減三和音）

7thコードまで拡張すると、i(maj7)（短音程に長7度＝マイナー・メジャー7）、iiø7（半減7）、III+maj7、iv7、V7（ドミナント7）、VImaj7、vii°7（全減7）などが現れ、特にV7やvii°7は短調で強いドミナント機能を果たします。

和声的マイナーの和声機能と役割

最大の功績は「導音の供給」にあります。短調のナチュラル・マイナーでは第7音が導音にならず、V–iのドミナント→トニック解決が弱くなります。和声的マイナーはその第7音を昇格させることでV（あるいはV7）を長三和音／ドミナント7に変え、強い終止感・進行を実現します。さらに、vii°（vii°7）は導音感を強める半減／全減の和音として機能します。

音響的特徴：増2度と“エキゾチック”な響き

和声的マイナーの特徴的音程は第6音と第7音の間に現れる増2度（拡張された2度）です（例：F–G#）。この不均衡な間隔が、東欧・中東的または“リリカルで不思議な”響きを生み、古典〜ロマン派〜民族音楽、近現代の作曲まで幅広く用いられます。

旋律的マイナーとの違い

旋律的マイナー（メロディック・マイナー）は上行で第6・第7音を上げ、下行で自然的マイナーに戻す形が一般的です。一方、和声的マイナーは上下で同一形を保ち、主に和声的（伴奏・和音進行）の目的で用いられます。旋律的マイナーは旋律線の滑らかさを優先し、和声的マイナーは和声的機能を優先する、という使い分けが古典和声で見られます。

モードと派生スケール（代表例）

和声的マイナーから派生するモードやスケールは実用上重要です。特に有名なのは第5音から始まるモードで、いわゆる“Phrygian dominant（フリジアン・ドミナント）”またはスペイン音階（Freygish/Spanish Phrygian）と呼ばれます。これは多くのフラメンコ、近東音楽、映画音楽で使われる独特の色彩を持ちます。また、和声的マイナーの各モードはジャズや現代作曲でソロ素材として重用されます。

実践的な和声進行と声部導き

伝統的な和声進行では、V → i や V7 → i の解決に和声的マイナーが不可欠です。よく使われる進行例：

  • iv – V – i（マイナーの終止）
  • VI – vii° – i（導音に向かう上行進行）
  • IIø/VやV/ivなどの副和音を含む借用進行

声部導きでは、導音（7度）を主に上声が受け持ち、トニックへの半音解決を明確にすることが和声的マイナーの肝です。和声的マイナー特有の増2度は旋律的に扱う際に不自然になりやすいので、旋律では半音長7度を経て解決する形（G#→A）や装飾音的な扱いが多く見られます。

ジャンル別の使用例と応用

和声的マイナーはクラシック音楽で短調の確実な終止感を作るために古典派以来重用されてきました。ロマン派では表情豊かな色彩として、民族音楽（中東、東欧、南欧）やフラメンコ、さらにジャズでは「マイナー・メジャー7」（m(maj7)）やフリジアン・ドミナント的ソロに応用されます。現代音楽・映画音楽でもエキゾチックさや緊張感を演出するための重要な素材です。

練習法と作曲への取り入れ方

和声的マイナーを習得する方法の例：

  • スケールの上下行練習：増2度の感触に慣れる。
  • 和音列の確認：i, ii°, III+, iv, V, VI, vii° を鍵盤やギターで弾いて耳で判別する。
  • 進行練習：iv–V–i、VI–vii°–i等をコード進行として繰り返し使う。
  • メロディ作成：旋律語法としては、導音→トニック解決を明確にしつつ増2度を装飾的に活用する。

作曲時は目的に応じて和声的マイナーと旋律的マイナーを使い分けると表情の幅が広がります。ハーモニーでは和声的マイナー、メロディでは旋律的マイナーという切り分けも一般的です。

聴きどころ・参考的な作品

短調作品全般において和声的マイナーは頻出します。教則書や和声教材では短調のV→iを論じる際に必ず登場する概念です。フラメンコや中東風のフレーズを探せばフリジアン・ドミナント（和声的マイナー由来）を多く聴くことができます。ジャズではマイナー・メジャー7の色合いやドミナント機能を持つスケールとして応用例が多くあります。

まとめ：和声的マイナーの本質

和声的マイナーは短調における和声的必要性から生まれたスケールであり、導音の提供と増2度による独特な音色が特徴です。和音構造・モード・進行・音楽ジャンル横断的な利用法を理解すれば、作曲・編曲・即興における強力なツールとなります。

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