タンゴに刻まれた情熱—オスバルド・プグリエーセの5大名曲解説
オスバルド・プグリエーセは1905年にブエノスアイレスで生まれ、1939年に協同組合方式のオーケストラを結成して新たなタンゴの地平を切り開いた巨匠です。彼の初作品「Recuerdo」(1924年)から、代表作「Adiós Bardi」(1944年)、「La Yumba」(1946年)、「Negracha」(1948年)、「Malandraca」(1949年)に至るまでの5曲は、いずれもドラマティックかつ革新的なアレンジでタンゴ界に深い足跡を残しています。本稿ではそれぞれの楽曲の誕生背景、初録音や演奏の詳細、そして音楽的意義を掘り下げます。
オスバルド・プグリエーセ略年譜
- 1905年12月2日、ブエノスアイレス生まれ。幼少期からピアノを愛し、父の勧めでオデオン音楽院に入学しました。
- 1918年、小学校を辞め、印刷工として働きながらも音楽の道を邁進。
- 1924年、19歳で自身初のタンゴ「Recuerdo」を作曲。翌年に初録音され、一躍名声を得ました。
- 1939年8月11日、タンゴの殿堂「カフェ・エル・ナシオナル」で協同組合方式のオーケストラをデビューさせ、メンバーへの公平な報酬を実現しました。
- 1959年、旧ソ連28都市を巡る演奏旅行を敢行し、その後も中国、欧米、日本を含む世界各地で公演を重ねました。
- 1985年12月26日、80歳記念としてブエノスアイレスのテアトロ・コロンで行われた祝祭的コンサートでは、5度のスタンディングオベーションを受けました。
代表曲詳細解説
1. Recuerdo(レクエルド)
1924年に作曲された「Recuerdo」は、プグリエーセが19歳の若さで手掛けた情感豊かなタンゴです。初版の楽譜には「Sole authorized publisher. A. Pugliese」と記され、1918年からの創作意欲を象徴しています。初録音は1926年12月9日、フリオ・デ・カロ楽団によるインストゥルメンタル版で、その後ロシタ・モンテマルら歌手によるヴォーカル録音も行われ、瞬く間に古典として定着しました。楽曲は友人たちへのオマージュとして作られ、「a los amigos(友へ)」という副題でも知られ、その詩情は多くのラテン音楽愛好家の心を掴み続けています。
2. Adiós Bardi(アディオス・バルディ)
1944年10月17日にオデオン・レーベルで録音されたインストゥルメンタル・タンゴで、タイトルは作曲者の敬愛する音楽家ドン・アウグスト・バルディへの別れを意味します。プグリエーセ自身がピアノと指揮を担当し、哀愁漂うメロディーと繊細なオーケストレーションが融合した傑作です。後に1970年にはRCAビクターから再録音され、世代を超えて愛されるレパートリーとなりました。
3. La Yumba(ラ・ユンバ)
「La Yumba」は1946年に生まれたプグリエーセの代名詞とも言える一曲で、タイトルはバンドネオンの深い「ユンバ」という音を擬音語として採用したものです。作曲者は「金属加工の作業音」に触発されたという独特のリズムを導入し、重厚かつエネルギッシュなアンサンブルを実現しました。当時のミロンガ(タンゴダンス宴)の定番となり、今日でもステージ・タンゴの演出や映画・ドラマの挿入曲として頻繁に使用されています。
4. Negracha(ネグラチャ)
1948年6月24日にオデオン・レーベルで録音されたインストゥルメンタル作品で、約2分50秒の中にプグリエーセらしい強烈なシンコペーションが凝縮されています。「Tangos for Stage」としても名高く、舞台パフォーマンスの劇的なクライマックスを彩る一曲として高く評価されています。その精緻なリズム構造は、後進のダンサーや演奏家にも多大な影響を与えました。
5. Malandraca(マランドラカ)
「Malandraca」は1949年5月31日に録音された作品で、「La Yumba」「Negracha」と並びプグリエーセ三部作とも称されます。軽快なテーマと劇的な転調が交錯し、タンゴの表現力を押し広げた革新的アプローチが特徴です。このトリロジーはタンゴ史における“ドラマ性”を象徴し、以後のコンチェルト風タンゴの礎となりました。
結び
オスバルド・プグリエーセの5大名曲は、それぞれ異なる時代背景や創作動機を持ちながらも、一貫して「ドラマティックな情熱」を宿しています。彼の革新的アレンジとリズム感覚は、タンゴを音楽としてだけでなく、舞台芸術としても昇華させ、今日に至るまで多くのダンサーや聴衆を魅了し続けています。これらの名作を通じて、プグリエーセが刻んだ情熱の軌跡を堪能してください。
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